001.繋いだ手の、



ずっと見てた。
俺の姿が見えないアンタを,俺はずっと見てたんだ――。



***



「――さて」


各自レベル上げは相当なもので,最近ではボス相手にも苦戦しなくなってきていた。
ただひとりつい一週間ほど前に「旅芸人」から「戦士」へと転職した一護を除いて。


どことなく晴れやかな面持ちで集った宿の部屋,浦原が好き好きに座るパーティの面々をぐるりと見回して口の端を引き上げた。


「今日の部屋割りの発表っス」
「発表も何もテメェが口開くってことはアレだろ。個室一人で占領するってことだろ」
「オヤ,白崎サンよくおわかりで」
「持って回った言い方してんじゃねーよ鬱陶しい」


備え付けの書き物机から引っ張り出した椅子をくるりと逆向きにして背凭れに頬杖をつくようにして座る白崎がフン,と鼻を鳴らした。
職業は「盗賊」レベルはつい先だっての戦闘で31に上がった。
短く刈り込まれたプラチナ・ブロンドの髪を覆っていた「疾風のバンダナ」の結び目を解き,くしゃりと掻き上げるとくあああ,と欠伸を放つ。


「何や,また『錬金』か?」
「そっス。白崎サンのおかげで大分アイテム貯まってきたんで,この辺で整理も兼ねてアレコレ作っておこうかなって」
「せやったらしゃーないなァ。部屋狭いんは慣れとるし,好きにしたらえーで」


顎先ほどの長さで切り揃えられた金髪を覆うターバンを外しながら平子が云う。
職業は魔法使い。レベルは30。
このパーティを組む前から浦原とは知り合いらしく,ときおり見せる息の合ったやりとりを一護はいつも羨ましく見ていた。


「一護サンもそれでいい?」


浦原の視線が平子から逸れ,小さく首を傾げるようにして一護を見た。
深い深い緑色の瞳。
天上の遥か高みにひっそりと根を下ろす世界樹の色を思い出させる。


一護は目を細めてこくん,と頷いた。


「じゃ,そういうことで」


にこりと笑顔になって浦原が云い,各自解散と相成った。


「オイ財布。軍資金は?」
「一人五千ってところっスかね」
「少なくね?」
「次の街で新しい武器欲しいって云ってたの,白崎サンじゃないっスか。もう少し増やしたかったら日暮れまでちょっと狩りにでも行きます?」
「……かったりーから我慢する」
「いいこ」


ひっそり笑って浦原が白崎に向け片目を瞑る。
白崎は顔を顰めて「オッサンがウィンクとかしてんな気持ち悪ィ」と悪態をついた。


一護は刃毀れの来ている剣にそっと手を遣り,小さく息を吐いた。


狩り――。
行けばレベル,上がるかな。


転職は一週間前。
メタルスライムが比較的多く出没する「封印の祠」に二日間篭ってレベル上げに付き合ってもらった。
つい先だっての戦闘でようやくレベルは14。
攻撃力こそ白崎と並ぶことができたが素早さで劣る分他のメンバを危険に晒してしまうのがどうしようもなく歯痒かった。


窓の外に視線を向ける。
まだ日は南中からほんの少し傾いたばかり。
今からルーラを使って祠まで飛んで,ひとりで篭ったとして,夜までにどれくらいの敵を倒すことができるか。
MPに不足がある分薬草に頼ることになるが五千も手持ちがあれば持ちきれないほど買うことができる。


「いーちご?」


目の前に,白崎の顔があった。


「…何」
「買い物行こうぜ?」
「いい」
「なんで。疲れてんの?」
「ちょっと出てくる」
「封印の祠?」


行き先を言い当てられ,眉間に皺が寄る。
仲間になって一番長い間柄であるせいか,白崎は時折一護の心を読んだかのように振舞う。
一護はそれが嫌いだった。
見透かされているようで。


「そんな顔すんなって。付き合う?」
「いらね」
「まァそうだよなー。一緒に行ったら経験値折半になっちまうもんなー」


一護が何も云わないで居ると,白崎は頭の後ろで組んでいた手を解き,不意に伸ばして一護の頬をつついた。


「無理,すんなよ?」
「……わかってる」


一護の返事に白崎の口許に笑みが浮かぶ。
頬をつついた指が滑らされ,くしゃりと頭を撫でられた。


「夜にはちゃんと帰ってくること」
「ん」
「やばいことンなったらちゃんと呼べよ」
「わかった」


不意に抱き寄せられて自分より数センチ高いところにある白崎の頭が,こつん,と一護の頭に触れる。
過剰とも云えるスキンシップはいつものこと。
心配されている,というのが伝わってくるから一護も素直に応じた。


「じゃー,気ィつけて行っといで」
「おう」


ぽんぽん,ともう一度頭を撫でると,モンスターの懐からも鮮やかにお宝を盗み出す長い指をひらりと振って,白崎は部屋を出て行った。


「――一護サン,どっか行くんスか?」


すらりと伸びた白崎の背を見送って小さく息を吐いた一護は,傍らからかけられた声にびくりと肩を揺らした。


「い,行く」
「どこ?」


即座に問い詰められ言葉に詰まる。
白崎には云えることも,浦原にはどうしてか云いにくい。
焦っていることが知れたら呆れられてしまう。
そのことが恐くて。


浦原はじっと一護を見つめたまま一護が答えるのを待っている。
天上の遥か高みにひっそりと聳える世界樹の色の目に見つめられ,一護は口篭った。


「あー,別に問い詰めてるわけじゃなくってね」


一護の強張った顔に気付いた浦原がくしゃりを髪を掻き上げる。
深緑色の聖なるカロットを脱いだせいで髪は四方八方好きな方向に跳ね,ちょっと可笑しなことになっていた。


浦原。職業は僧侶。レベルは30。
攻撃偏向型のパーティに置いて唯一の防御・回復役。
僧侶のスキルのひとつである信仰心こそ低かったがその分杖へ重きを置いているだけあって戦闘時に於いてもそれを振るって敵をなぎ倒す。
呪文一辺倒の魔法使いである平子より肉弾戦に強い,という変わり者の僧侶だった。


「風切の羽がね,ちょっと欲しくて。もしどこか行くならついでにルーラで一緒に飛ばしてもらえないかなーって」
「わかった」
「え,いいの?」
「ついでだし」
「ついでってことは…」


浦原の顔が曇る。
一護はしまった,と思ったがもう遅い。
それでも開き直ることもできず,ただ顔を俯けた。


「流石にサンマウロ北の洞窟に一人で行くのは危険だと思うんスけど?」


浦原が言い当てたそこには倒せば封印の祠に出没するメタルスライムの倍の経験値を叩き出すメタルブラザーズが居た。
しかし他の敵もかなりの手強さで,四人居ても時折傷を負う。


「…無茶はしない」
「そういうことを云ってるんじゃなくってね」


小さく浦原がため息を吐く。
一護は顔が歪むのを感じた。


ごめん,と詫びたくなる。
足を引っ張ってごめん。
頼りなくてごめん。
守ってやれなくて,ごめん。


けれども言葉は何一つとして出てこない。
代わりに口を開いたのは浦原のほうだった。


「ま,いいでしょ。付き合ってあげる」
「え?」


思わず顔を上げた。
浦原は脱ぎ捨てたばかりの聖なるカロットを指先でくるくると回しながら,意味深な視線を一護に投げ,「ついでに」ととっておきのヒミツを打ち明けでもするかのように声を顰めて言葉を継いだ。


「花の蜜とプラチナ鉱石も欲しかったんスよ。夢見の花と目覚めの花もイケるかなぁ」
「そ,それって…」
「みんなあの界隈で取れますよね」
「取れる,けど」
「アタシがいれば,祠の中の雑魚たいに煩わされる手間も減ると思いません?」
「それは,そうだけど」
「それともアタシと二人で出かけるのは嫌?」


ベッドの上に腰を下ろし,だらしなく伸ばしていた脚を折り畳み,その上に頬杖をついた格好で浦原は上目遣いに一護を見る。
一護は上手く答えることができなかった。
嫌じゃない。嫌じゃない,けど。


強張った顔のまま,それをぎこちなく横に振る。


「ハイ。じゃぁ決定。そうと決まればとっとと行きましょ。アイテムは夜の方が見つけやすいから,日が暮れるまでは一護サンにおつきあいしますよン」
「あ」


引き攣ったように震えた喉から零れ落ちた声に,浦原が「何?」と顔を上げた。


「あ,りがとう」


ところどころ掠れた声に,浦原が目を見開いた。


でもそれはほんの一瞬のこと。
驚いた顔はすぐにそのままくしゃりと笑み崩れた。


立ち尽くす一護に伸ばされる指が,そっと額に張り付いた髪を掻き上げた。
そして手触りを確かめるように触れながらふふふ,と喉の奥で笑う。


「何」
「初デートっスね」
「で,」


デートって何だよ!
突拍子もない浦原の言葉に言いかけた言葉は喉の奥に詰まり思わず顔が赤くなる。


「目一杯楽しいデートにしましょうね」
「いや,だから!」


髪に触れていた手がするりとはずされ,感触を惜しむように一護の眉間に皺が寄ると,代わりに指を絡めとられた。


「デートの基本はまず,手を繋ぐところから」


きゅ,と握りこまれた指先に,顔が,もうこれ以上ないところまで赤くなる。


「ゆ,ゆびはなして!」
「なんでー?」
「なんでも,なにも!」


ないから!
悲鳴じみた声を上げる一護に,くつくつと浦原が喉を鳴らす。


「一護サン顔真っ赤」
「浦原ッさんがッ!変なことするからだろ!?」
「変って,手,繋いでるだけじゃないっスか。さ,行きましょ」


云ってそのまま歩き出す。
指は絡めとられたまま。
半歩後ろを歩く格好でその横顔を見ることになった一護は今にも泣きそうな顔をしていたが,浦原はどこまでも上機嫌。


「花の蜜,余計に取れたら面白いもの作ってあげますよン」
「わ,わかったから,ゆび…!」


一護の懇願は宿を出て街を出るまで叶えられることがなかった。
ほんとうは街を出ても尚放そうとしなかったのだが,動揺するあまり一護が移動の呪文を発動させることができず,渋々放してもらったのだった。


「一護サン,身体鍛えるのもいいけど精神も鍛えないとね」
「……浦原さんが変なことしなきゃトチらねぇよ」


じっとりと疲れの滲んだ声は,浦原に届くことはなく,一護は深いため息を吐いた。

一護の指を絡め取る浦原の手は,一護よりもやわらかくて,ほんの少し冷たくて。
その感触は手を離してもずっと一護の指先から消えることがなかった。












re;
Thanks >>> W2tE