002.晴れの日も、雨の日も



生真面目。
世間知らず。
お人よし。
それでいて頑固。


――どれを摂っても鬱陶しいだけの性格だと思うのに,それがどうしてか一護ちゃん相手だと全部「カワイイ」になっちまうんだよな。
トレードマークの眉間の皺がない健やかな寝顔を見下ろして白崎は喉の奥で笑う。


シロ,と名を呼ばれると,勝手に口の端が引きあがる。
つい半日前のことを思い出し,白崎は喉の奥で小さく鳴らした。


「なーに?なんかあった?」


浮かれた声で応えながら近くに行けば,露店の道具屋の前にしゃがみ込んで真剣な面持ちでお守りなんか眺めてる。


「お守り?」
「あぁ。こっちのが素早さ上げるやつで,こっちのが攻撃力up,そんでこっちのが呪文避けだって。――オマエ,どれがいい?」


どれがいい?と同時に顔が上がって紅茶色の目に見つめられる。
甘そうな目玉だなーっていつも思う。
砂漠の町で飲んだ甘ったるいアイスティ。
一口飲む度に眉間に皺が寄って「こんな甘いもん二度と飲まねー」って思うのに,気付けば滞在中あればっか飲んでたっけ。
あの色とよく似てる。
目を細めてその色に見惚れていると,じっと見つめる目玉の上にぎゅっと皺が寄せられた。


「シロ。聞いてんのかよ」
「あー,聞いてる聞いてる。長所を伸ばすか,それとも短所をカヴァするかってことでしょ」
「おう」
「俺らけっこうレベルはイイセン行ってるからなー。ストックどうなってたっけ?」
「……覚えてねぇ。浦原さんに相談した方がいっか」
「あのオッサンなら自分で作る,とか言い出すんじゃね?」
「それもそうだな」


頷いた一護が店主に不器用な笑顔で詫びを云って立ち上がるのを待つ。
自分よりもほんの少し低いところにある肩に腕を回して靠れかかると「重てぇよ,シロ」と渋い声で云われるが,それでも「いいじゃんちょっとだけ」とねだると「んったく」と許してくれる。
こういうところが堪らない。


浦原と,平子。
残りの二人の仲間について,特に思うことはない。
僧侶としてそこそこのレベルを保持する浦原は,正直胡散臭いことこの上ないと思うがそれでもいちいち城下町まで行かずに錬金できるようにした・てのは大したもんだと思うし,人を食ったようなことばっかり云う平子も一度戦闘となれば適確なタイミングで補助魔法を繰り出してくるからまぁ許容の範囲内。
「いけ好かないけど,使えるヤツら」といったところだろうか。


その二人の来歴を,白崎は知らない。
知らないで困ることはなかったし,興味も別にない。
でも,一護だけは特別だった。


――俺,実は人間じゃないんだ。
トレードマークの眉間の皺。
不機嫌な顔というよりは苦しそうな顔で一護はそう云った。


まだ平子も浦原も仲間にはなっていなかった。
一緒に過ごすようになって一ヶ月が経った頃だった。
軍資金もそこそこ堪り,もう二人分の装備を揃えてもほんの少し余裕があるところまで来ていた。


「そろそろ残りのメンバも決めた方がいいんじゃねーの?てゆーか一護の旅の目的って何よ?」


尋ねた白崎に,一護の顔が強張った。
安宿の部屋の中,白崎は床に直截腰を下ろし,一護は白崎が背中を預けるベッドに腰を下ろしていた。


返事がないことを怪訝に思い,仰け反るようにベッドに頭を靠れさせ一護の顔を覗きこむ。
そして白崎は言葉を失った。


「…一護ちゃん?」


名を呼ぶと,苦しそうに顰められた眉の下で,目がぎゅっと瞑られる。
一護がなんでそんな顔をするか白崎にはわからなかった。
わからないけれども,何かしなければ,と焦りにも似た気持ちが湧いて,手を伸ばすと表情を隠すように零れ落ちた栗色の髪をそっと梳いた。


「俺,変なこと聞いた?」


やさしく,やさしく髪を梳きながらそう尋ねる。
一護は顔を伏せたまま小さく首を横に振る。


「云いたくないなら,云わなくてもいいんだぜ?だからって俺が一護の傍を離れるとか,絶対ねぇし」


元から白崎は言葉を扱うのがそう得意ではない。
特に慰めたり,労わったり,そういう経験が極端に乏しかった。
普段ならばちっとも気にならないそのことが,今,たまらなく歯痒かった。


「…俺,実は人間じゃないんだ」


え,と聞き返しそうになって,白崎はその声を飲み込んだ。
嘘だろ,と混ぜ返せるような言い方じゃなかった。


「人間じゃないって…?」
「天使」
「天使?」


流石にこれは聞き返さずにいられなかった。
天使,と云われてすぐに思い出すのがどの街にもある守護天使の像。
どれだけ雨晒しにされても,不思議と汚れることのない真っ白い石でできたそれは,今二人が滞在しているこの小さな村にもある。
白崎自身天使信仰には縁遠く――どちらかといえば天使に嫌われるような振る舞いばかりして生きてきた自覚くらい白崎にだってある――そのためわざわざ見に行ったりすることはなかったが,そういえば一護は時間を作ってはいちいち像を見に行っている。


このところようやく笑ってくれることが多くなった顔がそのときばかりはどことなく強張って見えると思っていたけれど,やっぱり気のせいじゃなかったらしい。


「……別に天使だって俺は構わないけど」


指に触れるやわらかい髪の感触を愛しみながら白崎は囁いた。
嘘でも,気休めでもなかった。


天使,という言葉のイメージからしたら一護は口は荒いし,手も早い。(悪さ的な意味ではなく,鉄拳的な意味で)
でも,一護の並外れた世間知らずとお人好しの度合いの理由がわかった気がした。


なるほどねぇ,と小さくひとりごちると,指に絡めていた髪がするりと零れ落ち,いつもの感情に満ちた鮮やかな色ではなく,深い深い色をした目が白崎を見つめた。


「そんな顔すんなよ。嘘じゃねぇって」


口の端に苦笑を滲ませ,白崎は猫のような身のこなしで立ち上がると自分より低いところにある一護の頭をぽんぽん,と撫でた。
顔は見えなくなったが,僅かに髪の間から覗く頬の辺りが強張っているのが見て取れる。


「例えばさ,一護は」


云いながら前髪をそっと梳き上げると,強張ったままの一護の顔が上がって白崎を見た。


「俺が前に所属してたパーティを裏切ってここにいる・て云ったらどうする?」
「……?」
「金持ちのどら息子の道楽みたいなパーティだったんだけどさ,リーダは金ふんだんに持ってるくせにケチくせぇし,毎回ダンジョン入る度に宝箱,どんなレベルひっくいのでも根こそぎ開けて回んねーと気が済まないようなヤツ。そのくせレベル上げは面倒がって自分だけ装備ガッチガチに固めて戦闘は只管大防御,ちょっとでも傷負えば補助魔法使ったヤツをヒステリックの罵り倒す――そんなヤツでさ。半年くらいつきあったんだけど,いい加減飽きて,面倒になって,抜けた。そいつが溜め込んだお宝,根こそぎ浚って」


別に悪いことをした,という意識は白崎にはなかった。
お宝を浚ったこともそんな隙を見せた向こうが馬鹿なんだくらいにしか思っていなかった。
しかし同時にそんな自分の考え方が他の人間達の非難を買うことも理解していた。
だから一護の顔を見るのが恐かった。


「本当なのか,それ」
「うん」


頷くと,一護はそれ以上何も云わず,ただ口を引き結んだ。


「でも,一護のことは裏切らないぜ」


髪を梳いていた手を解き,ベルトにひっかけた姿勢で,白崎は真っ直ぐに一護を見つめた。


「いちいち云うことでもないかって黙ってたけど,でも嘘じゃない。一護が人間じゃなくて天使だって云ってもそれは変わらない」
「……信じるのか?」
「ん?だってほんとなんだろ?」


そう聞き返すと,視線の先で一護の顔がくしゃりと歪んだ。
まるで,今にも泣き出しそうな顔。
けれどもそれが見えたのはほんの一瞬のことで,一護は顔を俯けると,白崎の腹に額を押し付けた。


「…サンキュ」
「別にお礼云われるようなことでもないけどね。――いつかさ,一護が喋ってもいいやって思うときが来たら,いろいろと聞かせてよ」


その後,少しずつではあったが,いろんなことを聞いた。
例えば,一護が守護天使をしていた小さな村のこと。
そこへ行く機会があったときは,いつものように天使の像へ向かう一護に白崎もついていった。


見上げた天使の像は他の町にあるものとまったく同じだった。
滲み一つない真っ白い石の塊を見上げて,続けて傍らに立つ一護の顔を見る。


「……全然似てないんですけど」
「似てる・なんつったら蹴り飛ばす」
「え,それヤダ。一護の蹴りいってーし」


思わず飛びのくと,一護は小さく喉の奥で笑って,まるで跪くように天使像の足元に刻まれたプレートに触れた。


「見えるか?」


一護の手がそっとプレートに刻まれた文字の上を滑る。
そこに刻まれているのは白崎の知る言語ではなく,まるで記号のようなもの。
随分前に酒場で知り合った物知りの親父が,アレは古代文字っつーんだ。
今じゃよっぽどの偉い学者さんでもなけりゃ読めねぇよ,と笑っていたのを思い出しながら,目を落とす。
すると,不思議なことにその記号みたいな文字が持つ意味が脳裏に浮かび上がってきた。


「……一護,て書いてあんのかもしかして」
「あぁ。厳密に云えば今,どの村にも街にも守護天使はいない。事情は俺にもよくわからない。その事情を調べるためにここにいるんだ」
「ふぅん」


その村に滞在した間,一護はしばし懐かしそうな顔をすることがあった。
村人に話を聞いた後,その背を見送るときだったり,転んで泣いている子どもに手当てをしてやり,お礼を云われた後だったり。


「早く,元に戻れるといいな」


心から,というには複雑な思いで白崎がそういうと,一護は何も云わなかった。
是も,否もなく,ただ黙って拳でどん,と白崎の胸を突いただけだった。







>> comming soon...





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