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包み込むようなぬくもり。
耳に響く規則正しいリズム。
とろとろと心地よいまどろみ。
それが少しずつ薄まり剥がれ落ちるように目が覚めた。
最初に目を開いて最初に目に入ったのは格子柄のシャツ。その下の白いTシャツ。
自分の目にしているものがなんだかわからずに一護はじっと見入っていた。
すると頭上から,それもすぐ近くから「オヤ,起きました?」と声が降りてきて。
「……ッ!?」
がばり,身体を起こそうとして阻まれた。
背中に回された腕。まるで,これでは,抱き締められてでもいるような…。
自分の頭を過ぎった考えに思わず赤面する。
「う…浦原さ,腕,離し…」
俯いたままなんとかそれだけ声を絞り出し,一護は浦原の胸についた腕にぎゅう,と力を込めた。
「あぁ…ゴメンナサイ。一護サンあったかくて気持ちいいものだから,つい」
つい,でこんな心臓に悪いことしないで欲しい。
泣きそうな顔でそう思う一護に,浦原は「でも」とまるで何か楽しい悪戯を思いついた子どものような顔で「先にぎゅーってしがみついてきたのは一護サンの方っスよ?」といってへらりと笑った。
「う,嘘だろ!?」
「嘘じゃないですよー。何か恐い夢でも見てるのかなて思って背中ぽんぽん,てしてあげたらアタシのシャツの胸んとこに顔埋めてそのまま動かなくなっちゃった」
へらりへらり。
笑いながら,どこか嬉しそうな顔で云う浦原に,一護はどんな顔をしていいかわからない。
ごろりと寝返りを打つ要領で身体を離し,積み上げられたクッションに顔を埋めるようにしてぎゅっと目を瞑った。
夢なんか見た覚えはない。馬鹿みたいにぐっすり眠った。
でも。
耳の奥に声が残っている気がする。
「大丈夫」と耳元で囁かれる声を。
宥めるようにそっと背中を叩くそのリズムを。
だから,あんなにぐっすり眠れたのか?
「いーちご,サン」
「……ごめん」
「え,なんで謝るの」
「だって邪魔で眠れなかったんじゃね?浦原さん」
「そんなことないですよー?一護サンがいてくれるときと不思議と気持ちよく眠れるんスよね。アタシもぐっすりでした」
「…………」
顔を横向けてクッションから片目だけ上げて浦原を見る。
気を使っているのか。
でも,声には…そして顔にもそんな感じは見られない。
本気で?
ていうかそれより,なんていうか…もう,もう。
ばふ。と再びクッションに顔を埋める。
浦原は「一護サン,そんなことしてると顔に間抜けな跡ついちゃいますよン?」と云いながらくすりと笑った。
後頭部に掌の感触。
あったかくてやわらなくて,気持ちがいい。
髪を梳くように撫でるやさしい感触。
詰めていた息を吐き出す。胸の中に蟠るもやもやとした気持ちも一緒に吐き出してしまいたくて,深く深く吐き出した。
「…浦原さん,今何時」
「まだ五時前。お送りするには早いけど…もう一眠りするには遅い。どうします?お茶でも飲む?」
「お茶?コーヒーじゃなくて?」
「朝一番でコーヒーなんか飲んだら胃に悪い。もっとやさしいの淹れますよン」
やさしいの,というのがどんなのかわからなくて,でも興味を引かれて浦原を見ると,「じゃあ後五分くらいしたら下に。部屋あっためておきますから」と云い置いて立ち上がるところだった。
床の軋む音が遠のいて,ばたん,とドアが閉じる。
一人になった一護はクッションの上をごろごろと転がって移動した。
浦原が居たあたり。
まだ,ぬくもりが残っていて,目を瞑って息を深く吸い込むと浦原の匂いに包まれるような心地がする。
しがみつかれていたはずなのに,気づいたら自分がしがみついていた。
いったい何があったんだろう。
蹴ったり…してないだろうな。もししてたらどうしよう。
ぐっすり眠れたって云ってたけど,本当なのかな。
俺みたいのにしがみ付かれてて邪魔じゃなかったのかな。
『一護サンがいてくれるときと不思議と気持ちよく眠れるんスよね』
あの言葉にはどんな意味があるんだろう。
確か前にも似たようなことを云っていた。
浦原さんて,変だ。変なひとだ。
目の上に手の甲を置くようにして視界を覆うと,眠りに就く前にじっと見つめた浦原の寝顔が浮かび上がる。
……きれいな,ひとだけど。
ぽつり,呟くようにひとりごち,一護はがばりと身体を起こした。
パーカの裾をひっぱって首をぐるりと回して立ち上がる。
毛布をきちんと畳んでクッションの乱れを直して,床の上に落ちていたビデオデッキのコントローラをテレビの上に置く。
部屋がざっと片付いたのを確認すると,下の階へ降りるべく部屋を出た。
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一護はほら,子ども体温だから…。
浦原さん末端冷え性でびっくりするくらい指先とか足先が冷たかったらいいな。
(2007.03.06)