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012





街灯がぽつりぽつりと灯りを点す細い路地を一護は走った。
一護の家から浦原の店までは普通に歩いて半時間ほどの距離がある。
腕時計で後何分,と確認するのももどかしく一護はそれを半分の時間で駆け抜けた。
半分灯りを落とした浦原の店が視線の先に見えたときはなんだか安堵してしまい,思わず咳き込んだほどだった。


「うら,はらさ,ごめ…!」


走ってきた勢いのまま店の中に飛び込むと,カウンタには浦原ともうひとり男の姿が合った。
飛び込んできた一護に驚いたらしい男は頭に載せた帽子を目深に被りなおすと浦原に小さく会釈して膝に手を付き肩でぜいぜいと息をする一護の横を足早に抜けていく。
「毎度どうも」と云う浦原の声に一護は慌てて顔を上げた。


「悪…,お客…?」
「あ,えぇ」


浦原は僅かに見開いていた目を和らげると,カウンタを回ってゆっくりと一護の方へやってきた。
一護は出て行ったばかりの客の後姿に視線を向けていて気づかなかったが,その口元にはふわり,笑みが浮かんでいる。


「まーた髪,乾かして来なかったんスか?」
「や,コレはオヤジが」
「お父さんが?」


わたわたと身振りつきで違うんだ,と云いかけた一護はジーンズのポケットに押し込まれている小さな包みを思い出してばふん,と音がしそうな勢いで顔を赤らめた。


「……大丈夫?」


俯いた一護に浦原は屈みこんでその顔を覗き込む。


「だ,いじょう,ぶ!」


ちっとも大丈夫そうじゃない慌てっぷりだったが,浦原は黙って手を伸ばすと一護の頭をぽんぽん,と撫で「とりあえず上がりましょっか」と奥へと促した。


一護は店から奥へと続く扉を開けて腰を下ろし閉店作業をする浦原を見つめた。
仰向いてシャッタを引き下ろす棒を使うその喉元とか,サッシ戸に錠を下ろし腰をとんとん,と叩くその様とか。
見つめながらジーンズのポケットにそっと手をやり,小さな包みをぐいぐいと奥のほうに追いやる。
ちらりと一心の顔が過ぎり「ほんとにあのクソオヤジ!」と小さく毒づいたところで「え。何?」と浦原が顔を上げた。


首をぶんぶんと横に振ってなんでもない,と云う一護に浦原は「今日の一護サン,変なの」と云いながらくすりと笑う。
その顔に一瞬見蕩れた一護は次の瞬間むずむずと鼻をひくつかせると


「っくしゅん!」


盛大なくしゃみをした。


「暖房ついてるから,とりあえず中に」


一護は鼻を擦りながら「ん」と浦原の言葉に従った。












「そこ坐っててくださいね」


いつもの席を顎でしゃくるように示され,一護は大人しく腰を下ろした。
浦原はそのままふらりと姿を消し,一護はかちこちと柱時計の音だけが響く部屋にひとり取り残される。
卓の上には今日観るつもりらしいビデオテープが一本置かれていて,その向こうには携帯電話があった。


黒い,折りたたみ式のシンプルなかたち。
ストラップはついていなくて,ぱっと見たところ傷もついていない。
浦原と,誰かを繋ぐ小さな機械。
一護はそれをそっと指でつついた。
くるりと卓の上で半回転した機械を見て,何やってんだか,とため息を吐く。
すると部屋の外から「一護サンこっち来てー」と浦原の呼ぶ声がした。


「何?」


廊下に顔を出すとその奥にぽつりと橙色の灯りが点っている部屋があった。
トイレの横は確か洗面所だ。
一護は冷たい板張りの廊下をそちらに向かって歩き出す。


浦原がいたのはやはり洗面所だった。
藤製の背もたれのない椅子がひとつ置かれ,浦原の手にはドライヤー。


「はい,ここ坐って」


問答無用の口調で云う浦原に,一護は否を返すことができなかった。
大人しくそこに坐ると「マフラ,邪魔だからとりますね」と浦原の指が伸びてくる。
浦原の指が首筋に触れる感触がくすぐったく思わず首を竦めると「あ,冷たい?ゴメンナサイ」と場違いな詫びが頭上から振ってきた。


「違」
「はい,いっきますよー」


ぶぉぉぉぉぉ,というドライヤーの音に,一護の声は掻き消された。
浦原の指が髪を梳く。
温風を満遍なく髪に当てるためだとわかっていてもそれはひどく心地よくて。
一護は目を伏せるとその感触に意識を集中させた。


「髪,触られてると眠くなりません?」
「え」


ちらりと目を上げると,浦原が見下ろしていて「アタシだから美容室とか苦手なんスよね」と微笑っていた。


「だから髪,長ぇの?」
「そうそ。あんまり鬱陶しくなると自分で切っちゃいますけど」
「自分で…」
「これくらいの長さだといい加減に切ってもバレないんスよ。ぼさぼさでマズイときは括っちゃいますしね」
「なんか,勿体ない」


ぽつり,零れた一言に浦原が「勿体ない?」と聞き返す。
一護は「あ」と小さく声をあげ,「なんでもない」と慌てて否定する。
浦原は額を撫でるように前髪に指を潜らせながら「それは何?」と笑みを孕んだ声で云った。


「アタシの美貌が隠されちゃって,とか?」
「……フツウ,自分でそういうの云わないと思うんだけど」


言わずもがなの肯定に,浦原は「一護サン,てほんと」とくすくす笑うと「はい,出来上がり」とドライヤーのスイッチを切った。










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翻弄,されまくりー。
(2005.10.15)






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