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///007///



背をソファに,頭を浦原の膝に預けた状態で,一護は視線を頭上の浦原の顔に向けた。
向けられる視線に気づいた浦原が目元で微笑うのを見て,口を開く。

「不遜な人だって聞いたんですけど」
「…え?」
「朽木白哉,ご存知ですよね」
「朽木サン…て,あぁ,ハイ」
「アイツが,浦原さんのことを『不遜な男』だって」

視線の先,浦原が困った風に眉を下げるのを見つめながら,一護は更に言葉を継ぐ。

「でも,俺の目にはアンタが『不遜』とは映らない。――どっちが本当なんすか」

浦原の表情が,苦笑のまま凍りつくのを見た。

「俺から何か引き出そうとしてるのならそれは」
「違います」

つよい声で否定された。
けれども,浦原の目は一護を見ていなかった。
戸惑いと,躊躇い。そして不安か。
いつも悠然としている浦原には似合わない感情を浮かべた瞳は,一護の方を向いているものの,その身体を透かして別のところを見ている風だった。

――気に入らねえな。
ふと,胸を過ぎった思いに一護は眉間に皺を寄せた。

気に入らない?一体,何が。
唇を引きんだまま自分を見ようとしない浦原を見上げ,一護は自分の胸の裡を窺った。

「黒崎サン」

名を呼ばれ,その声に物思いが途切れる。

「何すか」
「一目惚れ・て信じますか」
「したことないんで,なんとも。どっちかっつーと信じませんね」
「……ボクが,そうだとしたら」

云いながら,浦原の瞳がゆっくりと一護の上に焦点を結ぶ。
視線と視線がかち合った瞬間,一護は向けられる直向な感情に心臓を鷲掴まれるような心地がした。

――嘘,だろ。
そう思ったけれど,どこかで納得してもいた。
浦原が時折見せる表情。そして眼差し。その意味を。

疑うよりも,腑に落ちた。
あぁ,やっぱりな。
最初の動揺が過ぎると,そう思う自分が居た。
そんな一護を余所に,浦原は。

頭の下で,浦原の脚が微かに動いた。
持ち上げられた頭に,退け・てことか?と一護が身を起こそうとすると顔の上に影が差す。
何,と思う間もなく,覆いかぶさるように背中を丸めた浦原が,そっと口付けてきた。

唇に,唇が触れている。
最初に感じたのは,そのやわらかさだった。
ナニしやがる,と憤りを感じたのはその後。
けれども,触れる浦原の唇が微かに震えているのに気づいた瞬間,その怒りは水を掛けられたように消えうせた。

唇を唇でそっと押しつぶすような。
まるで子どもじみたキス。
けれども一度触れてすぐに離れるのではなく,うすい皮膚を触れ合わせたまま,低く掠れた声が言葉を継いだ。

「好きなんです。アナタのことが。信じて貰えますか」

視覚と聴覚,そして触覚。
五感のうちの三つを塞がれ,同時に注ぎ込まれる想いがそこにはあった。
疑え・と云われてもその方が無理だろう。

こんなのは初めてだった。
生まれてこのかた,こんな風に誰かに直向な想いを向けられたことがあっただろうか。
逆に自分がこんな風に誰かに想いを向けたことがあっただろうか。
多分,ない。

伏せられた睫越しに見つめてくる深い色の瞳を見返し,一護は小さく息を吐いた。

「浦原さん」
「…ハイ」
「そろそろ,昼休み終わるんで」

どいて貰えますか。
唇を触れ合わせたままそう告げると,浦原の表情がほんの一瞬痛みを堪えるかのように歪んだ。
けれどもすぐに元の穏やかだけれどどこか感情の読めない表情になって「スミマセン」と詫びながら身体を起こした。

一護は小さく弾みをつけて身体を起こすと,横になったせいで乱れた髪をぞんざいに直し,俯く浦原へと視線を向けた。

「コーヒー,ご馳走様でした」
「…いえ」
「あと,ソファも」

浦原は,俯いたまま小さく首を横に振った。
どことなく打ちひしがれて見える長身の男を見下ろして,一護は口の端を引き上げる。
しかし,自分がなんでそんな表情を浮かべているのか,自分でもわかっていなかった。

スーツのポケットに手を突っ込む。
取り出したのは携帯電話。
低いくぐもった音を立てて振動するそれのフラップを開くと,事務所の番号が表示されていた。
社長が戻ってきたのか。それとも別件か。どちらにしろ時間切れなのは本当だった。

応じることなく留守録に切り替えフラップを閉じようとして,ふと思いついたことがあって一護は動きを止めた。

「浦原さん」
「…ハイ」

相変わらず浦原は俯いたまま。
応じる声も,低く掠れて今にも消え入りそうだ。

「記憶力はいい方ですか」
「え…?」

一護の質問の意図が読めなかったらしく,伏せられていた瞳が上がり一護を見た。
一護は無表情のまま浦原の目を見つめ,十一桁の数字を口にした。

「俺の携帯番号なんで,なんかあったらかけてください」
「何かって…」
「メシ,来ないときとか」
「え」
「来ないのに,席空けといてもらったら店にも悪いし」

驚いた風に見開かれた瞳にいくつもの感情が過ぎるのを,一護は意識して作った無表情のまま眺めた。
浦原は何か云おうとして口を開き,躊躇うようにそれを閉じ,呼吸すら詰めた後,恐る恐ると云う風に言葉を継いだ。

「もしかして,今日…」

問いは終わりまで紡がれず,一護はそれに答えなかった。
じゃ,とだけ云って踵を返す。
ゆったりとしたドレープを作り出すカーテンに手を触れ,来た道を辿る。
部屋を出るべく身体の向きを変えたとき,背後で浦原が立ち上がるのが見えたが浦原が追ってくることはなかった。

エレベータで一階へ。
そして重たい扉を潜って外へ。

春の盛りの感じさせるたわんだ風が頬を撫でて街中へと去っていく。
一護はふと足を止めると出てきたばかりの鉛筆型をしたビルを見上げた。
電話はかかってくるだろうか。
多分,かかってくる。
そんな気がした。

「…一目惚れ,ねえ」

疑う余地はなかったけれど,理解はできない。
一体自分の何がそんなに気に入ったんだか。
折を見て尋ねてみようか。どんな答えが返ってくるんだろう。

齢の割りに老獪な白哉をして「不遜」と云われる浦原が,自分の前でだけあんな姿を見せるのだとしたら。
胸に浮かんだ感情の名は「優越感」だった。
誰に対してだよ,と顔を顰め,それでもどこか心が浮き立つのを感じる。

ソファのせいかな。
ソファのせいだな。
あと,コーヒーが美味かった。

同性から向けられる恋情に戸惑いがなかったといえば嘘になる。
けれども別にヤラセろと押し倒されたわけでもなかったし,触れられて不快とも感じなかった。
人間の唇があんなにもやわらかいものだった,と思い出させられたのは何時以来だろう。
考えてもみれば今の仕事についてから,特定の相手と深い関係を持ったことがなかった。
そのときどきで寝る女は居るけれども,顔も名前も三日もすれば忘れてしまう。
別の店で顔を合わせて声を掛けられても,それがいつ寝た女か思い出すことは難し。そんなことが度々あった。

頭上から降り注ぐ麗らかな日差しに目を細めて,路地を曲がる。
職場であるビルが見えて,腕時計で時間を確かめる。
午後の始業である一時を過ぎているのを見て足取りを速めながら,一護は小さく喉を鳴らした。

――一目惚れ,ねえ。
電話がかかってくるとしたら,いつだろう。
なんとなくそのときが待ち遠しいような気がした。












ホストクラブの総支配人とサラ金の金庫番。
あと三回で終わる予定です。めいび。

2011.04.08

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