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「浦原さん?」
声をかけながら部屋を覗くと,浦原は台所に立って何かの作業をしているところだった。
「一護サン坐ってて。エアコン回したからもう暖まってるとおもうんだけど…」
寒くない?と振り返らずに云う浦原に「あ,平気」と返しながら,一護は卓の前には坐らずに浦原の元へ向かった。
「…紅茶?」
浦原の手にはガラス製のティ・ポットとミルクパンがにぎられていた。
一護がほんの少し後ろから覗いていると,ポットと鍋から均等の量の紅茶とミルクがカップに注がれていく。
喫茶店でもお目にかかったことのないような芸当に一護がじっと見入っていると,ふたつのカップに注ぎ終えた浦原がふう,と息を吐いて振り返った。
「専用のピッチャがあればもっと楽だと思うんスけどねぇ」
云いながら鍋とポットとシンクに置いて「さ,飲みましょ」と一護を促す。
「ていうか,浦原さんすげーな。なんでもできるんだ」
「なんでも…てことはないっスよン。これは見様見真似。茶葉もたいしたことないし,おいしいかどうか…」
苦笑混じりに云う浦原の声を聞きながらカップに口をつける。
芯から温められたミルクティは舌をほんの少し焼いたけれどもやさしい甘さがじんわりと浸透するようだった。
「…平気?飲める?」
「ん,おいしい」
こくんと頷いて解けた声で云った一護に,浦原はふわりと笑ってそれはよかった,と自分のカップに口をつけた。
黙って紅茶を啜りながら,知らず知らず一護の視線は卓の端に置かれた携帯電話に向けられていた。
さっきの電話。
夜一さん,て云ったっけ。
「一護サン?」
「あ…なんでもない」
「なんでもない…て顔でもないけど」
「…………」
「あ,電話?さっきの気にしてますもしかして?」
見破られた気まずさにどんな顔をしたらいいかわからなくて一護はカップの中を覗き込むようにして紅茶を啜った。
そしてほんの少しだけ目を上げて浦原を見ると「大丈夫,なの」と小さな声で聞く。
「大丈夫?何が?」
「…何か用事があってかけてきたんじゃねぇの?」
「さぁ?でも用事だったらまたかけてくるでしょ。大丈夫。草木も眠る丑三つ時にわざわざ携帯鳴らす向こうに非はあります」
けろりと言い放つ浦原に,一護はますます混乱する。
夜更けに電話を鳴らす,ということはその相手と浦原の距離が極近いことを示す。
近い相手だからあんな風に振舞えるのか。
本当に恋人,とかじゃないのかな。
自分が考えることではないと思いながらもついつい気になってしまう。
表情が冴えない一護を浦原は静かな目で見つめていると,くすりと笑うようなため息を吐いて「本当云うとね」とカップをテーブルに置きながら言葉を継いだ。
「一護サンを紹介しろーって煩く云われてるんスよ。さっきのも今日一護サンが来てるって知っててかけてきてる。ほんと性質が悪いっていうか」
「え,ちょっと待って」
一護は口元に引き寄せようとしたカップをテーブルに戻しながら慌てた声を出した。
「俺を紹介しろって…」
「夕方の電話でね,ちょっと話したらすごく興味持っちゃって。それで夜も邪魔しにくるって云うからそんなことしたら絶交だって……いったいどんな子どものやりとりなんスかねぇ…」
「夜一…さん,て云ったっけ?」
「えぇ」
「そのひとって浦原さんの…」
「俗に云う幼馴染ってヤツ?アタシみたいな変わり者を構ってくれる貴重っちゃ貴重なひとなんスけどたまに閉口するんスよ」
苦笑を浮かべた浦原に,一護はそ,そうなんだ…と相槌を打ちながら胸の中でもやもやと蟠っていたものがふわりふわりと解けていくのを感じた。
「でも浦原さんさっきのアレは…」
「アレ?」
「電話。変なこと云っただろ」
「……アタシ何か云いましたっけ?」
考え込むような素振りで目を伏せた浦原に,一護はため息を吐く。
……本気で寝ぼけてたのか?
浦原の行動の意図が読めない。
でも,多分裏とか作為とかそんなものはないんだろう。
からかったり,そういうのは感じられない。
居た堪れなくなることはあっても居心地が悪くなることはない。
だったら,自分も変な風に考えるべきじゃない。
まだ微かに舌に熱い紅茶を飲み下しながら一護は深く深く息を吐いた。
そう。邪推とかそういうのは必要ない。
考えても答えが出ない問いならばそのままにしておいていい。
伏せていた眼差しを上げると,浦原は手を後ろについて仰け反るようにして柱にかけた古びた時計を見ていた。
無精ひげがうっすら浮いた顎から喉元を通り喉仏を過ぎて鎖骨へ。
そのラインを目で辿りながら一護はどきりとした。
「んー,まだ五時半か…」
云いながらこちらに向き直る浦原に気づいて慌てて目を逸らす。
「せっかくだから遠回りして散歩しません?」
「え」
「早起きは三文の得,ていうじゃないスか」
「…早起きとは違う気がするけど」
「嫌?」
「いやってことはない,けど」
「じゃあ決定」
ほんの少し強引に締めくくって浦原はふわりと笑った。
その顔を見たら一護も継ぐべき言葉を見失って釣られるように苦笑いを浮かべる。
こうして飲み終わったカップを片付けた後,二人揃って明け方前の街を歩くことになった。
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この浦原さんは無駄に芸達者だ。
頼めばきっとマレー式のアレもやってくれるんじゃなかろうか。
(2007.03.07)