014
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『いいか?俺が教えてやる。マドンナのライク・ア・ヴァージンはやりまくっている女の歌さ』
ブラウン管の中,黒いスーツに身を包んだ細身の男がおどけた動作で肩を竦めた。
男は続ける。
『朝も昼も夜も。シコシコシコシコ…わかるだろ?』
同意を促すように一同を見渡し,小さく笑みを浮かべると更に口を開く。
『その女がある日,デカチン男に出会うんだ。「まぁスゴイv」てな。女は今まで「大脱走」の穴掘りくらい昼も夜もヤリまくっていた。ところがそのデカチン男とやろうとするとビックリだ。痛いんだ。まるで処女みたいに痛い。もちろん痛いのは処女だからじゃない。ヤツのがデカい。だから痛い。処女を失う時みたいに痛い。ヤリマン女が「処女のように」痛い。だからlike a vargin,てわけさ』
意味のないことを機関銃のように捲くし立てる男に,一同は首を竦めたり,野次を挟んだり,薄汚れた早朝の安カフェにふさわしい雑多加減。
クッションに半ば背中を埋もれるようにさせて見入っていた一護は首を傾げた。
これが,格好いい?
浦原の方をちらりと見ると,ブラウン管を見つめたままコーヒーを啜りながらくすくすと笑っている。
その浦原が,ちらり,こちらを見た。
「一護サン,次」
「え」
途端,ブラウン管から低いベースの音が聞こえてきた。
場面はいつの間にか切り替わり,小気味よいテンポの音楽に合わせて黒服の男たちが歩いている。
キャスト名が記されたテロップが流れる。
映像と音楽がぴったりマッチしていて,思わず鳥肌が立った。
目を見開いて食い入るように見つめている一護を横目で見ると,浦原がふわりと笑った。
クッションの上で身動ぎをして一護にそっと寄りかかる。
一護は一瞬驚いたような顔をしたが,すぐに視線がtvに戻っていった。
びくり,一護の身体が硬直する。
ブラウン管の中では,車の中で黒服をべっとりと血で汚した男がもうひとりの男に抱えられていた。
痛みを訴える男。死を間近に感じているのか,恥も外聞もなく喚き散らしている。
宥める男も必死だ。
どうやら俄か集めのメンツで銀行強盗をしでかしたが,警察に先回りしていたらしい。
あっという間に銃撃戦になり,散り散りに逃げたはいいが,車に乗り込む直前にひとりが負傷した。
負傷した男はオレンジ,宥める男はリーダ格のホワイトというらしい。
ホワイトの故郷や,本名を尋ねるオレンジ。ホワイトは絆されたのかひとつひとつ答えてやっている。
それを見つめる一護は身体を硬直させたままだ。
浦原はそっと宥めるようにその背を撫でた。
もしかしたら血が苦手な性質だったのかもしれない。
優しい子だから,ブラウン管の中でも人が傷つくのは見るに堪えなかったのかもしれない。
選択のミスを悔やみながら,低めた声で「苦手なら他のにする?」と囁くと一護は一瞬だけ視線を浦原に向けた後「いい。先が気になる」と硬い声で云った。
オレンジを抱えたホワイトが命からがら逃げ込んだのは,待ち合わせ場所にしていた今はもう使われていない倉庫だった。
平らな場所を選んでオレンジを寝かせてやり,雇い主の使いが来れば医者を呼べる。そうしたら助かるから,と何度も何度も繰り返す。
オレンジは半ば諦め気味に「俺は死ぬんだろ。どうせ死ぬんだ!」と喚くが,ホワイトは馬鹿なことを云うな,と何度でも同じ言葉をかけ続けた。
やがてオレンジが気を失うと,一味のうちのピンク,と呼ばれていた男がやってきた。
作戦の失敗について声高に,ヒステリックに喚きたてるピンク。
『誰かが警察の犬だ』
ギラついた目でホワイトを睨みつけながらピンクが云う。
『おとり捜査だと?』
『疑うのか?おとりじゃなくてどうやって警察が来れるって云うんだ。一分で店に現れたんだぞ!サイレンもなく!警報は間違いなくすぐ切った。警察が気づいて駆けつけるまでに四分。最低でも四分はかかるんだ。それが一分で17人。しかも武装して,訳知り顔で立っていた。遅れてパトカーが来た。あれが警報を受けてやってきたヤツなんだ。最初のヤツらはその前に居た。その頭は飾りじゃねんだろ?少しは使え!』
ホワイトは考え込むように目を伏せ,現場の様子を思い返していた。
ピンクははっと我に返ったように立ち上がると癇症に辺りを見回した。
『おい,マズイぞ。あれが罠ならここもバレてる!すぐにポリ公がやってくるぜ!』
『待て,ピンク。少しは落ち着け』
『これが落ち着いてられるかッ!』
ひとり,またひとりと集まって来る仲間たち。
俄か集めのメンツはそれぞれが疑心暗鬼に憑かれていて,自分以外の誰が「犬」なのか探るような目で見つめ合っている。
緊張感がピークに達すると破裂したような罵り合いが始まる。
ブラウン管の中の感情の波にそのまま感化されるように一護の表情は強張ったり眉間に皺が寄ったりせわしなく変化した。
浦原はいつしか映画を見ることを止め,一護にだけ視線を注いでいた。
可愛いなぁ,この子。
くふりくふりと自然に笑みが浮かんでくる。
ブラウン管の中では回想場面が流れていた。
ニックネームを決める場面だ。
「ピンク」の名を与えられた男が口を尖らせて反発していた。
『選ばせろよ』
ジョーと呼ばれる禿頭の雇い主はきっぱりと首を振った。
『だめだ。前に一度失敗している。みんながみんなブラックを選んで大喧嘩。誰も引き下がらなかった。ピンクのどこが悪いっていうんだ。………yellow(腰抜け)よりもマシだろう?』
慰めるとも叱るともしれない言葉に反応したのはピンクではなくブラウンの名を与えられた男だった。
『でもブラウンはクソの色だぜ』
強張りきっていた一護の顔が不意に緩み,おかしそうにくすくす笑った。
素直な反応。
自分が失って随分と経つそれはひどく眩しいもの浦原には感じられた。
胸のうちにふわりと広がる温かな気持ち。
それを噛み締める間もなく穏やかに睡魔がやってきた。
この先の場面を知っている浦原は「ここで寝ちゃマズイんスけど…」と顔を曇らせたが睡魔の腕から逃れることはできなかった。
重たくなっていく瞼と自由を失っていく身体に最後に残った力を振り絞って胡坐をかいた膝の上でぎゅっと握り締められている一護の手の上に自分の掌を重ねた。
びくり,一護の身体が跳ね,弾かれたようにこちらを見る。
自分は巧く微笑めただろうか。
それを確かめることもできないまま浦原は眠りに落ちていった。
浦原さん!?
指先が冷えるほどきつく握り締めた手の上に重ねられたのは温かな浦原の掌だった。
自分のものよりも一回り大きな手が包み込むように。
どきどきと高鳴る心臓を宥めようと息を継ぎながら,一護はその手を外そうとした。
しかし力など篭っているようには見えないのにその手は離れなくて。
押しのけようとした弾みに指が絡められてしまった。
――これじゃあまるで。
かぁ,と顔が赤くなるのを感じた。
映画など吹き飛んでしまっていた。
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長すぎたので二分割。明日もいくよー。
(2007.01.02)