008
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10も歳が離れていればなかなか共通の話題などない。
コーヒーを飲みながらぽつりぽつりと交わされる会話はどうしたって途切れがちになる。
しかし一護は不思議と居心地の悪さを感じなかった。
「へぇ,それでお父さんはなんて?」
他愛ないにもほどがある,一護の家のことでも,学校で友人が話したくだらないことでも,浦原は目にやわらかな笑みを浮かべて相槌を打つ。
それにつられてあれこれとしゃべっているうちに時間は瞬く間に過ぎていく。
気がつけば時計は18時半をさして,壁にかけられた古びた時計を見た一護の眉間が曇る。
「オヤ。もうこんな時間?」
浦原はゆらりと立ち上がるととっくに空になっていたカップをふたつ取り上げた。
一護も慌てて立ち上がりテーブルに残された皿を取る。
「ごちそうになったし,俺,洗う」
腕まくりをしながらそう云った一護に浦原は「そんなこといいのに」と笑いながらもその横に立った。
一護が洗ったカップを受け取りクロスで拭いて流し台の隅に置く。三つばかりの食器は瞬く間に片付いてしまった。
「さて,それじゃあ行きましょっか」
浦原は一護のコートを手渡しながら「えぇと,鍵。鍵はどこやったっけな…」と自分のコートのポケットを探り,テーブルの上を見回した。
「行きましょっかって,夜遅いわけじゃないし,俺,ひとりで帰れるけど」
「んー? じゃあ,アタシは夜ごはん買いに行くついでってことで」
あきらかに買い物がついで,とわかるような言い方をする浦原に一護はくしゃりと顔を歪めた。
まだ帰りたくないって思っていたのがバレたのか。ひとりで帰りたくないって思ってたのがバレたのか。
このひと,なんでこんなやさしいんだろう。
頬の辺りがなんだか熱い。
一護は火照る頬を浦原の目から隠すようにばさりと音を立ててコートを羽織ると口元を覆うようにマフラを巻きつけた。
浦原はゴミ箱のすぐ横に落ちていた鍵をようやく見つけるとコートを羽織って一護を促し店先へ向かった。
店へ降りる入口のところで一護は自分の靴と浦原の靴が二足並んでいるのをじっと見つめた。
急に動きを止めた一護に浦原が怪訝そうに声をかける。
「一護サン?」
「あ…悪い」
「どうかした?」
「や,別に」
「別に?」
「……浦原さん,靴のサイズいくつ」
「靴? 27」
「27…」
一護は傍目に見てもわかるほど肩を落とすと無言でそのまま靴を履いた。
浦原もその後に続き,サッシ戸に鍵をすると冬の宵の口の通りをゆっくり歩き出した。
「靴がどうしたの?」
一護の少し斜め後ろを歩く浦原が,いつの間に取り出したのか煙草をくわえてそう云った。
一護はちらりと振り返り,そのまま目を逸らすと空に浮かぶ真っ白い月を仰ぎ見ながら「浦原さん,身長いくつ?」と尋ねてきた。
「身長…最後に測ったのいつだっけな。180ちょい,てところじゃないスか」
「…………」
「ちなみに体重は69。これはこないだ銭湯で測ったから確か」
「…………」
どこかしょんぼりして見える背中に浦原は足取りを速めて近づくと,「一護サンはまだこれからでしょ」と横から顔を覗き込こんだ。
「俺,靴のサイズ25しかねーもん」
「アタシも一護サンくらいんときはそんなもんでしたよ。高校で伸びたんじゃなかったかなあ」
指先で煙草を弾いて灰を落としながら云う浦原を,一護はじっと見つめた。
ほんとに?
眼差しと表情とで真偽を確かめてくる一護の頭を浦原はポケットから出した手でぽん,と撫でた。
「本当ですって。それに一護サンち,お父さんも体格いいじゃないスか。大丈夫大丈夫」
「……背が伸びんのはうれしいけど,オヤジみたいになるのは嫌かも」
一護がぼそっと呟いた言葉に浦原はくつりと喉を鳴らした。
その音を聴きながら一護は再び空を見る。
吐く息が白くて,それは隣で浦原が棚引かせる煙草の煙にも似ている。
唇を尖らせて細く吐き出すと,煙よりは幾分直線的に伸びて解けて消えた。
「いい月ですね」
一護の隣で浦原はくわえた煙草が燻らせる煙に目を細めながら一護の視線の先を追ってそう云った。
「真っ白な月って冬って感じがする」
「じゃあ春は?」
「やわらかい黄色」
「夏」
「少し赤みが入った強い黄色」
「秋?」
「春のよりもう少し白っぽい感じ」
一護はそれぞれの月を記憶の底から掬い上げ,それを表す言葉を探しながら浦原の問いに答えた。
「へぇ…。一護サンよく見てるんスね」
「夜って空見ねぇ?」
「見てるのかもしれないけど,目には入ってないみたい」
「ふぅん…」
「今度から気をつけて見てみますよ」
「や,別にそんな」
「月に興味を覚えたのなんていつ以来だろう」
一護の言葉は浦原がぽつりと呟いた言葉で宙に消えた。
その響きはどこか楽しげで,一護の言い訳など必要としていなかった。
そうこうするうちに昨日の朝別れた角に差し掛かり,一護は足を止めて浦原に向き直った。
「送ってくれてありがとう」
「いいえ,おかげで楽しかったですし」
「ケーキとコーヒーもごちそうさまでした」
浦原はぺこんと頭を下げる一護に手を伸ばしすっかり冷えてしまった髪をくしゃくしゃと撫でた。
「浦原さん?」
「一護サンはいいな」
「?」
言葉の意味がわからずきょとんとした顔をする一護に浦原はやわらかだけれども曖昧に笑うともう一度頭を撫で「またいつでも来てくださいね」と云った。
一護は浦原の指が髪を漉く感触に意識が攫われるのを感じた。
「俺,部活とかしてないんだ」
「?」
「だから,放課後とかだいたい暇で」
「……明日も来れる?」
「……邪魔じゃないなら,行きたい」
「一護サンなら大歓迎」
浦原の声はやわらかで,細められた目はやさしい光を点していて,一護は一瞬見蕩れた後に顔を赤らめて俯いた。
「じ,じゃあ俺,もう行くから」
「はい」
「また…明日」
「ん,お待ちしてます」
その言葉を背中で聞いて一護は走り出した。
家までは十数メートルの距離。
浦原と離れた途端空気のつめたさを自覚した。
火照る頬との温度差がそれを知らしめたのかもしれない。口元を覆うマフラをぐいっと下げてつめたい空気を胸いっぱいに吸い込んで家の扉を目指して走った。
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進展なくてスミマセン…。
(2005.06.13)