010
目尻にやわらかなものが触れる。
唇だ,と気付くのに数秒が要った。
全ての言葉が飽和した真っ白な頭の中,男の言葉が響く。
「眼鏡はずして。黒崎サン」
手首の拘束が解かれ,顔の横に肘が突かれた。
黒いセル縁の眼鏡。
それに自分の手が伸ばされる。
分厚いレンズの向こうから顕れた瞳は不思議な色をしていた。
野暮ったい眼鏡や肘の擦り切れた半纏,それからぼさぼさの髪や猫背,妙な口調と相俟って,垢抜けない――もっと言うならオタクくさい――冴えない男だと思っていた。
しかし間近で見る男の顔は下がり気味の目尻や薄い無精髭の生えた尖り気味の顎などパーツごとには難癖もつけられたか全体として見ると大層整った顔立ちをしていた。
……つーか、何俺見惚れてんだ。
愕然としたまま見つめた先で男が微笑った。
「アタシに見惚れてる?」
「ッ!」
一護は慌てて口を開いた。
否定の言葉を。
全否定を。
そう思うのに言葉が放たれる前に唇が重なった。
呼吸を忘れるほどの濃厚な接吻。
攫われそうになる意識を繋ぎ止めるのは直截齎される快楽。
一護はいつの間にか男に,男の背にしがみつくように腕を回していた。
「…っ,も…だめ…から。いく…ッ」
途切れ途切れに紡いだ懇願に対する応えは更なる快楽。
一護は男の背に力いっぱい爪を立てたまま達した。
「……可愛いなあ、ほんと」
目尻に触れた唇が不埒なことを云う。
ふざけんな。
音にならない声で叫びながら一護は意識を飛ばした。
(2009.02.09)