001
|
「イラッシャイマセ」
真っ赤な顔の少年が差しだしたパッケジには「もぎたてオレンジ☆果汁で濡れ濡れ」と書いてあった。
おやまぁ。
「いちおうルールなんでお窺いしますけど,お客サンおいくつで」
「18っ」
「お生まれは西暦何年?」
「…1987年」
「干支は?」
「えと…?」
「何年?」
「…ね,ずみ?」
「ぶっぶー。はい失格。残念ながらお貸しできません」
少年ははっとした顔をして眉間を曇らせて百面相をしながらぶつぶつと何か呟いた。
「あ,亥か!」
「いいえ?」
「えぇと…ちょっと待てよ。……あ,逆なのか。てことは子,丑,寅,卯。卯?」
「ハイ,その通り。卯年で正解。年齢詐称ならその辺もちゃんと詰めないと」
指を折り折り考え込む少年の姿に込み上げるまま口許を緩めてカウンタに置かれたパッケジを背後の棚に戻そうとすると「ち,ちょっと待って!」と慌てた声に引き止められた。
「なぁに?」
「それ,借りて行かないと駄目なんだ」
「駄目も何も子どもに貸したらアタシの手が後ろに回っちゃうんスよ」
「絶対バレないようにするから!」
必死な顔で懇願する少年はどう観たって中学生。
そんな子がこんなビデオでナニするっていうんスかね。ていうか中身確認しないで持ってきてるに決まってる。
「想像するだに,罰ゲームかなにか?」
パッケジで肩をとんとんと叩きながら尋ねると,少年がこくんと頷いた。
「うちの店で借りて来いって?」
「ほんとは本を買ってくるって話だったんだけど,ごちゃごちゃ云ってるうちに『オマエ映画好きなんだからビデオ借りて来いよ』とかって話になって」
「……脈絡ないっスね」
「明日持って行かないとヤバいんだ」
そんなのアタシの知ったことじゃないけど。
でも必死で縋り付いてくるのは,ちょっと可愛いなあ。
「んー,でもこれ,キミが観るようなのじゃないっスよ」
「あ?」
「『もぎたてオレンジ果汁で濡れ濡れ』なんてタイトルっスけど,中身かなりエグいもの。性経験に未熟な少年が観たら,トラウマになって勃たなくなっちゃうかも」
「は?」
「ナンパからハメ撮り,玩具で前も後ろもめちゃめちゃにした後にSM入って浣腸,排泄,スカトロ。スカトロって意味わかる? 出したものを食べるの。そういうの平気?」
「え…」
顔が蒼白になっている。
面白すぎ。
「借りるっていうならこっそり貸すのは吝かじゃないっスけど,後のことは責任持てませんよー?」
「じ,じゃあ,他の!」
「うち,基本的にマニアックなのしかないからなぁ。幼児愛好,同性愛,ふたなり,獣姦,強姦,調教,そんなのばーっかり」
にっこり笑って首を傾げると,少年の顔がひきつり,口許がひくりと震えた。
「やめといたら?」
助け舟のつもりでそう云ってみる。
少年はカウンタに突っ伏して唸っている。
「だって罰ゲームだしよー…」
「本なら貸してあげる。アタシがさっきまで読んでたのどう?」
座っていた椅子に伏せておいたグラビア雑誌を手に取った。
ぱらぱらとページを捲り,白いビキニの上だけを身につけた豊満若い女がM字型に開脚した見開きページを差しだした。
ぱさ,という音に顔を上げた少年は,それを見て硬直。
真っ赤になって呆然としている。
「これねー,裏モノなんスけどなかなかの出来で。他にもスゴイのたくさんあるから,ビデオの代わりになるんじゃないかと」
「い,いいのか?」
「いいっスよ?」
「あ,ありがとう!」
ぱぁっと顔を明るくした少年だったけど,視線はまだちらりちらりと開いたページに向けられている。
若いっていいなあ。
くふりと笑って本を閉じた。
そしてカウンタの下からビデオ貸し出し用の大きい布製の袋を取り出してそこに収め,少年に渡してやる。
「はい」
「明日,必ず返すから!」
「ああ,いつでもイイっスよ。だってほら…ねぇ?」
「あ?」
「キミだってゆっくり見たいでしょ?」
アタシの言葉にぼん!と音がするように激しく顔を赤らめた少年は「違っ!俺はっ!」としどろもどろになりながらも,本の入った袋を胸に抱きしめている。
アタシはもうその姿がおかしくってしょうがない。
なんて素直な。なんて可愛い。
子どもなんて,って普段なら鼻にも引っかけないってのに,今日は一体どうしたんだろ。
「あ,ところで」
目尻に滲んだ涙を拭いながら少年を呼び止めた。
「な,なんだよ」
「キミ,お名前は?」
「黒崎一護」
「イチゴ?」
「漢数字の一に護衛の護!」
「はぁ,一護サン,ね」
「アンタは?」
「アタシのことは店長,とでも読んでくださいな」
「俺だけ名乗ってアンタは名乗らないのかよ」
口を尖らせた少年に「自分の名前,あんまし好きじゃないんスよ。でもま,それ返しに来てくれたときにでもお教えしましょ」と返しながら,カウンタに身を乗り出して顔を覗き込んだ。
「なんだよそれ」
「ほら,そろそろ時間も遅い。早くお帰りなさいな」
「何時…ってやべえ! じゃ,これは借りてく!明日返すから!」
「はいはい。またね,一護サン」
一護と名乗った少年は律儀にぺこんと頭を下げると,店のサッシ戸を開けて出て行った。
走り去る後ろ姿をいつまでも眺めて「おもしろいの,見つけちゃったなあ」と呟く。
ふつふつと沸き上がる笑みをそのまま口の端に載せ,先ほど少年が持ち込んだパッケジを棚に戻しに行く。
「にしたってこの,アダルトビデオってのは日本語の限界に挑戦するよなタイトルばっかりっスねぇ」
間延びした声でぼそっと云うと,くつりと欠伸が込み上げた。
------------------------
……ちょっと自分追い込んでみた。(謎)
(2005.04.14)