.Kus. vol.02


西條 葎





§・§・§



「あ,一護サン来た来た」


からんからん。
カウベルの音に振り返った「ヤツ」は嬉しそうな笑顔で一護を手招きなんかしている。
一護は無言で睨みつけると足音も荒く男の座るカウンタに向かい,わざとスツールひとつ分あけた隣に腰を下ろした。


「ターキィ,ロックで」


馴染みのバーテンに告げるとぎぃ,と隣のスツールが軋み,避けたはずの男が座っていた。


「テメェ何勝手に隣に座ってんだよ」
「いいじゃないスか。とりあえず,乾杯」


 ことん,と置かれたグラスを自分のグラスで示す男に,一護はふい,と顔を背けると黙ってグラスに口をつけた。


「つれないの」
「つれて堪るか」
「どうして。アタシはこーんなに一護サンのこと好きなのに」


云いながら男が腕を伸ばしてくる。
当たり前のように腰を抱かれ唇が寄せられたが,一護ももう慣れたもの。
グラスを持たない掌をばちん,と男の顔面にぶち当ててそれを防いだ。


「イタイ」
「当たり前だ。クタバレ」


不機嫌至極の面持ちで酒を啜る一護に,男は「はー。でもそんな冷たいところがまたいいんスよね…」とうっとりとした口調で云う。


「うぜぇ」


一顧だにしない一護に男はふわりと笑うとくるりとスツールを回し立ち上がる。


「さて,一護サン。そろそろ今日のメイン・イヴェントと参りましょ」


促す先には13.2インチの英国公式サイズのダーツ・ボードがあった。
光沢のあるワインレッドのワイドスプレッド・カラーシャツの袖口を折り返しながら挑戦的な視線を向ける男に,一護はフン,と鼻を鳴らしてもう一口酒を啜ってから立ち上がる。
ジャケットを脱ぎ,ネクタイを緩め,その先をシャツのポケットに押し込む。
両手でぐい,と髪を掻き上げ深く深く息を吐く。
それで準備完了だった。


「スタートはどうします?」


矢先をボードに向け,片目を瞑って照準を合わせながら男が問う。


「アンタに任せる」


矢立に並んだダーツから一本を選び取りながら一護が云うと,男は「……ねぇ一護サン」と不満そうな声で一護の名を呼んだ。


「…ンだよ」
「いい加減『アンタ』って止めません?」
「なんで」
「アタシにはちゃんと名前がある。だからそれ呼んで」
「……嫌だ」
「なんで」
「なんでも」


頑なに拒絶する一護に,男は小さくため息を吐くと「じゃあ今日の景品はそれにしよう」と重々しい声で云った。


「は?」
「一護サンが負けたらちゃんとアタシの名前を呼ぶこと。それからなんでアタシの名前を呼ぶのが嫌なのかその理由を説明すること」


男の言葉に,一護の顔が曇る。
負けるつもりは毛頭ないが,勝率が低いというのはどうにもできない現実で。
だからと云って「負けそうだから違う条件にしろ」とも言い出せない。


一護はへの字に結んだ唇を解くと,舌で舐め,それから「じゃあ俺が勝ったら」と口を開いた。


「携帯から俺のアドレスを抹消すること。後は…二度と気安く名前呼ぶな。それで」
「わ,それはきっつい条件っスね…」


苦笑を浮かべて云うものの,男にはどこか余裕が見られる。
それに引き換え一護は皮膚がヒリつくようなプレッシャの中,雑念を払いゲームに集中するべく深く息を吸い込んだ。


「今日は時間もあるし…トリプルで始めましょっか」


一護はこくん,と頷くとダーツを手にスローイングラインに立った。












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