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B4サイズにみっしりと並んだフォントサイズ9ptの文字たち。
その下に赤鉛筆の芯を置いて滑らせ目で追っていた一護は耳が拾った音に舌打ちすると手にしていた赤鉛筆を放り出した。
まただ。
最寄の駅から徒歩25分の四畳半一間。
風呂とトイレはかろうじてついているが床板はところどころささくれ立ち,通りを大型車両が通ると地震かと思うほどに揺れる。
北に面したサッシ窓は陽射しが入らないだけでなく歪んでいてどう頑張っても開きゃしない。
不便なところを挙げればキリがない。
けれども家賃三万八千円という破格加減に釣られてここに住み着いて気がつけば三年が経っていた。
奨学金と週に三度の家庭教師のアルバイト。
それだけで学費と生活費の全てを賄わねばならない身としては住まいに我が儘など言えるはずもない。
真夏の背骨が歪曲しそうな暑さも真冬の身体の末端が凍り付きそうな寒さも耐えて今日までやってきた。
自分で言うのもアレだけど,俺は頑張っている。
かなり頑張っている。
それなのにこの仕打ちってあるか…?
一護は頭の後ろで手を組むとそねままどさりと板の間に倒れ込んだ。
視線をほんの少し動かすと忌ま忌ましい隣室との境の壁が見える。
しばらく睨みつけた後,ため息を吐いて目を瞑ると,微かだった声がすこしだけその輪郭を確かにした。
「――ぁ,や…ぅん,もっ…,そこ,イイ…っ」
多分に媚びを含んだ甘ったるい女のそれは会話をしているものではない。喘ぎ声だ。
こんな安普請,どうしたって隣に声は筒抜けになる。
そんなことがわからないはずもないのに,臆面なくあられもなくこんな声を上げやがる。
聞かせたいのか俺に。
そういう趣味なのかコイツらは。
フツフツと怒りが沸いてくる。
しかし怒りとは別のもやもやとした衝動も身体の深くでその鎌首を擡げようとしていた。
そのことを自覚した途端、一護の顔はくしゃりと歪んだ。
ふざけんなよ。
そう思うのに,嫌だって思うのに,その後ろ暗い衝動はどんどん膨れ上がっていき,一護の理性を痛めつける。
一護は掌に爪が食い込むほどきつく拳を握り締め,傍らの床をどん,と叩いた。
痛みに一瞬意識が逸れそうになったが,すぐに勢いを増した衝動が一護を突き上げた。
ごろりと寝返りをうち,横向きになると歯を食いしばっていた力を無理矢理抜いた。
途端口から漏れたのは苦しげな,しかしどこか濡れたような息。
一護は眉間にきつく皺を寄せ硬く目を瞑ると右手でジーンズのスナップ・ボタンを外した。
モデルルームみたいに生活観のない部屋よりも,四畳半一間隣の部屋のテレビの音まで丸聞こえ!てなロケーションが好きです。
しばらく続きます。
(2009.01.19)