鰻
浦原の分まで食べたとはいえ,小鉢に持ったきぬかつぎなど瞬く間になくなってしまう。
たちまち一護は手持ち無沙汰になって,雫の滴るグラスからちびりちびりウーロン茶を啜りながら部屋の様子を眺め回した。
床の間には桔梗が一輪飾られていて,その上には墨跡も鮮やかな書がかけられている。
窓には簾がかかっていて,風鈴は涼しげな音を響かせる。
部屋の入口の襖は開く気配が微塵もなく,それだけ首の一巡りで見回すと,またすることがなくなってしまった。
「退屈?」
「慣れねえからな。まだしばらく来ないんだろ」
「ええ」
浦原が笑う。
その顔に引っかかるものがあったが,なにはともあれ今日の財布だ。
突っかかるのもアレだと思い,一護は気にしないことにした。
窓の外を見ようと立ち上がる。
すると自分の背後の襖に目がいった。
襖?
壁じゃなくて?
「浦原,ここ,隣の部屋?」
「ええ」
「別の客がいるのか?」
「いないっスよ」
「うなぎ食うのに二つも部屋いらねえだろ。あ,宴会用か」
怪訝な顔をしていた一護は,不意に思いついた答えにひとり納得顔をした。
浦原は「開けてみたらいいじゃないスか。どうせここ,貸切なんだし」と酒を干しながらこともなげに云う。
一護も簡単に唆されて,取っ手に手をかけるとそっと襖を開けた。
そしてそのままがつっと硬直した。
「な,な,な…」
言葉が出ない。
一護の視線の先にあったのは一組の布団だった。
しかも見たことがないくらい厚い。
そして派手。白いカヴァのかかっていない部分は朱地に目にも綾な金糸銀糸で柄が縫いこまれていた。
窓のない部屋は薄暗く,枕元にある行灯のやわらかな橙色のひかりにぼんやりと照らし出されている。
行灯の横には蒔絵の盆が置かれ,その上には湯呑みがふたつと水差しが。
これが,一体何を意味するのか。
理解できないのではなく理解することを拒んだ一護は,そのまま襖を閉め後ずさろうとした。
しかし――。
腰に回る腕があった。
次に膝下。
所謂お姫様抱っこの要領で抱え上げられたことに気づいたときには,唇がふさがれていて罵声も悲鳴も上げられない状態だった。
酒精の染みた浦原の舌にそのまま舌を絡められ,幾度も唇を食まれる。
息が乱れ,徐々に身体から力が抜けていく。
一護の身体がくたりとなるその頃合を見計らって,浦原は一護の耳元に「アタシの首につかまって?」と囁いた。
自我が瓦解しかけている一護の手が云われるがままにのろのろと上がり,首に巻きつけられる。
浦原は一護の背を支えていた手で後ろ手に襖を閉めた。
そして抱え上げていた一護をそっと布団に下ろす。
濡れた瞳をじっと見つめて再び唇を寄せようとしたが,それを一護の手が阻んだ。
「どうして?」
「だってオマエここ店だろ! なんでこんなことするんだよ。店の人来たらどうすんだよ!」
「呼ばない限りは来ませんよ」
「断言できるのか!」
「一護サン,なんでここにこれが用意されてたと思うんです?」
一護の瞳が揺れる。
品のよい女将の姿が脳裏に浮かんだ。
どうぞごゆっくり――。
その響きに二重三重の意味が滲んだような気がした。
「ま,まさか…オマエ!」
「ああ,気にしない。そんな珍しいことじゃないんスから。昔からね,うなぎ屋ってのはこういうものって相場が…」
言葉を継ぎながら浦原は一護のシャツを捲り上げると手を差し込み,喉元から臍まで,指を大きく開いた掌をゆっくりとその肌触りと確かめるように這わせた。
途中,親指の先と小指の先が両の胸の飾りを掠め,一護の背がぴくんと撓る。
そして浦原は再び一護に唇を落とすと「って云ってもそんなに長くは楽しめませんからね。集中してくださいな」と意地悪く云って深く舌を絡めた。
鼻を鳴らすような喘ぎを漏らす一護を違えることなく浦原は追い詰めていく。
一護は浦原の背に両手を回すとしがみつくように爪を立てた。
部屋の中に濡れた音と荒い息が満ちて行く。
枕もとの行灯に照らし出された一護の姿態から匂い立つような艶が生まれ,浦原は満足げに目を細めた。
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Flying colors // Ritsu Saijo presents
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