I love being here with you.


西條 葎





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10minutes ago...






07/15 sun 21:38...pm

浦原は煮締めた様な紺色の暖簾を潜り,通されたカウンタの一番端の席に腰を下ろすと,隣の椅子に脱いだ上着と鞄を置き,右手で煙草を咥えながら左手でネクタイを緩めた。
石鹸の香の立つおしぼりを運んできた店員に生ビールと冷やしトマトをオーダし,火を点した煙草を深く吸い付けつつ両手を拭った。
掌と手の甲を丁寧に拭い,まだ熱いお絞りをくるくると巻く。
ビニル袋に包まれた場末の喫茶店のおしぼりではする気がおきないが,十連勤の最終日となれば誘惑に勝てるだけの理性も残ってなかった。
どうせ人目なんかない。
そう思って丸めたお絞りを疲れ目でしょぼしょぼする両の瞼に押し当てると,咥え煙草のまま口の端からくぐもった声が漏れた。

嗚呼。
しみじみと。ほんとうにしみじみと,熱に疲れが溶け出していくのを味わっていると,「お待たせしましたー」と目の前にビールのジョッキが置かれた。
その横にはサイコロ状に切ったこんにゃくを煮しめて冷やしたお通しの小鉢と冷やしトマトの皿が。
まずはジョッキに口をつけ,喉を鳴らして1/3ほどを干す。
ぱちりと音を立てて割った箸でこんにゃくを摘んで口へと押し込みながら,鞄のポケットに入れたままだった携帯電話を取り出した。
着信はなし。

「…意地っ張りっスねえ」

こんにゃくを噛み締めながら呟いて,箸を持った指でぽちぽちとメールを打つ。

TO:一護サン
MESSAGE:○○駅前の焼鳥屋にいるんだけど,よかったら来ませんか。お通しのこんにゃくが美味しい。

読み返すこともせず送信釦を押す。
紙飛行機がひゅーんと飛んでいくアニメーションが流れ「送信完了」の文字が表示された。
スライスされ玉ねぎとかつおぶしがかけられた「冷やしトマト」というよりも「トマトサラダ」と云った方が近い皿に箸を伸ばし,醤油ベースの酸味の利いたたれを玉ねぎにしみこませてトマトと一緒に口へ運ぶ。
うん,美味だ。ビールに合う。
左手でジョッキを,右手で箸を使いながら待つこと一分ほど。
携帯電話が鈍く振動し「着信メール:FROM 一護サン」と表示された。
箸を握りこんだ手でロックをはずすと「行かない」と素っ気無いにも程がある一言が。
念のため下方向のキーを押してみたが,記されていたのは正真正銘一言だけだった。

くすり,笑みを零し,浦原はジョッキに残っていたビールを飲み干した。
店員を呼び,焼酎のメニュから「赤兎馬」という芋焼酎をロックで。そして料理のメニュから鶏わさを注文した。
酒と料理が運ばれてくると,携帯電話を手にとり,酒の器と鶏わさの皿を並べて写真を撮る。
そして「鶏わさも美味しい」とだけ打ち込み,送信釦を押した。

食べる前だけれど,まあいっか。不味いってことはないでしょ。
ちびりと焼酎だけ一口啜り,開いたメニュに載っている写真を工夫しながら撮影していく。
鶏皮ポン酢。厚焼き玉子。うずらの卵の黄身が添えられたつくね。梅肉のたたいたものと刻んだ大葉が載せられた笹身串。
ポテトサラダ。手作りコロッケ。鶏雑炊。
合間に返信されたメールは一通。
「しね」とだけ記されていた。
死ね,と漢字で書かない辺りが可愛らしい。
憎まれ口のつもりなのだろうか。それとも変換する手間すら惜しいとそういうことか。
どっちにしても,そう時間はかからないはずだった。

最後のメールを送って,半時間後,浦原が座るカウンタの左手,店の扉がからからと音を立てて開いた。
いらっしゃいませ!と威勢のよい店員の声を聞きながら,浦原は隣の椅子に置いた鞄を足元に。上着を自分の椅子の背にかけた。
それとほぼ同時に隣の椅子が引かれ,どかっと勢いよく腰を下ろす人影が合った。

「厚焼き玉子と鶏皮ポン酢は頼んでおきましたよン」
「お前,ほんと最悪」
「ごはん,食べちゃいました?」
「ちょうど食おうとしてたんだよ」
「お米研いでた,とか」

揶揄を滲ませて云うと,怒りの滲んだ目が浦原を睨みつけ,その下で伸ばされた手が浦原の前に置かれていたグラスを攫っていく。
上下する喉仏を眺めながら「勿体無い飲み方」と嘯くと相槌の代わりに空のグラスがどん,と音を立てて戻された。

「スミマセン,同じのもう一杯」
「二杯で」
「赤兎馬でよろしいですか」
「ハイ」

約一ヶ月ぶりに顔を見る年下の恋人は,どこまでも不機嫌で,せっかく来てくれたというのに浦原と口を聞こうとしない。
無言でグラスを干し,料理をつつき,たまに変なうめき声を漏らす。

「美味しい?」

声に笑みが滲んでしまうのは仕方ないだろう。
なのに,死ね,とばかりに睨みつけられて,それっきり。
どんなつれない態度を取られても,腹が立つどころか「やっと会えた」と実感が募って浦原の表情は緩むばかりだった。

「ちょっとトイレ行ってきますね」

そう云って席を立つ。
用を足して手を洗い,席に戻ると灰皿に置いていった煙草が恋人の指先に移動していた。

「残りもう少ないのに」
「ケチくせえこと云ってんじゃねえよ」
「次,何食べます?」
「焼きおにぎり」
「鶏のスープは?」
「飲む」

スミマセン,と声をかけて店員を呼び寄せた。











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