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まるでこまねずみのような,というほどではないが,ひとりで切り盛りする店ではやるべきことはいくらでもある。
出勤前の朝食ラッシュが済むと今度は近所に住む老人たちがのんびりとやってくる。
本を読む客,顔見知りと相席して話し込む客。
浦原の店ではコーヒーのお代わりは300yenとなっている。
食後のコーヒーを終えた後,更にもう一杯追加して話しこんでいく客向けだった。

細波の寄せる音のような客たちの話し声をBGMに浦原はランチの仕込みに取り掛かっていた。
ランチの種類は三種類。
日替わりで種類の変わるパスタランチと具だくさんのスープランチ,それからメインとカップサイズの具だくさんのスープがつく日替わりランチ。
十時を回る頃にはメニュを決めボードに書き込んでおく。
今日のパスタは野菜をふんだんに使ったナポリタンと,スープは昨日のうちに仕込んでおいた根菜のジンジャー・スープ。
メインは配達を頼んでいる魚屋がいい鯵をたくさん届けてくれたのでアジフライを作ることにした。

氷のどっさり詰まった発泡スチロールの箱を傍らに置いて鯵の下処理をする。
腹ビレを落とし,尾の付け根から腹側に向けて包丁をのこぎりのように動かしゼンゴを取り除く。
頭を落とすため胸ビレよりも少し後方,脊髄の辺りまで包丁を入れ,手前に首を折るとエラや内臓と一緒に頭が落とせる。
頭を落とした鯵は尾を左,背を手前に置いて背骨の上側を背びれに沿って切り開いていく。
鯵をひっくり骨と背びれを一緒に取り除く。

ゆっくりと朝食を終えた客が帰っていき,店はほんの一時無人になる。
浦原はラジオのスイッチを入れた。
最新のヒットチューン,行楽情報,天気予報。
右から左へ聞き流しながら開いた鯵の小骨を毛抜きを使って丁寧に抜く。

面倒な作業だけれど,これをするのとしないのとでは食べたときの口当たりが全然違う。
開いた鯵は琺瑯びきのバットの上に並べておく。
塩こしょうをかるく振って下味をつけて小麦粉をまぶし溶き卵に潜らせる。パン粉をつければ下拵えは完了だった。
一人当たり二尾,さて今日は何人前準備しておくか…。

途中,昼食用のパンとティ・タイム用のケーキが届く。
それぞれ翌日の分の注文書を手渡し礼を云って受け取った。
今日のケーキは旬のダークチェリーを使ったタルトだった。
店に戻って箱から取り出すと,深い赤色がまるで宝石みたいなタルトだった。
八分立てにしたホイップクリームを添えて出せば映えるだろう。
思わず口の端が引き上がる。

時計が十二時を指すとランチタイムの始まりだった。
客がやってくるとつめたいレモン水を注いだグラスを運び,注文を取る。
キッチンに戻ると手早く料理を仕上げ,パンとミニサラダを添えて席へと届ける。
頃合を見計らってコーヒーの準備をし,新たにやってきた客の対応,と一時間ばかりは息をつく暇もない。
一時を過ぎると少し落ち着く。
客層は近所の会社の勤め人たちから主婦層へと変わり,昼休みと云う時間制限がないせいか,少しゆっくりできるようになる。
食後のコーヒーと一緒にミニサイズのデザートのオーダも増える。
朝一で水切りしておいたヨーグルトを使ったティラミス風のデザートはボリュームの割りにヘルシィだとなかなか好評だった。

午後二時を過ぎてランチタイムの混雑が途切れると,ぶらり白崎がやってきた。

「よォ」
ゆるい襟刳りから膚を埋めるタトゥが覗いている。
浦原に声をかけた白崎は,窓際のテーブルに座る常連客と顔見知りらしく一言二言話しこんでからカウンタへとやってきた。

「今日の日替わり,なんだって?」
「アジフライ。それから根菜の生姜風味のスープ。デザートはバナナ入りのティラミス風ケーキになります」
「じゃ,それ」
「アジフライ,ソースで食べます?トマトソースも用意できますけど」
「トマトの方。あと灰皿」

カウンタの一番端の席がひとりでぶらりとやってくる時の白崎の指定席だった。
浦原がレモン水をグラスに注いで灰皿と一緒に差し出すと,かけていたサングラスをカウンタに置き,頬杖をついて窓の外を見たまま白崎が口を開いた。

「一護来た?」
「いえ」
「夜は来るんだろ?」
「そっスね」
「死ね」
「嫌っスよ。一護サン置いて死ねるわけないでしょ」
「お前,マジむかつくわ」
「あはは」

笑い事じゃねえよ,と唸るような声。
しかし目を上げると白崎も煙草を咥えた口の端で笑っている。
浦原はこんなにも情の濃やかな人間を知らない。

俺の全ては一護の為に。
白崎はそう公言して憚らない。なんの躊躇もなく。

「一護泣かしたらお前殺すから」

最終的に切れた黒崎に絶交を言い渡されるまで散々邪魔された後,白崎は射殺しそうな目で浦原を見てそう云った。
あのとき自分はなんと答えたのだったか。












海辺の街で小さな喫茶店を営む浦原さんと,サーファーの一護。
そのなな。
2012.06.30

photo by FotoGraffi
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