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浦原はキーボードを叩く手を止めると,腕を天井に向けて思い切り身体を伸ばした。
椅子の背もたれがぎぎぎ,と苦しげな音を立てる。


はた,と気づいたのは部屋の暗さ。
気がつけば部屋にはすっかり夜の気配が満ちている。机に向かったのは確か昼前。今はいったい何時だろう。
一護を探して聞かないと。
機嫌の悪い顔で,それでも律儀に現在の時刻を告げるだろうその顔を想像しておもわず頬が緩む。
部屋に時計を置かないのは,時計より便利な子どもが同居しているからだった。


「時計買えよ」
「イヤ。あの秒針が立てる音が嫌い」
「デジタルのにすりゃいいだろ」
「見た目が可愛くない」
「時計は実用一辺倒。かわいくなくたって別にいいだろうが」
「え,だって」


云いながら手を伸ばした。


「ここに,実用的で可愛くもあるアタシ専用の時計があるから,そんなものは必要ないでしょ」


ぎゅ,と抱きしめた腕の中で一護はみるみる赤く染まっていった。
あれは可愛かった。うん。


浦原はくすりと笑みを浮かべたままその時計兼恋人の姿を目で探す。
目印は目にも眩しい橙色の髪。
しかしそれは見渡した視界一帯のどこにも見当たらなかった。
代わりにソファの向こうでtvがちらちら瞬いているのが見える。


音がしないと思ったら,道理で。
ヘッドホンをして映画でも観ているのか。声をかけてくれれば一緒に観たのに。
仕事用の眼鏡をはずし目頭を揉みながら立ち上がる。
先ほどから微かにしていた頭痛が,集中が途切れたことにより激しさを増した。
机の引き出しを開けると中を漁り,頭痛薬のタブレットを引っ張り出す。それをシャツの胸ポケットに放り込んで改めて一護の方へ向かった。


ソファの横から覗き込むと案の定,一護は床に直接腰を下ろしソファに寄りかかって大きなクッションを胸に抱え,それに顔を埋めるようにしてtvに見入っていた。
ソファは寄りかかるところじゃなくて座るところだと浦原は思うのだけれど一護はいつも寄りかかる方を選ぶ。
やや緊張の面持ちで画面をじっと見入っている一護の横顔を見つめながら浦原はえい,とソファの端に乗り上げて,不安定な足元を大股で二歩。一護の真後ろに腰を下ろした。
一護の身体の両脇に脚を下ろして胸ポケットからタブレットを取り出す。
音がしないため,いまいち把握しかねたが,どうやらホラー映画を見ているらしい。
すましていれば整った顔をしていると思われる女が,顔をぐしゃぐしゃにして悲鳴を上げていた。
そんなことしてる暇があったら逃げればいいのに。
無駄なことを考えながら一錠,二錠,三錠,四錠。規定の倍の容量を掌に取り出して口に放り込み,がりり,と噛み砕いた。
するとtvに没頭しているとばかり思っていた一護がこちらをちらとも見ずに口を開いた。

「ラムネ菓子じゃねんだから,がりがり噛むなよ頭痛薬」


視線どころじゃない。ヘッドホンからは微かな音が漏れている。こちらの音が聞こえたとは思えない。
歯の隙間に詰まってしまった頭痛薬の欠片を舌で掘り返しながら一護を見下ろす。
視線は相変わらずtvに釘付けで浦原の位置からはヘッドホンの黒と一護の髪の橙色,そして僅かに鼻先が見えるだけだった。
目に映るそれらの中に答えが隠されているかのようにじっと注視する。
なんでこの子はアタシのことを見てないのにアタシのすることがわかるんだろう。


画面の中では大鉈を振るう仮面の男が大写しになり,こちらにひたと視線を据えて,「ニタァ」と笑った。
仮面をしているのに笑っているのがわかるのは,仮面の下半分が欠けているせいだ。
浦原も男を見据えてにぃと口の端を引き上げた。


画面で繰り広げられる惨劇を見るともなしに眺めながら,ヘッドホンで押さえつけられた一護の柔らかな髪をまさぐる。
くすぐったそうに首を竦めて,視線がつ,とこちらに向けられる気配。
浦原はこめかみから頬にすばやく手を滑らせて上向かせ,そのまま口付けた。
一護は瞬間目を見開いたが,すぐにその眉間に深々と皺を刻んだ。


「うげ,不味い…」
「不味いって。アタシ,そんなにキス下手じゃないっスよ?」
「バカ。誰がそんなこと云った。苦いの飲ませんなっつってんだ」


キスをしたことを怒られるのではなく舌の上に残っていた頭痛薬の破片を含ませたことを怒られた。
可愛いなあ,本当に。
目を細めて見つめていたら,手が伸ばされて顔が押しのけられる。
大人しく引くと一護は口許を自分の手の甲でぐい,と拭った。


あ,その仕草は面白くない。


浦原は今度は片手を一護の頬へ,そしてもう片方は両目を覆うようにを添え,本気のキスをしかけた。
一護は邪魔するな,とばかりに手を伸ばし浦原の肩を掴んで押しのけようとする。しかし爪を立てられたところで上等。浦原は微塵も気にする素振りを見せずそのまま唇を味わった。


やわらかなそのふくらみを押しつぶすように何度も唇を押し当てる。
ぎ,と食いしばるように閉じられてしまった唇の開け方は簡単。尖らせた舌でそっとなぞればいいことを浦原は知っている。
一度でダメなら二度。三度,四度。ほら,堪えかねたように開く。そこから漏れる息は既に甘い。
震える歯の隙に舌を差し込んで,逃げ惑う舌を追う。
捉えて貪るように絡めれば,ラムネ菓子でも食べていたのか,一護の舌はスペア・ミントの味がした。
頭痛薬よりはこちらの味の方が好もしいけれど,この味は,なんだっけ…?
浦原は一護の舌越しにその味を確かめながら,記憶の底を浚う。
ほら,眠気覚ましによく食べる……。


「sharpens you up?」


唇を離して,ようやく思い至った答えを低く囁くと一護は潤んだ目できょとん,と浦原を見つめ,続いて意味を解したのか「ばぁか」と小さく笑った。









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うん,だから「FRISK」なのです。(横目逸らし)
(2005.04.08)

BGM:"Supernatural" by Des'ree

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