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「…さすがに冷えますねぇ」
はぁ,と空に向かって吐き出した息がふわりと白く浮かび上がり,冷たい朝の空気にほどけていく。
それを眺めながら浦原が云う。
一護はダウンジャケットのポケットから手を引き抜くとジーンズの後ろのポケットに指先をひっかけて空を仰いだ。
「…でも,気持ちいい」
「寒くない?」
「俺は平気だけど…浦原さんのが寒そうだ」
マフラに鼻下まで埋めた格好で云うと,アタシは平気ですよーとへらりとした声で浦原が返す。
けれどもシャツの上にコートを羽織っただけの格好は見るからに寒々しくて,一護はふるりと身体を震わせた。
そしてほんの少し躊躇した後,ポケットから抜いた手でマフラを解くと浦原の名前を呼んだ。
「浦原さん」
「はい?」
振り返った浦原に一護はふわりとマフラを巻きつけた。
「え…」
「…見てる俺の方が寒いんだよ」
目を逸らしてぶっきらぼうな声で云うと,しばしの沈黙。
怒ったのか,と不安になって目を向けると,途方もなくやわらかな浦原の瞳とぶつかった。
「……ッ」
「ありがとう」
まっすぐな声が耳に触れ,幾重にも波紋を広げながら身体中に伝播していく。
一護はダウンジャケットのフードをばさりと被って火照る頬を隠すと「どーいたしまして!」と怒ったような声で云って歩調を速めた。
浦原は襟元にしっかりマフラを巻きつけるとコートの前を閉じて一護の後を追う。
「一護サン,待って」
「何」
「歩くの早いっスよ」
「…ンなことねぇよ」
云いながらも歩調を緩めるとすぐに浦原が追いついて横に並んだ。
「煙草吸ってもいい?」
「ん」
かちり,音がして橙色の火が点る。
小さな炎に照らされた浦原の顔。目を伏せたせいで睫が影を落とし,一護が知らない顔になる。
ほんの数秒のこと。
けれども一護はきゅう,と胸が苦しくなるような感覚を覚えて俯くと,足元に転がっていた石を蹴飛ばした。
「うー,指が冷たい」
ライタをポケットに戻しながら浦原が云う。
「浦原さんのその煙草,メンソールだろ」
「えぇ」
「こんなクソ寒い中吸って腹ん中冷えない?」
一護の言葉に,浦原は深く吸い込んだ煙を細く細く吐き出してから…「すっごく冷える」と憮然とした声で云った。
その口調が可笑しくて一護が笑うと「なんで笑うんスかー?」と釣られて笑みを孕んだ浦原の声が返された。
「あー,だって」
「だって,何?」
「……なんでもない」
まだくすくす笑いながら云う一護に浦原の憮然とした顔。
「そういえば一護サンは煙草吸わないの?」
「…俺,未成年だぜ」
「えー,アタシが一護サンくらいの頃にはもう吸ってましたよ?」
「不良!」
「……いまどき不良,とか云います?」
今度は一護が笑われる番だった。
るさい。ほっとけ!と云いながら浦原に肩をぶつけると浦原はわざとらしくよろめいた。
「…っぶね!」
思わず一護が手を差し伸べると絶妙のタイミングでそれを掴んで一護を引き寄せる。
「…っらはらさん!」
「はいな?」
「なにすんだよ!」
「一護サンも不良の仲間入りさせてあげよと思って」
「い,いみわかんねぇ!」
真正面から浦原に抱きすくめられて一護は恐慌状態。
離せってば!と声を荒げながら身を捩ると,被っていたフードがぱさりと落とされた。
「……浦原さん?」
顔を上げると,くわえ煙草のままにぃ,と口の端を引き上げる浦原の顔。
その表情に嫌な予感を覚えて顔を顰めると,浦原は左手で煙草を摘んで口から離すと「ふう」と煙を一護に吹きかけた。
「……煙い」
「煙草の匂いのお裾分けv」
語尾にハートマークがつくような声音で云うと,抱き締められたとき同様いきなり腕が解かれた。
完全に遊ばれている。
ちきしょう,と思う反面,なんだか楽しくて仕方がない。
勝手に緩む頬をそのままに,一護は再度浦原に身体をぶつけた。
浦原もおもしろがって同じように身体をぶつけてくる。
なんだっけ,こんな遊び。
寒いときにやらされたことがある…。
思い出せそうで思い出せなくて焦れているとその答えは思わぬところから降りてきた。
「あー,この歳になっておしくらまんじゅうすることになるなんて思わなかった」
「それだ!」
「え」
「今それ思い出せなくてやじやじしてたんだ」
「やじやじ…」
ぶっと浦原が噴出して,一護は「なんだよ!」と云いながら眉間に皺を寄せる。
「や,なんでもないっスよ」
「なんでもなくねーじゃん。笑い転げてんじゃん」
「他意はないっス」
「タイもヘチマも関係ねーよ!」
あはははは,と一頻り笑い転げた浦原が短くなった煙草をポケットから取り出した携帯灰皿に押し込んで新しいのをくわえると,一護はその場に足を止めた。
「一護サン?」
「それ,やらして」
「え」
「火。点けるのやってみたい」
浦原は一護を見て,手の中のライタを見て,もう一度一護を見た。
「…駄目?」
「いいっスよ」
ぽん,と手渡されたライタは赤いプラスチックの安物で,浦原の手のぬくもりが残っていた。
それをぎゅっと握り締めると,一護は両手で包み込むようにして持ち,浦原のくわえた煙草の先に寄せてフリントにかけた指に力を入れた。
橙色の火が点る。
さっきよりももっと近くでその火に照らされた浦原の顔を見た。
気づくと炎に触れる煙草の先よりも浦原の睫のつくる影をじっと見つめていた。
浦原の目が上がり,視線がかち合う。
一護はばっと頬を赤らめて勢いよく身体を引いた。
途端,じゅ,と小さな音がして浦原が「あ」と声を上げた。
「…前髪焦げた」
「え,ええ!」
慌てて再び近寄る一護。
目を凝らして見ると,確かに左サイドよりの髪の先がほんの少しちりちりになっていた。
「ご,ごめん!」
「あー,これくらいなんでもないっスけど」
「や,でも!」
「驚かしたアタシも悪いし?」
「……それは,そうだけど」
「え,否定してくれないの?」
「浦原さん俺のことびっくりさすようなことばっかするじゃん」
「そんなことないっスよー?」
「そんなことなくない。でもごめん」
しょんぼりと項垂れて云う一護に,浦原は手を伸ばすとくしゃりと頭をなでて「そんな顔しないでくださいな」とやわらかい声で云った。
「でも…」
「アタシがいいって云ってるんスよ?…あぁでも,もしよかったら」
「…なに?」
「アレ,買って?」
浦原が示した先には自動販売機があった。
一護は浦原の意図を汲み取ると「コーヒー?」と尋ねた。
「や,ウーロン茶がいいな」
「わかった。ちょっと待ってて!」
云うなり駆け出した一護の背を見つめながら,浦原はくすりと笑う。
「……ほんとにかわいいなぁ」
一護が聞いたら顔を真っ赤にして怒るだろうけど,と思いながらも,浦原はくすくす笑うのを止めない。
煙草の先端から棚引く煙がゆらゆらと揺れながら立ち上る。
視線の先では一護が腰を屈めて取出口から缶を二本引っ張り出しているところだった。
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連続更新三本目。(←わ,コメントネタに困ってますよ…)
(2007.03.08)