001.繋いだ手の、
iii
ぱちぱち,と火の爆ぜる音を暗闇の中で聞いた。
違う。
暗闇なんじゃない。目を,閉じているだけだ。
貼り付いてしまったように重たい目蓋を何とか押し上げ,瞬くと半分群青色に染まった空が目に入った。
「…俺」
「目,覚めました?」
傍らからした声は浦原のもの。
ぎこちない動作で身体を起こすと,焚き火に枯れ枝を放り込みながら浦原が微笑んだ。
「浦原さ…ごめ」
「んー?別に謝ることなんて何もないっスよ?」
「でも」
「アタシは別に怒ってもいないし,迷惑かけられたーとも思ってませんし?」
そんなことよりコレドウゾ。
差し出された枝には焦げ目のついた白いもの。
「あ,りがとう」
受け取ると仄かにバニラの匂いがした。
「キャンプファイヤーには付き物っスよね。マシュマロ」
「……いつ買ったんだよこんなの」
「無駄遣いって怒る?」
「怒らねぇけど。……美味いし」
ほの甘いマシュマロに歯を立てると,気持ちがほっこりした。
強張っていた顔もほどけて,眉間にこそ皺は寄せられたままだったがぎこちなく笑うことができた。
「……このところ,あんまり眠れてなかったみたいっスね」
「え」
「目の下に,隈」
あんまりこう,口煩く云ったら嫌われちゃうかなと思って黙ってたんスけど。
云いながら,浦原は手にした枝に新しいマシュマロを刺して火に翳した。
一護は何もいえなくなって,マシュマロにまた小さく齧りつく。
「焦ってもいいことないってのはわかってますよね」
「…うん」
「レベルなんてフツウに戦闘こなしてれば何れは上がっていくもんだってのも」
「…うん」
わかってる。
わかってる,けど。
胸の裡にもやもやが堪っていく。
このままじゃ駄目だ。もっと強く。もっと強く。
みんなを守れるように。誰も傷つけないように。
強い思いが燻るうちに不安を呼び,そして焦りになっていく。
「一護サンはやさしいからなァ」
「……べつに」
やさしくなんかねぇよ。
呟く声は掠れて,まるで泣き出す直前のように揺れていた。
「やさしいっスよ」
笑みを孕んだ声で否定して浦原は法衣の袖口を捲くり,手首から肘に向けて刻まれた痛々しい傷跡を露にした。
「コレ,やったときも」
痛いのはアタシのはずなのに,一護サンの方が泣きそうな顔してた。
ひっそり笑って云う浦原に,一護はそのときのことを思い出して顔が歪むのを自覚した。
転職した後,フィールドに出て装備を改めていたときのことだった。
普段ならその界隈に出没することのないレベルの敵が急襲してきた。
防具の装備を整え,あとは武器を取るだけ。
そんな状況での不意打ち。
敵はどこをどう忍び寄ったものだか,その存在に真っ先に気付いたのは浦原だった。
「一護サン,危ない」
そう云って手を引かれた。
平子が身構え,白崎が飛び退るより先に。
顔を上げた一護の目の前に散った鮮血。
見上げた浦原はとても厳しい顔をしていた。
敵はその後平子と白崎によって殲滅されたが,浦原の傷は深かった。
ごめん,と謝る一護にあのときも浦原は口の端を綻ばせて「コッチこそスミマセンね。勝手なことしちゃって」と肩を竦めたのだった。
「ねぇ,一護サン」
名を呼ばれても顔が上げられない。
枝の先で冷えていくマシュマロと,鋼に包まれた足先を見るのが精一杯で。
「アタシも,平子サンも,白崎サンもそんなに弱くはないっスよ?」
ずきん,と心臓が軋んだ。
わかってる。
そんなことはわかってる。
一護が頑なに唇を引き結んでいると,浦原は何か考え込むように口をつぐんで,それから「じゃあ」と再び言葉を継いだ。
「アタシが怪我すると一護サンが痛い顔するみたいに,一護サンが怪我すると白崎サンが顔を歪めるのは知ってる?」
意外な言葉に一護は思わず顔を上げた。
浦原は一護の方を見ていなかった。
伏せられた目蓋を焚き火の炎が照らしている。
「白崎サンだけじゃない。治療に当たるアタシだって同じ。なーんにも考えてない風に見える平子サンだって必ず後で傷の具合聞いてきますしね。――そういうの鬱陶しいかなって今まで黙ってたんスけど」
一護は唇を引き結んだ。
わかっていなかった。
自分は何も,わかっていなかったんだ。
ただ,守ればいいと思っていた。
自分の勝手でこんな厄介なことに巻き込んだ責任を取らなければ,と思っていた。
仲間,なのに。
「……ごめん」
「それは,何に対しての言葉?」
「…無茶,して。心配,かけたし。それに――」
開いた膝の間にもたれさせた手を落とし,その指先を見つめて言葉を継ぐ。
けれども仕舞いまで言い切るより先に,ぽん,と頭を撫でられてしまった。
「大変よくできました」
まるで子どもを褒めるかのような口調。
ガキ扱いすんなよ,といつもなら口を尖らせるところなのに,触れてくる手がやさしすぎて一護は何もいえなくなった。
「一護サンはいいなァ」
ほどけた声で浦原が云う。
ぽん,ぽん,と頭を撫でられ,そのこそばゆさに,でもそれを凌ぐ心地よさに,一護はぎゅ,と唇を引き結んだ。
「アタシがね,前にパーティを組んでたときの話,聞きたい?」
浦原の言葉に,ぴくん,と一護の肩が揺れた。
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