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「あ…,ちょっ!おい,誰だよ!浦原さんに酒飲ましたのッ!」


会計を済ませて忘れ物がないか使っていた座敷に確認にやってきた一護は,その最奥,床の間の柱に凭れるようにして寝入る浦原を見つけて店の入口に向かって声を張り上げた。
ラスト・オーダまで粘り倒した忘年会,既にみんな出来上がりきっていて一護の声に耳を貸すものなど居ない。
二度と幹事なんかやるもんか,と腹の中で毒づき,一護は寝入る浦原に歩み寄った。


「浦原さん,起きろって」


肩を掴んで揺さぶる。
真冬の月のような,と先輩のひとりが云っていた淡い色の髪が顔を覆い隠していたが,その下から聞こえる寝息は浅い眠りとは到底思えないものだった。


「浦原さんて…こんなに酒弱かったっけ」


ため息混じりにひとりごちながら一護は浦原の前にしゃがみこんだ。
がくりと頭を垂れて,すうすうと寝入る浦原。
そう云えば締切間際の仕事を四本並行で進めている,そんな話を聞いたのが先週の頭のことではなかったか。
浦原が連載を抱えている雑誌の発売日を思い浮かべその校了日を逆算して一護は眉間に皺を寄せた。


「そんな疲れてんなら,無理しなきゃいいのに…」


浦原が着ているセータの胸元に小さな糸屑がついているのを見つけ,手を伸ばしてそっと取る。
指が触れた瞬間,浦原の鼓動を感じ取ってしまい,ほんの一瞬手が止まった。


「ん…」


浦原が小さく身動ぎ,はっと我に返った一護は慌てて手を引いた。
しかし浦原が目を覚ます気配はなく,ほんの僅か頭が揺れただけだった。

一護は,浦原に電話をかけ今日の忘年会のことを告げたときのことを思い出していた。


「そんなわけで鶏料理の『空座』に18時ってことになったんですけど,浦原さん都合とかって…」
「ん,その日には全部上がってるはずだから,是非お邪魔させてもらいましょ」
「それじゃ会場までの地図,Faxしときますね」
「一護サンが幹事?」
「あ,はい。例年一番下っ端がやることに決まってるんだって社長が」
「ふぅん,大変だ?」
「……何事も修行,らしいっすよ」


ともすると口をついて出そうになる愚痴を無理矢理押し留めながら云うと,浦原が受話器の向こうでくすりと笑った。


「あ,でも人数増えると手配も大変になるんじゃ?」
「え,や,そんなことはないです。全然!」
「そう?」
「はい。それに…浦原さんには日頃からお世話になってるし」
「楽しみに,してますね」
「…がんばります」


携帯電話をぱちんと閉じた後も,なぜか浦原の声が耳について離れなかった。
『楽しみに,してますね』
ワガママを積み上げる先輩たちの注文や,店への連絡など,今まではうんざりするようだったアレコレへ向かう気持ちがほんの少しだけ軽くなるようだった。
我ながら単純だ,と苦笑いを浮かべ,一護は浦原の参加を告げるため社長室を目指した。


あのときの言葉通り,宴会の間中浦原はやわらかな笑みを浮かべていた。
幹事としてあちこちの席を動き回りろくすっぽ食べる暇もない一護をこっそり呼びつけては「今のうちに,どうぞ」と鶏鍋を取り分けて置いてくれたり。
煮詰まったのでも食えれば御の字。そう思っていた一護はちょうど食べ頃のだしの滲みた椎茸を頬張りつつ涙目で「浦原さん,ありがと」と礼を云ったのだった。


でもその結果がこれじゃあ,どうしようもない。
どうしようもない,というよりも申し訳ない。
一護はしゃがんだ膝に伏せた腕の上に顎を載せると,小さな声で「浦原さん,ごめんな」と謝った。


そのとき,廊下の方から店員が一護を呼ぶ声がした。


「すみません,もう表閉めたいんですけど」


遠慮がちながら迷惑そうな店員の声に「あ,はい,すぐ出ます!」と慌てて返し,一護は未だ目覚める気配のない浦原をじっと見つめた。
かくなる上は…仕方がない。
小さく息を吐くと膝をつき,だらりと垂らされた浦原の腕をとり,自分の肩に回した。
自分よりも10センチほど背の高い浦原を支えて歩くのは難儀そうだったが,四の五の云ってる場合じゃない。
通りまで出れば空車のタクシーもあるはずだし,ここから自分の部屋までならツーメータほどで行けるはずだ。
会費の足が出た分を立替えてしまったためすっかり薄くなってしまった財布の中身でもなんとかたどり着けるはず。
そう腹を括ると,浦原の腰に腕を回すようにして,「よっ」と気合を入れて立ち上がった。
耳元に感じる浦原の息がくすぐったい。
愛飲している煙草と,微かに漂う香水の匂い。それは決して不快なものではなくて。


「じゃねーだろ,俺!」


低い声で斜めにずれかけた思考を断ち切り,荷物を手に,浦原に肩を貸しながら一護は座敷を出た。
店の玄関まで来ると,先ほど閉店を告げた店員が苛立ちをひた隠しにしたような顔で待っていた。


「すみません,すぐにタクシー呼んでくるんで,ちょっとだけいいですか?」


一護は上がりかまちのところに浦原を坐らせ,肩にコートを羽織らせるとその身体をそっと壁に寄りかからせた。
そして顔を上げると店員に声をかけ,自分は上着も羽織らずに店を飛び出した。
空車を捕まえるまでの数分,すっかり冷え切った身体で店に取って返し,「浦原さん,行くぞ」と声をかけ,腕を引く。
浦原はゆらりと立ち上がると,そのまま一護にぐったりと体重を預けてきた。


「わ!ちょっ,浦原さん!?」


それは図らずしも正面から浦原に抱きすくめられる格好で。
一護は素っ頓狂な声で浦原の名を呼んだ。


「お客さん,大丈夫ですか?」


なかなか店から出てこない一護を怪訝に思ったのか,タクシーの運転手が顔を覗かせた。


「あ,今行きます!」
「…このひと,大分酔ってるみたいだねぇ。俺が荷物持ってあげるから,お兄ちゃんはそのままそのひと車に運んであげなよ」


自分より大柄な男を必死に支えている一護を気の毒に思ったのか,砕けた口調で運転手は云い,一護の上着と二人分の荷物を持って先に立って歩き出した。


「すみません。ありがとうございます!」


その後,重たい浦原の身体を引き摺ってなんとかタクシーに押し込み,自分も隣に乗り込む。
タクシーが動き出すと,一護は深々と安堵のため息を吐いた。


「南川瀬でいいんだよね?」
「はい」


前を向いたままの運転手の問いにそう返し,一護はシートに背を深々と預けた。
すると隣で寝入る浦原の身体がゆらりと揺れ,一護の肩に浦原の頭がことん,と落ちてくる。
一護は浦原の首の負担にならないように肩の高さを調節すると窓の外に目をやった。
真冬の夜は光の色が鮮やかになる。
月もそうだし,街並みを彩る電灯の色もそうだ。
疲れた目には眩しすぎるように感じる光たちを見るともなしに見ているうちに,徐々に一護も瞼が重たくなってきた。
少しずつ首が傾いていき,信号を二つ越える間に肩にもたれる浦原に寄りかかるようにして一護も目を閉じていた。


健やかな寝息が聞こえ出すと,今までぐったりと寝入っていた浦原が不意に目を開いた。
うすい瞼の下から現れた瞳に眠りの残滓などは微塵も感じられない。


「お客さん,南川瀬入りましたけど」


ルームミラー越しに運転手と目が合った。
浦原は身体の位置をそっと直すと,自分の肩で一護の頭を支えながら「二丁目の交差点を左に。うす緑色の壁のアパートの傍で停めてください」と告げた。
運転手が頷き,再び視線が逸れていく。それを見届けた後,浦原は頬に触れる一護の髪にそっと鼻先を埋めた。


「してやったり,て云ったら,怒るんだろうなあ」


囁くほどの小さな声音の呟きは運転手の耳にも,一護の耳にも届くことはなかった。


浦原は自分と一護の身体の間に投げ出された一護の手を見つけると,そっと自分の掌を重ねた。
指を絡めるように手を繋ぐと,自分のものよりも格段に高い体温がすべらかな皮膚越しに伝わってくる。
そのぬくもりに目を伏せたままひっそりと笑みを零した。










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忘年会,一護に自分をテイクアウトさせる浦原さん…。
Yさんゴメン,やっちまった。(横目逸らし)


ずるい大人が書きたかったんだけど,空転気味。ちっくしょー!


(2006.12.09)

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