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結局その日,一護はいつものレストランで浦原に会うことは叶わなかった。
拍子抜けしたようながっかりなような気持ちで,それでも時間を潰す本もなかった為,食事を終えた後運ばれてきたコーヒーを飲み干すとさっさと店を後にした。
事務所への道を辿りながらポケットの中でジッポライタの蓋を開け閉めする。
最近は路上喫煙禁止だとかで通りよりこっち側では歩き煙草は厳禁だ。
ニコチン中毒というわけではなかったが,吸いたい,と思ったときに吸えないのは不便なもんだ,と通りを挟んで向かいに立つ赤信号をさっさと変われ,とばかりに睨みつけた。
行き交う車の流れ。
同じように立ち止まり信号待ちをする人の群れ。
雑踏。
仕事が忙しいんだろうか。
脳裏を過ぎる問いに答えを見出す術はない。
約束を交わしているわけでもなく,ただ,あそこで待っていれば会えると思っていた自分に苦笑するしかない。
恋次は曲者と,白哉は不遜な男,と云った。
まるで自分の目に映るのとは別人だ。
いったいどちらが本当なのか,確かめたかったのに。
流石に飽きられたか?
それも当然かもしれない。
あの店で浦原と顔を合わせるようになって一ヶ月。週に一度だから四回。今日が五回目となるはずだった。
慣れてきた分,会話の分量は増えたように思えるけれども,それでも気の利いたことを話せていた気は微塵もしない。
それでも,一護が何か喋るたび浦原は楽しそうに目を細めていた。
そう,楽しそうにしてたのに。
詰りたいのか,ただ疑問なのか。
よくわからない。
ただ,物足りなく思っているのは事実だった。
睨みつける視線の先,信号が漸く青に変わる。
一護はチィン,と甲高い音を立ててジッポの蓋を閉じるとポケットから手を出しくしゃりと髪を掻き上げ,人の流れに押されるように足を踏み出した。
考えても仕方のないことを,いつまでもぐだぐだと考えていても仕方がない。
ここを渡りきったら頭を切替えよう。
ため息混じりにそう考え,奥歯を噛み締めるように口の端を歪めた。
と,その時――。
「黒崎サン!」
向こう側に渡りきるまであと数歩,というところで名を呼ばれた。
足を止めて振り返る。と,人の流れに逆らうように駆け足でやってくる浦原の姿があった。
「…珍しいところで,会いますね」
珍しいところ,といってもここはもう町内のはずれだし,会うも何も,あんた今俺の名前呼んで走って追いかけてきたじゃねえか。
と突っ込みたいのを堪えて,一護は口の端を引き上げた。
「確かに,店の外で会うのは初めてですね」
「今日もごはん食べに行こうと思ってたんスけど,寝坊しちゃって」
云いながら,はにかんだように目を伏せ,口の端に笑みを刻む。
会えて嬉しい,と云われてるような気がして一護は腹の底がくすぐったくなるような感覚を覚えた。
やっぱりどう考えても気のせいじゃない,と思うんだけど。
確かめる術は――なくもない,か。
「来られなくてちょうどよかったかもしれないですよ」
「え?」
伏せられていた浦原の目が上がり,一護を見る。
その肩越しに信号が点滅を始めるのを見て,一護は促すようにして歩き出した。
交差点を渡りきり,半歩遅れてついてきた浦原を振り返る。
歩く速度を落とすと,自然に隣に並んだ。
身長差は十センチほど,だろうか。
横目で見つめる一護の視線に気づくと,浦原が物問い顔になる。
「浦原さん,身長いくつですか」
「身長…,ここしばらく測ったことないんで確かじゃないですが最後に測ったときは184でした」
一護の身長は177。ということは七センチ差,か。
ふぅん,と頷くと,浦原が小首を傾げて「黒崎サンは?」と尋ねた。
「177で止まっちまいました。180くらいまでは欲しかったんですけどね」
「でも,黒崎サンはすごくバランスがいいから」
「バランス?」
「何かスポーツとかしてます?さっき交差点に立ってるところを後ろから見たとき,すごく立ち姿がきれいだなって」
「…きれいって」
男に対する褒め言葉じゃないだろそれ。
一護は反応に困って眉間に皺を寄せたが,世辞や追従を口にしているわけではなく浦原は本当にそう思っているらしい。
それがまんま伝わってきてしまい,複雑な気持ちになった。
好意的に受け取ろうと思えば,ホストクラブの総支配人という立場だからこその見方なのかもしれない。
数十人からの男――それも女を虜にすることを生業とする――を束ねる立場からすると,そういう見方もアリなのか。
いやでも,それにしたってなァ…。
浦原の方に視線を向けると,目元を綻ばせるように微笑まれた。
だからなんだってそんな嬉しそうな顔すんだよ。
そう思いながらも一護は「褒めてもらって,アリガトウゴザイマス」とぎこちなく礼を云った。
「そういえば,来られなくてちょうどよかったって,さっき」
浦原の言葉に,あぁ,と一護は頷く。
「今日,コーヒーの担当休みだったんですよ。だから」
嘘をついたことに,深い意味はなかった。
深い意味はなかったけれど,浅い意味ならあった。
こんなことで浦原の真意が量れるとは思っていなかったが,少なくともあの店に通う理由がただコーヒーを気に入っただけなのかそれともほかにあるのかくらいは判別がつくだろう,と一護は横目に浦原の表情をじっと窺ってみた。
「そうなんですか」
と云った後,浦原は目を伏せ,視線をほんの一瞬だけ一護の方へ向けた。
目が合うか合わないかでまた伏せられる瞳。
そして,「でも,会えてよかった」と。
雑踏に掻き消されてしまうほどの小さな声だったが,一護の耳は確かにそれを聞いた。
真意。
それを知りたいと思ったけれど,今の言葉から量れるのは――。
まぁ,気に入られてるんだろな,とは思ったけれど。
そういうことなのか。なんか,それ以上の気がしなくもないが。
いや,そんなことよりも,この浦原が曲者?不遜な男?
一護にはやっぱりそうは思えない。
恋次や白哉と対峙するとき,浦原はどんな顔をするのだろう。
今ここに居る姿とは,どれだけ違いがあるのだろう。
少し,見てみたいと思った。
そう,「興味を覚えた」というのが一番近い感想だった。
「あの,」
浦原が一護に呼びかける。
「はい」
「もしよかったら,コーヒー飲んでいきませんか」
「え?」
「うちの店すぐそこなんで。黒崎サンさえよかったらご馳走しますよン」
たいしたおもてなしもできないけど,豆だけはいいの揃えてるんで。
そう言い添えてぎこちなく微笑む顔の中,瞳だけが笑っていなかった。
対峙するこちらにまで緊張が伝わってくるような。
一護は右腕を持ち上げると,袖口から覗く腕時計で時間を確認した。
スイスミリタリのクロノグラフ。
デザインが気に入って買ったものだったが,恐らく隣で固唾を呑んでいる男がしているのの二十分の一もしない安物だ。
どうでもいいことを考えながら,一護は頷いた。
「まだ昼休み残ってるんで,お邪魔してもいいですか」
途端,浦原の目が驚いた風に見開かれる。
オイ,あんたが誘ったんだろうがよ。
そう突っ込みたくなるような,あけすけに嬉しそうな顔だった。
曲者,不遜,やっぱりどっちも結びつかない。
何か目的があってのコレなのか,それともあっちが作られた姿なのか。
こっちがニセモノだったら,大概だよな。
そんなことを考えながら一護は浦原の横顔を眺めた。
ホストクラブの総支配人とサラ金の金庫番。
黒崎さんの目には,多分浦原さんがものっそい毛並みのよいゴールデン・レトリーバかなにかに見えているぽい。
2011.03.29