001.繋いだ手の、
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「行きましょ」
「あ,うん」
差し出された手を掴むとひょい,とそのまま引き起こされた。
自分のごつごつした手とは違う,やわらかな浦原の手。
同じ戦士というジョブにあったというのが,今更ながら信じられない,と一護はそんな思いのまま浦原の顔を見上げた。
「何?」
「浦原さん,さ。レベルっていくつあったの?」
「62」
「え,嘘」
「嘘ってひどいー」
「あ,ごめ」
「なーんてね。でも62ってのはほんとっスよ?上級職に転職することなくそのまま伸ばしましたからねえ」
「凄いんだな」
「一護サンもすぐですよン。あ,でもバトルマスター目指してるんでしたっけ?」
「どっちがいいんだろ」
「目指してみるのも悪くないんじゃないかな。剣極めるのも早かったし,そう遠いことでもないでしょ」
「でも,またレベル下がったら迷惑かけるし」
「迷惑なんて誰も云ってないでしょ」
俯くと浦原の指が頬に触れた。
そのままむに,と引き伸ばされて痛みが走る。
「うらはらはん,いへえ」
「ヒクツなこと云う子にはオシオキ」
云いながらも目元は笑っていて,指の離れた頬をそっとなでられた。
「アタシも今回は目指そうと思ってますしねぇ」
「目指す…って何を?」
「賢者」
「けん…じゃ?」
賢者とは攻撃呪文,回復呪文,補助系呪文を一手に担ういわば魔法のエキスパートだった。
上級職の中でも最も転職が難しいジョブで,その後の経験値上げもかなり難航する。
「後半も差し迫っての転職になるし,レベル上げにもかなり時間がかかる。もちろんリーダである一護サンが否っていえば諦めますけど」
「云わない」
「……いいの?」
顔を覗きこむようにして尋ねてくる浦原に,一護はに,と口の端を引き上げた。
「その頃には俺も強くなってるし」
「でしょうねえ」
「そしたら,俺が浦原さん守るから」
「…守って,くれるの?」
驚いたような,それでいて嬉しそうな顔。
一護は込み上げる思いのまま頬を緩めて「守る。絶対守ってやる」と繰り返した。
「どうしよう,すごい嬉しい」
「……そんな喜ぶようなことでもないだろ。その,仲間,なんだし」
「でも,アタシ一護サンに嫌われてる・てずっと思ってたからなあ」
踏み出しかけた足が思わず止まった。
え,と振り返ると,浦原は苦笑を浮かべて「だって」と目を伏せる。
「一護サン,白崎サンとはいっつも笑ったりじゃれたりしてるけど,アタシのところに来るといっつも恐い顔してるし」
「そ,それは…仕方ないだろ,生まれつきなんだよコレ」
云いながら眉間の皺に触れる。
旅の途中で出会った何人もの人間たちにも云われてきたことだった。
顔が恐い。雰囲気が恐い。
しかしこればかりはどうしようもない。
緊張が募ると顔が強張る。眉間に皺が寄るのもクセのようなものだった。
焦りと困惑が半分ずつ。
そんな表情を顔に浮かべて言い募る一護を,浦原はじっと見つめていた。
そして掴んだままの一護の手をぐい,と引くと,両手を伸ばしてその頬に触れ,更に距離を縮めた。
鼻先と鼻先が触れそうなほど近くに浦原の顔を見て,一護は慌てた。
「目,逸らさないで」
低く,囁くような浦原の声。
そんなこと云ったってこんな間近で,無理に決まってる!
手で押しのけたらいいのか。
でもそんなことしたらまた浦原を傷つけることになるかもしれない。
恐くて,でも居た堪れなくて。
浮かせた手のやり場に困ってわたわたと上下させていると,突然浦原が口の端を引き上げた。
くつ,くつ,くつ,と響くのは,微かな――笑い声?
「浦原,さん?」
「…ご,ごめんなさ」
「信じらんねー。……笑ってやがる」
「だって」
だって,じゃねーよ。この手放せ。
云いながら身を捩ると,頬を固定するように挟んでいた手がするりと落ち,代わりに肩を抱き寄せられた。
一護の肩先に額を押し当てるようにして,浦原は喉を鳴らして笑い続けている。
「なんで笑ってんだよ」
困惑と憤りが半分ずつ。
眉間には深い皺。そして声は硬い。
なのに浦原は答えずに笑っている。
「よかったー」
「…何が」
「一護サンに嫌われてるんじゃなくて」
「……今は相当ムカついてるけど」
「笑い上戸は生まれつきだから許して」
云うなり浦原はひょい,と顔を挙げ,伸ばした指で一護の眉間に触れた。
「一護サンのこれとおんなじ」
ぐ,と言葉に詰まった一護に,浦原がまた口の端を引き上げる。
シマッタ,と思ったのも束の間。
一護はへの字に結んでいた口元を解くと,深い深いため息を吐いた。
「ため息吐いたら幸せが逃げちゃうんスよ?」
「吐かせたのは誰だよ」
「んー,アタシ?」
「わかってんなら云うな。――それよりこれからどうする。そろそろ日,沈んだけど」
「アタシの用事に付き合ってもらっていい?」
「最初からそういう約束だったろ。まずはどこ」
「花のみつが欲しいんで――と,――から回ってもらっていい?」
「わかった」
呟くように詠唱を始めると,一護と浦原,二人の身体を淡い金色の光が包み込んだ。
詠唱が止むと,一瞬にして音ならぬ音を立て二人の姿が掻き消える。
一護は気付いていなかった。
一護と,浦原の手は繋がれたまま。
酒場のある町を出たときは失敗した詠唱が,今度は何の躊躇いもなしに成功したそのことに。
結局夜更けまでかかって回った箇所は十数か所。
酒場のある町に帰り着く頃には,繋いだ手の温度の差はすっかりなくなっていた。
同時に二人の間にあった距離も,なくなっていた。
>> fin.
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