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「こんにちは。黒崎です。原稿頂きにきました…」


前日連絡をしたときに,鍵は開けっぱなしにしておくから勝手に入ってくるように,といわれていたものの緊張するのは止むを得ない。
一護は声をかけながらおずおずと廊下を進んだ。


浦原の住居は1LDKの間取りで,寝室に一部屋。そして16畳ほどのリヴィングは書斎兼仕事部屋になっていた。
そのリヴィングに続くドアをそっと開けて声をかける。


「浦原さん?」


しかし浦原の姿はどこにもない。
参ったな,と頭を掻きながら一護は部屋に足を踏み入れた。












こんなことになっているのも全ては自分のミスからだった。
そのことを思い出し今更ながら自分の不甲斐なさに悔しさと歯痒さ,そして居た堪れなさが込み上げてくる。


とある記事を頼んでいたライタが盲腸のため緊急入院するとの連絡が入り急遽穴埋めに必要になった記事の依頼ををライタに出したのが先々週の土曜日のことだった。
締切は16日火曜日,としておいた。
大仰なものではなかったし,指定としても順当だろうと先輩たちにもオッケーを出されFAXを流した。
その後すぐにライタに電話を入れたが本人は応答せず,留守番電話にファックスを送った旨メッセージを吹き込んだ。
しかし火曜の夕方にライタ本人に連絡をいれたところ,「え,16日?19日じゃないの?うちのFaxインクが切れかけてちょっと薄くなっちゃってるんだよね…」とあっけらかんと云われてしまった。
留守番電話に吹き込んだ伝言のことを云うと「あー,あの日酔っ払って帰ってきて,多分聞いてすぐ消しちゃったんだと思う」とのこと。
「今からだとどれくらいかかりますか?」とおずおず切り出すと「今日中は無理」と無碍な答えが返された。


元からこのライタは一護の歳の若さを踏んでか馬鹿にしたような態度が多々見られて,一護は密かに苦手としていた。
しかしこの事務所で一番の下っ端である自分にえり好みなど許されるわけがない,とひた隠しにして下にも置かない対応を心がけていた。


「あの…こちら用意不足は重々承知しております。けれどもそこをなんとか,今日中にというのはお願いできないでしょうか」


受話器をぎゅっと握り締めて眉間に皺を刻み,声が震えるのを堪えて搾り出した言葉。
しかしそれに返されたのは「ていうかさー,キミのミスなんでしょコレ。聞いた聞いた。そんな電話一本とかFax一枚とかでミスを購えるとか勘違いしてない?最低限俺ンとこにきて土下座のひとつもするのが筋だよね」と薄笑いの滲んだ言葉だった。


一護は唇が震えるのを堪えることができなかった。
確かに自分のミスは自分のミスだ。しかし,だけど,それでも――。
湧き上がりそうになる反論を一護は力づくで押しとどめた。
自分のミス。それがすべての発端ならばどんな扱いをされたところで言い訳はできない。


「大,変申し訳ありませんでした…。もし今からでも許されるのでしたら,そちらに原稿のお願いにお伺いしたいのですが」


低く掠れた一護の声に,向こうでくすりと笑う気配があった。
楽しんでいる。
一護はきつく閉じた瞼の裏が真っ赤に染まるのを見ながら机についていた左手をぎゅ,と握り締めた。


「いかが,でしょうか」


重ねて云うと,すっかり上位に立ち切ったと踏んだライタが「しょうがないなぁ…」とやけに嬉しげな声で言うのが聞こえた。
一護は唇を噛み締めたまま続く言葉を待った。しかしそれは終に聞こえてくることがなかった。


「そんなことする必要ないっスよ」


不意に頭上から声が響き,握り締める手ごと受話器が引き上げられた。


「アナタなんか必要ない。たかがぺーぺーのライタ風情がナニ威張りくさってんの。ちゃんちゃらオカシイったら。……え,アタシ?浦原って云います。えぇ。ていうか忙しいから切りますよン?用があったら○談社の握菱て編集通してくれます?時間があったらお相手しましょ。それじゃ」


がちゃん。
受話器が電話機に下ろされた。


何が起こったのかわからないまま呆然と見上げた一護に,浦原はゆっくり身体の向きを変えるとデスクによりかかり,くしゃりと一護の頭を撫でた。
顔立ちをシャープに見せる細長い四角のフレームの眼鏡の向こうから見つめてくる瞳は頭を撫でる掌よりも優しくて。


「あんまり無理しちゃ,駄目っスよ?」


ぶわりと涙が吹き零れそうになるのを必死に堪えて一護は首を振った。


「今回の件に云えば確かにキミのミスでしょうけど,あの頭の悪そうなライタにそれは関係ないことでしょう。それなのにキミがあんなにまで謙る必要はない。期間の短い仕事であることについては確かに相手の負担になるでしょうけど,それができないなら断ったらいいんだから。……アタシの云ってることわかる?」


噛んで含んで聞かせるような口調に,一護は唇を噛み締めたままこくん,と頷いた。


「ゴメンナサイね。あっちで夜一サンと打ち合わせしてたらキミの姿が見えて,事情聞いちゃった」
「あ,いや」
「今回の仕事はアタシが請けるから」
「え」
「口出しちゃった時点でこのまま放り出すわけにはいかないでしょ。だから仕事の詳細教えてくれません?」


にっこりと笑った浦原に,一護は泣き出す寸前のような声で「ありがとう,ございます」と云うのが精一杯だった。


その後,広告のデータと商品の詳細ほかを浦原に説明して「明日の夜までにメールでデータもらえれば」と云うと,浦原は「あちゃー」と困った声を出した。


「え,何か都合が悪いとか」
「違うんスよ。明日ね,うちのマンション通信関係のメンテナンスでnet関係使えなくなるらしくて。電話とFaxもだめらしいんですよ。どうしようかな…」
「じ,じゃあ,俺が受け取りに行きます!」
「いいの?忙しくない?」
「や,そもそも俺のミスですし。もし浦原さんの迷惑じゃなかったら」
「迷惑なんかないない。そしたらそうだなぁ…三時くらいに来てもらえます?」
「え,そんな早くて大丈夫なんですか」
「だーいじょーぶ。アタシを誰だと思ってるんスか?」
「あ…」
「じゃあ,三時に。鍵は開けとくから暗証番号入れて勝手に入ってきて。暗証番号は3103。「佐藤サン」て覚えるとわかりやすい」
「さとうさん…」


一護が復唱しながら思わずくすりと笑うと,浦原は自分の口の端に笑みを刻んでやわらかな声でよかった,と云った。


「え」
「一護サン,やっと笑ってくれた」


浦原の表情に,一護は返す言葉を失って「よ,よろしくお願いします!」と勢いよく頭を下げた。
赤らんだ顔が見られてなければいい,と思いながらおずおずと顔を上げると「請合いました」と再び頭を撫でられた。












そして今。
なんとなく足音を忍ばせてリヴィングの中を歩き回った一護は,大型のtvに向けられて設えられたソファの上でようやく浦原を発見した。
よっぽど疲れていたのか仕事用の眼鏡をかけたまま寝入ってしまっている浦原は,フレームの蔓が目の横のところに食い込んで痛そうに見えた。


――痛そうに見えた,それだけだ。


一護はソファの横に膝をつくとしばし浦原の閉じた瞼をレンズ越しに見つめた後,手を伸ばしてそっと,そっと眼鏡に触れた。
浦原を起こさないように細心の注意を払って眼鏡を外す。
そしてそれを左手に持ったまま右手の指で浦原の目の横,蔓が食い込んで後になってしまった部分に触れた。


すると,浦原の目がぱちりと開き,目が合った。
どくん,と一護の心臓が跳ね,慌てて手を離した。立ち上がろうと膝に力を入れた瞬間――。


浦原の手が伸び,後頭部に触れられた。
ことあるごとに頭を撫でられる,あの感触とは違う感触。
それは一護の行動を制限するように,否,もっと正確に云うならば引き寄せるように力が込められ,そして,唇が重なった。


やわらかな,感触。
一護は驚きに目を見開いていた。
浦原はほんの少し目を伏せ,長い睫越しにそんな一護の瞳を覗き込んでいた。


唇が押しつぶされて,やがて元に戻る。
そんな数秒に満たない時間のことだった。
けれども,それでも。


「うら,はら,さん…?」
「ゴメンナサイ」
「え…や,そうじゃなくて」
「ん?」
「今の」
「キス,しちゃった」
「…ど,どうして,そんな」


動揺と混乱を瞳に浮かべて,けれども答えを知るのを恐がるような口調で尋ねる一護に,浦原は何も云わなかった。
黙って一護の髪を梳くようにそっと撫でると,身体を起こして「原稿,ですよね。メディアに落としておいたんで」とデスクに向かって歩いていく。


一護はソファの脇にぺたりと坐りこんだまま浦原の背を見つめていた。


キス,された。
浦原さんに。
なんで。なんでだろう。
イヤガラセとか…はありえない。


ていうか,俺は――。


気づくと握り締めた拳で唇に触れていた。
浦原に,触れられた唇に。













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松下キックさんにリクエスト頂きましたー。
自分とこの勝手設定のパラレル押し付けるてどうなの!?
「眼鏡」「フレームは細長い感じ」「疲れ目」そんな感じのお題にさてどーする…と頭巡らせて浮かんだのがコレでした。
そんなことに気づいたのはメィルの送信釦押したあとでした。後悔って先に立たない。。。
松下さん受け取ってくださりありがとうございました。(深々)


ほんとは老眼鏡(上の部分が黒いセル縁でそれ以外が金属縁のじいさんがかけるような眼鏡)の浦原さんとかもやりたかったんです。
原作ベース。
うう…時間空いたら書こうかな。書きたいな…。



(2007.03.04)

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