001.繋いだ手の、
iv
あ,焦げちゃった。
云いながらマシュマロを齧り,浦原は一護の頭から離した手で傍らの杖を手に取った。
「これねぇ,仕込みなんですよ実は」
云って,杖の天辺についた飾りをずらす。
キィン,と澄んだ音を立てて引き抜かれたのは形状としてはレイピアに近い細身の流麗な刀身。
「僧侶は刀持てないって…」
「スキル100なら別でしょ?」
「スキル,100…?」
「アタシの前職は一護サンと同じ戦士でした。そのときに目一杯レベル上げさせられてねー。いやァ扱き使われましたよあのときは。もう思い出したくもない」
満更冗談でもない口調だったが,一護は驚いて言葉も出ない。
一護は浦原を知っていた。
一護が守護天使として見守っていた小さな村で,時折その姿を見かける旅人が浦原だった。
いつも簡素な服を着て,一護の――守護天使の像の台座に腰を下ろし,錫製の携帯用フラスコでもって酒をちびちびやっていた。
その村は一護が守護天使として初めて任務に就いた地だった。
慣れないことばかりでいつも不安に揺れていた。
純朴な村の人間たちは,一護が小さな手助けをする度に感謝の言葉を捧げてくれたが,本当にこれでいいのか。
もっとできることがあるんじゃないか,といつも神経を張り詰めていた。
そんなときだった。
「いつもお仕事ご苦労サマ」
ことん,と像によりかかってくる人が居た。
「この村の守護天使サンは大層働き者だって。アタシは嫌味云われちゃいましたよ。うちの天使ももう少し勤勉だったらねーって」
こんな髭面がどのツラ下げて天使ってねぇ。
酔っているのか解けた口調で云い,くすり,その人間は笑った。
知らない人間だった。
旅人なのかもしれない。
この村の――と云っていたから多分そうなのだろう。
一護は像からするりと抜け出ると男の横に腰を下ろした。
空に浮かぶ月よりもまだ淡い色の髪。
削げた頬に,顎先には無精髭。
確かに天使とは程遠い面持ちだったが,その人間は大層やさしい顔をしていた。
短いときで数日に一度。長いときでも一月を空けずその人間は一護の元に顔を出した。
いつも似たような簡素な服を着て,携帯用の酒瓶を片手に。
宿の人間の話によれば,行商人の一行のひとりなんだとか。
でもどこか胡散臭い。
身元を偽っているようなところがある,と警戒めいたことも云っていた。
この人間は大丈夫。
一護はそう庇いたかったが,術はどこにもなかった。
そんなことがあったから,――の町にやってきて仲間を募りに向かった酒場にその姿を見つけたときはとても驚いた。
行商人を廃業したのか,と,そう思った。
声をかけようと思った。
話をしてみたい,と。
しかし誰かに呼ばれたのかすぐに店の奥へと姿を消してしまい,結局一護はそのとき盗賊を希望していた白崎を仲間にしたのだった。
数日後,改めて酒場を訪ね,一護は緊張した面持ちで浦原を指名した。
酒場の人間に声をかけられた浦原は億劫そうにくあああ,と欠伸しながら一護の方を見て,そのまま一瞬動きを止めた。
ゆらり,立ち上がり,のんびりした足取りでやってくる浦原を見つめ,一護は緊張が募っていくのを感じた。
「ええと…イチゴサン,でいいんスかね。ドウモ。浦原です」
こうして対峙すると浦原は一護より随分と背が高かった。
一護はほんの少し見上げるような形で「一緒に来てくれるか?」と尋ねた。
「他のメンツは?」
「今のところ盗賊が一人。魔法が使える人間が欲しいんだけど…」
「あー,それなら魔法使い志望でいいヒトがいますよン。紹介しましょっか?」
「あ,うん。……でも,そしたらアンタ,は?」
「え,あー,アタシ?アタシはそうだなあ。僧侶,とか」
駄目?
上から見下ろされてるはずなのに,上目遣いにそう聞かれ,一護はぶんぶんと首を横に振った。
そういう意味で聞いたわけじゃなかったのだ。
他の人間を紹介するってことは,一緒にきてくれないのかと,そう思って。
「じゃーアタシは僧侶ってことで。ちょっと待っててくださいねン。魔法使いのヒト引っ張ってくるんで」
そういうと浦原はまた小さく欠伸を漏らし「平子サーン。平子サンどこー?」と間延びした声で誰かの名前を呼びながら店の奥へと戻って云った。
そういえばあのときも,あの後も,浦原の過去について尋ねたことはなかった。
勝手に行商人だった,と思い込んでいただけだった。
「……ゴメンね?」
俯いた視線の先,覗き込む浦原の横顔を見て一護は慌てて顔を上げた。
「べ,べつに」
「うん。一護サンは責めたりしないって知ってる。でも…結果的には騙したみたいな感じになっちゃったし」
「騙すとか,そういうことじゃないだろ。俺だって聞かなかったし」
「これからもナイショにしてくれる?」
「え」
「だって…アタシが剣使えるってわかったら平子サンも白崎サンも絶対扱き使うでしょ」
「それは…」
ない,とは云いかねた。
確かに一護のレベルが低い現状においては戦力不足の感は否めない。
白崎はすばやさに長けていたが攻撃力に幾分不足があり,平子は攻撃呪文については長けていたがHPとMPに未だ不安が残る。
それでも全滅に瀕したりということがない分余裕がないわけではなかったが,浦原が攻撃にまわれれば戦力は飛躍的に伸びる。
「俺,頑張るし」
一護はぎゅ,と拳を握り締めると決意をこめてそう云った。
「もっと強くなって,浦原さんに負担かけたりしないように,頑張るから」
「ゆっくりでいいっスよ?」
浦原はやわらかな声でそう云うとざっと法衣の裾を払って立ち上がった。
「ゆっくり,ゆっくりで」
「…なんで?」
「だって,先急いだら勿体ないでしょ」
「勿体ないって…」
一護が怪訝な顔をしていると,その前にす,と浦原の手が差し伸べられた。
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