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003










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目の前に立ちはだかるのは褐色の肌の男。
ドレッドヘアの髪を後ろでまとめ,濃い色のスポーツタイプのサングラスをかけている。
そして身長こそ自分と変わらなかったが,全身から噴出す禍々しいまでの殺気がその身体を大きく見せていた。
手には細身の刀…あろうことか日本刀をこちらに切っ先を向けて構えていた。
銃刀法違反。
現実のあまりにも非現実さ加減に脳の情報処理が追いつかなくなったか,思わずそんなことを考える。
この殺気を前に警察に通報とかできるわけがない。
一瞬でも目を逸らしたら,隙を見せたらあの刃は自分の身体を真っ二つにするだろう。


いったいなんだってこんなことになったのか。
数分前までの退屈だが穏やかな日常が急に遠のいたのを感じた。















昨夜のこと。
午前一時を過ぎても浦原がやってこなかったため,一護は重たくなった瞼を擦りながらベッドに潜り込んだ。
こんこん,と窓が叩かれるのをどこか待っていたような気持ちもあったが,来ないなら来ないで別に構わない。
久々に広々と手足を伸ばして眠れる。
眠たいのと開放感とで幸せに顔が緩んだ。
一護のベッドはシングルサイズでそう大きなものではなかったが,その狭いスペースに自分と更にもうひとり,幅はそう変わらずとも背丈は10センチは高い(2メートルに満たないベッドで10センチの差はかなり大きい)浦原が横たわるとかなり窮屈だった。
必然的に腕が回されぴたりと密着することになる。この寒い季節だから人肌は厭うよりも心地よくはあったけれども,目を覚ますたびに妙に凝った身体を解さなければならなくてこれにはかなり難渋していた。
今日はそんな思いをしなくていいんだ。
単純にそのことは嬉しかったが,ちらりと頭の隅を懸念が過ぎった。
アイツ,また何かあったのか…?
心配は眠気に負けた。瞼はもう限界まで重たくなっていて,毛布に包まると一分を待たずに安らかな寝息が部屋に満ちた。


そして朝。
ここ数日で習慣になってしまった通りに一護は嗅覚から目覚めた。
いがらっぽいくせにどこか甘い,決して嫌いではないけどずっと嗅いでたらやばそうな匂い…浦原のシャツにしみついた煙草の匂いを知覚する。
続いて抱き込まれた腕を解いて枕元にある目覚まし時計に手を伸ばす。
顔の前まで持ってくると時計の針は鳴り出す6時の10分前を指していた。
これもいつも通り。
一護は浦原の身体を壁際に押し遣るとごろりと寝返りを打ち,うつ伏せになった。こちらを向いて安らかな寝息を立てる浦原の顔を見る。


何時に来たんだ,こいつ。
窓に鍵はかかっていたはずだけど,そんなものが用を成さないことは知っている。
しかし身体を押しのけられ抱きすくめられそれでも目覚めなかった自分の寝汚さにため息が漏れた。


指を伸ばして頬に触れる。
つん,とつつくと瞼がぱちり,眠りの余韻も残さずに開いた。
つついた一護の方がぎょっとする。


「オハヨウゴザイマス。一護サン」
「……寝た振りかよ」
「いーえ。今まさに目が覚めました」


くふりと笑う浦原に一護は眉間に皺を寄せて「嘘吐け」と突き放すように云い,顔を背けて身体を起こした。
ベッドから降りるべく浦原に背を向けるといきなり肘を引かれた。
身体はまだ目覚めきっていなかったのか容易くバランスを崩し,引かれるままに浦原の腕の中に倒れこんだ。


「何すんだよ!」
「朝ごはん,ください」
「あ?」
「昨夜,ぐっすりオヤスミだったんで我慢したんスよ? ぎゅってしたら一護サン猫が懐くみたいにアタシにくっついてきて。無防備に晒された首筋から甘くていい匂いするの,じっと我慢するの大変だったんだから」


浦原のあまりの物言いに,一護は顔を真っ赤にして怒りを露にした。
怒鳴りつけてやろうと口を開いたが,浦原の長くつめたい指が唇を塞ぎ,それを阻む。


「朝から喚くと喉を痛めますよン?」


自由になる視線を噛みつかんばかりの鋭さで向けると,浦原の目尻から目の下にかけて新しい傷があるのに気づいた。
両腕ごとすっぽり包み込むように巻きつけられた腕を身体をよじってはずさせると,左手で傷に触れる。
浦原は痛みに顔を顰めることもせず,一護のするがままにさせた。


傷口は血こそ止まっていたもののかなり深い。
刃物ですっぱり切られたというよりも,抉られたような,見るからに治りにくそうな傷。
一護はまるで自分が痛みを感じているように顔を顰めると破れた皮膚の凹凸をひとつひとつ確かめるように指で辿った。


「もう怪我しないんじゃなかったのかよ」
「えーと,これだけで済んでよかったって感じ?よく凌いだって褒められたいくらいなんスけど」
「……オマエの敵って何者?」


一護は眉間の皺に不審を滲ませ尋ねた。が,浦原から明瞭な回答が得られるはずもなく「……なんていうか,変態」と歯切れの悪いひとことが返されただけだった。


「そんなことより,もーアタシおなかぺこぺこで死にそうなんですけど」
「知るかよ。怪我しなかったらって約束だろ」
「なんて酷い!一晩中走り回って奮闘したアタシを労う気持ちはないんスか?」
「……俺が労わなきゃなんない理由がどこにある。つーか何時に来たんだよ」
「んー,四時過ぎっスかねぇ。しばらく一護サンのかーいらしい寝顔に見蕩れてたんで,眠りについたのはもっと後ですけど」


にへら,と思い出して笑う浦原に一護の鉄拳が飛ぶ。


「危なっ!アタシ怪我してるのにッ!」
「喚くなうるせえ。つーか金払え拝観料!!」
「拝観料って…まぁ確かにありがたいもんですけどねぇ一護サンの寝が…ああ嘘!もう云いません!だからゲンコツ下ろして!!」
両手を突き出したガードの上から浦原の頭を小突くと,一護は身体を起こし寝巻きの上着をあっさり脱いだ。


「着替えるんだからさっさとしろよ。学校遅刻したら一週間メシ抜きだからな」


ぶっきらぼうな声だけが浦原に向けられた。浦原はゆっくり身体を起こすと毛布で背後から一護を包み込んでその首筋に唇を押し当てた。
牙が皮膚を突き破る感触。一護は体温が下がっていく感覚を堪えながらため息を吐いた


そんなことを思い出したのはわけがある。
目の前の男のいでだちが浦原に酷似していたからだ。
黒いコートの下はやっぱり黒いシングル仕立てのスーツに白いシャツ。ネクタイは黒。靴も黒。
まるで葬儀屋の社員のような格好。首にくすんだ橙色のマフラのようなものを巻きつけているのだけが違ったが,紛れもなく浦原の姿を髣髴とさせた。
だからといって「アンタ,浦原の知り合いか?」などと易々と尋ねられる雰囲気でもない。
逃げ出したいが,どうやって逃げよう。


一護はぺろりと口の端を舐めた。
ざり,刀を構える男の靴がコンクリートを擦る。
来る!
一護は間髪いれずに左手に飛んだ。男は数メートルの距離を一息に詰め,目が捉えられないほどの速さで刀を振り下ろした。
残像って初めて見た。

ここにきても尚場違いな考えが頭を過ぎる。
なんで俺こんなに慌ててないんだ。
怪訝に思いながらもまた男とにらみ合いながらゆっくり距離をとる。


そうか。
不意に思いついた。
浦原だ。浦原がいるからだ。


「浦原!どっかで見てるんだろ!」


確信があった。名を呼べば応えると。
宵の口の青い空気が揺れる。一護の前に黒い影。月色の髪。そこに立つのは浦原以外の何物でもなかった。









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更にまだ続く。(いい逃げ)
(2006.04.04)

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