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003





コーヒーを啜りながら残されたサンドイッチに手を伸ばした浦原の傍らで,一護は落ち着きなく辺りを見回していた。
その部屋は壁一面にラックが組まれていて,無数のビデオテープが並べられている。
一護の考えていることを察し,浦原はくすりと笑った。


「違いますよン?」
「え?」
「ここにあるのは店の商品とは違う。アタシの私物たちばかり」
「それって…?」
「全部普通の映画たち。ラベルに題名あるから見てみたら? キミも映画好きなんスよね」


こくんと頷くと一護は身体ごと振り返って手近にあるラベルを読み始めた。
テープは浦原なりの規則性で並べられている。一護が眺めたのはSFのテープが並べられた辺りだった。


「PLANET OF THE APES…?」
「邦題は『猿の惑星』っスね」
「BRAZIL?」
「未来世紀ブラジル」
「BRAM STOKER'S DRACULA」
「ドラキュラ。ええと,フランシス・フォード・コッポラ監督のヤツだな」
「……すげぇ,もしかして全部覚えてんの?」
「覚えてますよー」
「じゃ,こっちのは?」


一護は立ち上がると背伸びをしてまた別のラベルを読み上げ始めた。


「Michaerl Collons」
「アイルランドの独立運動の英雄の話。監督はリーアム・ニーソンで,キミが知ってそうな役者だとジュリア・ロバーツが出てる」
「The times of Harvey Milk」
「邦題はハーヴェイ・ミルク。監督はロバート・エプスタイン。カルフォルニア初のゲイで公職選当選者になったハーヴェイ・ミルクてひとのドキュメンタリですね。最後がちょっと重い感じ」
「The Elephant Man」
「監督はデヴィット・リンチ。19世紀のロンドンで生まれながらの奇形のせいで「象人間」と呼ばれた男の話。『羊たちの沈黙』って知ってる?」
「あ,うん。ハンニバルの前のやつだろ?」
「あのレクタ博士役のアンソニー・ホプキンスが出てますよ」
「そのひとが象人間?」
「いえ,彼は象人間を見世物小屋から救う医者じゃなかったかな」
「へぇ…。アンタ本当に詳しいのな」


手を後ろ手に組んで更に別の棚を眺める一護に,浦原はひっそりと笑った。
ここにある映画のほとんどは最近のものではない。自分の知らない映画ばかりだろうに,なんて素直に関心を示すのか。


「あ,コレ知ってる!」


一護は一本のテープに顔を寄せると嬉しそうな声を挙げた。浦原は気を惹かれて立ち上がるとその傍らに立ち一護が指差すテープを覗き込んだ。


「Evita?」
「うん。don't cry for me algentina…って歌のヤツだろ」
「そうっスね。もう10年くらい前のになるんじゃなかったかな。よく覚えてる」
「おふくろが,好きだったんだよコレ。小学生の頃,学校休むと一緒に観てくれた」


声から心なしか元気がなくなる。懐かしむようなその表情がどこか大人びていてこの子らしくないように思えた。


「過去形なの?」
「ん?」
「好きだったんだって」
「あぁ。おふくろ,七年前に事故で死んでんの」


何気なく発した一言だったが,返された言葉に浦原は言葉を詰まらせた。


「それは…」
「それ苦手」
「え?」
「悪いこと云っちゃったー,て顔されんの。同情されてもおふくろ生き返らないし,おふくろ死んだのアンタのせいじゃないし。そうだろ?」
口籠った浦原に,一護は苦笑いを浮かべてそう云った。


「まぁ,確かにそうですけど,思い出すと辛くなったりしません?」
「もう慣れた。一応にーちゃんだからさ,俺。俺がいつまでもめそめそしてっと妹たちも引き摺られるし,親父も…アイツのはわかりにくいけど心配するし」
「……偉いなぁ」


浦原は感心して思わずそう呟いた。浦原の歳になっても,自分の痛みに捕われてそこに浸って暮らす輩はいくらでもいる。それがたかが10年と少ししか生きていない子どもがまっすぐに見据えて逃げることなく受け止めている。あまつさえ共に残された家族のことまで思いやっていて。
なんて優しい,なんてしなやかな。
眩しいものでも見るような心地がした。


「コレ,観たいなあ」


ぽつり,と一護が呟いた一言に浦原は躊躇することなくテープに手を伸ばすと「どうぞ」と差しだした。


「え?」
「貸してあげる」
「いいのか?」
「いいっスよ。昨日の本とは違いますし,アタシの私物ですもん。誰に憚る必要もありません」
「あ,でも…」
「うん?」
「だめだ,うちビデオのデッキ,去年壊れて捨てちまった。DVDプレーヤしかないんだった」
「あー,うちにあるの古いのばっかりだからビデオしかないんですよねぇ」
「そっか…残念」


目を伏せて卓袱台に戻った一護の細い背中を見つめて浦原はしばし考え込んだ。視線を柱時計に向けるといつの間にか時間は経っていて夕方六時を回っている。


「あ,もうこんな時間か」


一護も時間に気づいて腰を上げた。改めて傍らに置いていたレンタル用のバッグを取り上げると浦原を振り返り「これ,ありがとうございました。おかげで助かりました」と礼を云って差しだした。


「どう致しまして。そろそろお帰りで?」
「うん。六時半には家にいないと。晩飯が七時なんだ」
「なるほど」
「あ,それからベーグルサンドもごちそうさまでした」
「いえいえ。ところで一護サン」
「ん?」
「夜っておうち抜け出せたりします?」
「なんで?」
「一護サンと話してたら,アタシもこれ観たくなったんで夜にでも観ようかと。帰りはおうちまでお送りしますから抜け出せるようなら観に来ます?」


浦原の言葉に,一護は一瞬目を輝かせて,しかしそれをすぐに伏せて考え込んだ。
バレたときのことを考えているのか。まぁ確かに自分はPTAには目の敵にされるような職についているし,実際立ち退きを要請するような書面をつきつけられたこともある。一蹴したけれど。


「何時?」
「え?」
「何時に来たらいい?」
「んー,何時でもいいっスよ? 逆に何時ならいらっしゃれるんで?」
「妹たちは9時には寝る。親父も朝早いから10時には部屋に行くし,様子見る時間考えても11時なら平気」
「じゃあそれで。一護サンちってどの辺なんです?」
「うちは…南川瀬にある黒崎医院って知ってるか?」
「えぇ。前に腕をばっさり切られたときに一度ご厄介になったことが」
「そこ。え,アンタうちの患者だったことがあんの?」
「お父さんに縫合して頂きましたよ。傷跡もほら,きれいにしてもらって」


シャツの袖を捲って左腕を露にすると一護の顔が寄せられた。


「ほんとだ。親父,変なオッサンだけど割に腕はいいんだよな」


眉間に皺を寄せ,照れたように笑いながら云う一護に浦原も笑う。


「じゃあ11時に。夜遅いから気をつけていらっしゃい」
「ん,じゃあまた」


一護を店先まで見送ると,走り出した背中がしばらくして立ち止まった。
くるりと振り返るとにこっと笑って大きく手を振る。
浦原は小さく手を振替しながら可愛い子だなあ,と頬を緩めた。









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……萌えはどこに?(脱兎)
(2005.04.16)

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