015
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これじゃあまるで。
言葉が続かない。顔が火照って心臓が五月蝿くて。……でも,心地よくて。
諦めたように息を吐いて,一護は再びクッションに凭れて力を抜いた。
そして視線をゆっくりtvに戻して,その途端ぎょっと身体が跳ねた。
ブラウン管の中では,男がナイフを構え,人質なのか,椅子に括りつけた男の耳を削ぎ落としているところだった。
ひぅ,と喉が鳴る。
フィクションだとわかっていてもこういう場面はどうしたって辛い。
顔が歪み,眉間に皺が寄る。
気づくと指を絡められた浦原の手をぎゅう,と握り締めていた。
隣で浦原が身じろぐ気配。
浦原はぴたりと一護に身体を寄せると「大丈夫」ととろんとした声で囁いた。
起してしまったか,と一護が慌てて振り返ると,浦原は変わらず静かに目を閉じ,穏やかな呼吸を繰り返していた。
ほっとする反面,一護は繋がれた手の意味を理解した。
恐らく浦原は自分が怯えたりしないようにこうしてくれたんだろう。
……ていうか,いちおう俺,中学生だっつの。
映画観てびびって泣くように思われてんのかな。
知らず知らず口がへの字に曲がっていく。
自分に凭れて眠る浦原を恨みがましい目で見つめた。
そのとき,すぐ傍で携帯電話が鳴り出した。
その音には聞き覚えがある。
昼間も聞いた。そして先ほども。
この,映画の主題歌だった。
一護はきゅう,と胸が引き絞られるような痛みを覚えた。
この電話はきっと,浦原の大事なひとからなのだろう。
起さないといけない。
そう,頭ではわかっているのに,どうしてもそれをしたくなくて。
「馬鹿だな,俺」
口から零れた呟きは自嘲が色濃く滲んでいた。
「浦原さん,起きて。電話鳴ってる」
繋いだ手はそのままに空いた方の手で浦原の肩を揺さぶった。
「ん…?なに?」
「電話。携帯,ほら,鳴ってる」
「投げて」
「え」
「ウルサイ。それどっかやって」
まるで子どものような口調で浦原は云い,再び深く眠ろうとした。
「や,ちょっと待ってって。昼間と同じ音楽だし!浦原さんの…彼女とかじゃねぇの?」
一護が思わず口走った一言にぱちりと浦原の目が開いた。
しかし言及は何もせずにクッションの下辺りをごそごそと漁ると携帯電話を取り出し「夜一サン煩い。アタシ気持ちイイことしてるんスから邪魔しないで」と言い放つとさっさと通話終了の釦を押し,ついでとばかりに電源も切った。
驚いた一護がまじまじと見つめているのに気づくと,浦原は悪戯な笑みを浮かべて「アタシには好きなひとなんかいないっスよ?」と云い,腕を伸ばして一護をぐい,と抱き寄せた。
「なっ,なにすんのうらはらさん!?」
動転のあまり呂律の怪しくなった一護を,浦原がぎゅうぎゅうと抱き締めると「抱き枕」ときっぱりと言い放った。
「俺は枕じゃねぇ!」
「一護サン温かいしちょうどいいサイズなんスよね。一眠りしたらちゃんと送ってきますから」
「つーか映画!」
「この映画は冒頭だけ。話の筋が気になるなら後でアタシが解説してあげます」
「え,や,ちょっと待っ……!」
すっぽり抱き込まれると,耳のすぐ傍で浦原の声がした。
強引,というよりは何かを請い願うような,ほんの少し弱々しい声だった。
「こんなに気持ちよく眠れそうなの,一週間ぶりなんスよ。だから…少しだけお願い」
一護は身動きができなくなった。
浦原にそんな声で云われてそれを跳ね除けることなどできるはずがなかった。
承諾の言葉の代わりに少しだけ身体を動かし,安定する場所を探す。
浦原が安堵したように「アリガトウ」と云う。
tvからは銃撃の音,英語の喚き声,続きはかなり気になるところだったけれどもこの姿勢からだとどうやっても見えそうにない。
目が覚めて送って行ってもらうときに本当に解説してもらわなきゃ,と自分の胸元に鼻先を埋めるようにして目を瞑っている浦原を見下ろしてひとりごちる。
喉元に触れる髪がくすぐったくて,そっと指でかきあげると額が露になった。
左目の上のところに傷跡をひとつ見つけた。
新しいものには見えなかったがこんな風に残るということはかなり深いものだったんだろう。
腕にも傷を負ったことがあるという話だったし,このひとはどんな風にして生きてきたんだろう。
ていうか,運動神経あんまりよさそうには見えないけどな。
くすり,笑みがこぼれる。
長い睫が部屋を照らし出すtvからの仄かな明かりを受けて影を落としている。
きれいな,ひとだよな。
大人の男のひとに向かってきれいもなにもないような気がしたが,なんとなく浦原にはそれがしっくりくるのが不思議だった。
視線で瞼や額や睫のラインを辿るように見つめる。
うん,きれいなひとだ。
一護は睡魔がやってくるまでずっと,浦原の寝顔を見つめていた。
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一護が腕枕。
それが書きたかったんデス。(横目逸らし)
(2007.01.03)