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///008///



白崎はエキセントリックな男だ。
気が短いし手も早い。
自分で引いた線の外側に居る人間には本当に容赦がない。微塵も。一ミクロンも。
けれども線の内側に居る人間にはとことん甘くなる。
線の内側まで至らずとも,その上に居る人間にも少し甘くなる。
そしてその線は信じられないくらい太い。
この街に住む人々全てが乗ってしまうくらいに太い。

窓際に座る常連客にしてもそうだ。
白崎は店に入ってくるなり気軽に「ばーちゃん,腰の具合どうだ?」と声をかけた。
客の方でも「今日は暖かいから大分いいのよ」と微笑んで応じる。

「重たい買いもんとかあったら電話寄越せよ。車出すから」
「ありがとうね。今度レモンタルト焼くからお茶しにきて」
「行く行く。昼過ぎなら起きてっからさ」

顔の半分が隠れるような大振りなサングラスをずり下げたタトゥまみれの若い男と,きれいな銀髪の老女の取り合わせは不思議と違和感がない。
聞けば町内会や商店街のイベントなどがあると,白崎は黒崎と一緒に手伝いに奔走するらしい。
子供の教育によくない,と外の町からやってきて高台の住宅地に住む親の世代には眉を顰める者もいるらしいが,子どもの頃から白崎を知る古くからの住民たちはいっかなそれを気にする様子もない。
子供たちが「俺も刺青するー」などと白崎に纏わり付いても笑って眺めているほどだ。

「俺ァ高ぇぞ。つーか予防注射でビビッて涙目になってるようなへたれは無理だムーリ」
「なんでソレ知ってんだよォ!」
「マジで泣いたのか。だっせ」
「るっせえ!次は泣かねえし!」
「おー頑張れ。彫るのは無理でも泣かずにできたらなんか描いてやんよ」
「マジでー!?やったー!」

商店街主宰の夜祭に出店したとき,そんなやりとりを幾度も目にした。
面倒見がいいのだろう。見た目からは想像もつかないけれど。

思わず小さく笑みを零すと「思い出し笑いしてんじゃねえよ。すけべ」と嫌そうな声がした。

トマトソースをかけた揚げたてのアジフライと根菜のスープ,それから丸パンをふたつ。
かるくマッシュしたじゃがもと卵のサラダ。
カウンタ越しに白崎に出すと同時に,窓際の客が帰って行った。
カップと皿を提げて洗ってしまうと,浦原は自分用にスープの残りとパンを盛り付け白崎の隣に腰を下ろした。

「接客怠るんじゃねえよ」
「いいじゃないスか。アタシお昼まだなんスよ。デザートサービスしますから」
「しょうがねえな」
「今日のケーキ,ダークチェリーのタルトなんスけどそれも少し味見します?」
「おう」

強面の白崎は意外なことに大層な甘党だった。
しかし店に入れば人目を集める。それが鬱陶しいらしくてあまりひとりでは食べに行かないらしい。
それでも商店街の和菓子屋の新商品が出ると一番に買いに来るのはいつも白崎だと浦原の店の常連でもある奥さんが笑いながら教えてくれた。

「そう云えば菖蒲庵さんの新作食べました?」
「ったり前だろ。出たその日に食ったわ」
「アタシまだなんですよねえ。日曜日まで残ってるかなァ」
「完売だ完売。テメェが買う前に買い占めてやる」
「糖尿病になりますよン?」
「なるかボケ。オッサンとは代謝が違うわ」
「オッサンて,酷いなァ…」

苦笑する浦原をじろり,睨んだ後に口の端を引き上げる。

「浦原お前,そういやかなづちなんだって?」
「…一護サンに聞いたんスか」
「おう」
「別にかなづちってわけじゃないっスよ。ただ,今まで泳ぐ機会なんてそうそうなかったし」
「ガキの頃体育とかどうしてたんだよ」
「自主休講」
「うーわー。出たよ頭でっかちの典型。お勉強さえできればいいってタイプ!」
「だって走ったり泳いだりとか意味わかんないじゃないスか」
「意味があってするもんじゃねえだろ。お前,意味のねえこと全然しないわけ」

鋭く指摘され,浦原は言葉に詰まった。

「……コーヒー淹れて来ますね」
「おー」

参ったな,と白崎に聞こえないよう小さくため息を零す。
むき出しの本能で生きているような白崎はたまにびっくりするほど鋭い言葉を放つ。
その場限りの言い逃れや,建前なんて一撃で粉砕だ。
でも,それが心地良く感じられるのが不思議だった。

ポットを火に掛け湯が沸くのを待つ間に冷蔵庫から取り出したティラミスを皿に盛り,小さく切り分けたタルトを添える。
手早く泡立てた生クリームを添え,カウンタ越しに白崎に出した。

「へえ,美味そうだな」
「すごく綺麗なタルトっスよね」
「修平,腕上げたな」
「明日来たら伝えておきますよン」
「余計なことすんな。図に乗るだろ」

毎日ケーキを配達して貰っている檜佐木は頬に69という数字のタトゥを入れている。そのタトゥを彫ったのが白崎らしい。
黒崎の紹介で初めて顔を合わせたときは驚いたが,見た目に反して檜佐木は生真面目な男でケーキ作りの腕も素晴らしかった。
本当は自分の店を持ちたいらしいが,もう一人一緒に店をやっている阿散井も白崎の顧客でとてもじゃないがケーキ屋の見た目じゃない,と今は幼馴染が手伝いに来てくれる日曜日以外は全て町内の飲食店への卸販売で賄っているらしい。
朝一番からケーキを焼き,その配達が終わると海辺のダイナーで夜まで店員として働いている。
そう,浦原が一番最初にこの街にやってきたときに黒崎と行ったあのダイナーだった。

「アタシはいいと思うんスけどね。イカツイケーキ屋さんも」
「この街の人間は気にしねえけど,高台の連中は違うだろ」
「この間もPTAから苦情きたんですって?」
「まあな。つっても苦情云ってる教頭自身が苦笑いしてたぞ」
「別に白崎サンが何をするってわけでもないですもんねえ。街を歩くだけで子供の害になるとか,云ってる本人はオカシイって思わないのかアタシも不思議」
「人間が息しねえと死んじまうみたいに,誰かに文句つけなきゃ死んじまう生き物なんだろ」

ハン,と笑って往なす白崎に怒りは見えない。
浦原も目はドリッパから離さずに「ありえる」と笑って応じた。

コーヒーとケーキを堪能し,白崎が帰って行くと浦原は明日の仕込みに取り掛かった。
いつもならば閉店後にのんびりとするのだけれど,今夜は黒崎がやってくる。
数時間後を思うと野菜を刻む手つきもばかみたいに軽やかになった。

スープ用の寸胴鍋をきれいに洗い,レンジに置く。
じゃがいもとにんじん,それから長葱を一口サイズに切り,しめじはいしづきを取る。
じゃがいもとにんじんは水から,沸騰したら長葱としめじ,それから鯵と一緒に仕入れた鮭を一口大に切ったのを入れる。
ブイヨンのキューブを分量分放り込み,ローリエの葉とまるのままの粒胡椒と一緒に煮込んでいく。
じゃがいもとにんじんがやわらなくなったところでローリエを引き上げ生クリームを注ぐ。
少し物足りないくらいの薄味で留めておき,後は明日のランチ前にチーズと塩胡椒で味を調え,最後にディルというハーブを添えれば完成だった。
Lohikeittoというフィンランドの定番の家庭料理は,前オーナが残してくれたレシピノートにあったスープだった。

スープを煮込む傍らお茶を飲みやって来た客たちをもてなし,また昼食を取り逃したと嘆く客に特別にナポリタンを作ったりしているうちに時間はあっという間に過ぎていく。
夕方六時半を過ぎ,最後の客が帰っていくと店は無人になった。
モップを使って店の床を拭き,テーブルと椅子,それから窓を簡単に磨く。
キッチンを片付けレンジを磨く。
時計が七時半を回った頃,入口でドアチャイムがちりりん,と鳴った。

カウンタの内側で立ち上がると,スーツの上着を肩に引っ掛けた黒崎が含羞んだ笑みで立っていた。












海辺の街で小さな喫茶店を営む浦原さんと,サーファーの一護。
そのはち。
2012.07.01

photo by FotoGraffi
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