鰻
「一護サン,明日,うなぎ食べに行きません?」
浦原が不意に思いついたような口調でそう云った。
夕立が上がった後の縁側で,浦原の膝に頭を載せて,その手の操る扇子から零れる風を額に受けながら目を閉じていた一護は,その声に片目だけ開けて浦原を見た。
「うなぎ?」
「ええ。明日は土用の丑の日じゃないスか。テッサイたちにも振舞う予定にはしてるんスけど,せっかくだからアタシたちは二人で店に食べに行きましょ。ね? ご馳走しますんで」
一護の脳裏に,うなぎの焼けるいい匂いが漂った。
汁の染みたごはんに,柔らかく香ばしく焼けた身。
極上の出汁でつくった吸い物には肝が浮かんで。
おもわずごくり,喉が鳴った。
しかし胸を掠める心配もある。
「いいのか? うなぎって高…」
「オヤ,見縊られたもんですねぇ。アタシ,一護サンにうなぎ食べさせただけで傾くようなちゃちい商売してないっスよン?」
浦原は,一護の唇を指一本で塞ぐと,にぃ,と笑みの形に口を歪めてそう云った。胡散臭さ満点の笑顔。
確かにな。オマエ強欲商人だし。
それを見て一護も笑う。
「店,隣町になるんで,バスでいいっスかね。一護サンちの近くのバス停で待ち合わせしましょ。時間は…11時ってところで」
「わかった」
そういうことになった。
翌日。
夜更けから朝方にかけて立て続けに虚が出現し,その始末に追われていた一護は寝不足全開の目を擦りながら待ち合わせのバス停に現れた。
「一護サン,こっち。オヤ,だいぶお疲れみたいっスね」
「ああ。昨夜はひどかった。何体出たって…。4,5…いや6か。しかも出てくる場所があっちこっち散ってるから最悪」
「バス,小一時間はかかるんで,座れたら少し眠っちゃどうです?肩なら貸しますんで」
「悪いな。あれ…?」
一護は首に手をあてぐるりと回した後,正面から浦原を見て,不思議そうな顔をした。
浦原がいつもと違う格好をしている。
トレードマークともいえる,緑の作務衣も黒羽織も着ていない。
濃紺の着流しに群青の帯。汗一つかかないその姿はいかにも涼しげだった。
「なんでオマエ…。作務衣じゃねえの?」
「デートだから一応おめかし,と思って」
「……わけわかんね」
「いいんスよアタシの乙女心っスから」
「おーとーめー?」
鼻に皺を寄せ,嫌そうな顔をする一護に浦原が手を伸ばす。
寝癖,なおってない。とこめかみの所の髪を撫で付けた。
なすがままの一護。
確かにその様子を端から見ればデート以外のなにものでもなかった。
「つーかなんで服違うのに帽子はそれなんだよ」
「えー,だってこれなかったら一護サン,アタシに気づいてくれないかもしれないじゃないスか」
「目印かよ!」
「目立つでしょ?」
「目立つけど…」
ないほうがかっこいい,なんてことは死んでもいいたくなかった。
口の中でぼそぼそと文句を垂れた一護はちらり,その帽子を横目で見ると,いきなり手を伸ばして毟りとった。
そして自分の頭に載せる。
「一護サン?」
「あっちーからな。日射病予防に貸せよ」
そっぽを向いて言い放つ一護の真意を掬い取ったように浦原は「そういうわけでしたらどうぞ」と自ら手を添え,一護の頭に馴染ませた。
そしてそのまま自分の頭に手をやり,両手で髪を掻き上げるようにして乱れを直した。
一護は横目でそれを見てほんのり頬を赤らめる。
「にしても暑いっスね〜」
「あっちーな。あ,でもバスあれじゃねえ?」
「行き先は…ああ,そうみたいですね。座れるといいなあ」
「オヤジ」
「ヒドイ。一護サンのためなのに…」
「へ? や,もう大丈夫だろ。直射日光食らったら目が覚めてきた」
やってきたバスのドアがぷしゅーっとため息のような音を立てて開いた。
一護はポケットから小銭を出すと運転手横の料金箱にちゃりんと落とし,後ろの席へ向かう。
誂えたように最後列から二番目の二人がけの席が開いていた。
「俺,窓際でいいか?」
「お好きなほうへどうぞ」
嬉しそうにそそくさと座る一護に,浦原はかわいいなあ,と笑みを深めた。
目が覚めた,と云っていた一護だったが,バスが出発し,乱調子で小さな振動が伝わるようになるとたちまち瞼が下りてきた。
会話が途切れがちになり,こくり,こくり,船を漕ぎ出す。
そうこうしているうちに,右側に頭が倒れ,こつん,と窓に寄りかかるようにして寝息を立てだした。
「眠いのは仕方ないとしても,それはヒドイ。寄りかかるならこっちにしてくれないと…」
浦原は左手を伸ばすとそっと一護の頭を持ち上げ,自分の肩によりかからせた。
そして一護が楽に眠れるように自分の身体の位置を調節した。
耳をくすぐるような規則正しい寝息を聞きながら,目的地までのバス停の数を数える。
30分は寝かせてあげられますね,と声に出さずに呟くと,手首を上にするようにして自分と一護の身体の間に落ちた一護の手に指を絡ませ軽く握った。
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