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窓際の席から見下ろす校庭に,音もなく降り続く雨。
頬杖をついて鈍色の空を見つめながら,一護は小さく息を吐いた。

もう,父や妹達は墓参りを済ませただろうか。
どんなに雨が降ろうともこの日ばかりは学校を休み,父と連れ立って電車で二駅先にある母の墓所へ向かう妹達を思う。

一護がその中に加わることはない。
学校等の絡みがあるため,姓こそ「黒崎」のままだったが,表向き父や妹達とは縁を切って山本の家に入ったことになっている。
それは父と祖父が険悪なため,というだけではなく,万が一にも抗争等が勃発したとき父や妹達を守るためでもあった。

だから,この五年,一護はたった一人で母の墓参りをしてきた。
…正確には一人ではない。
墓所の中までついて来ることはなかったが,浦原だけがその傍に居た。

制服のポケットの中,小さく携帯電話が振動し,メールの着信を告げる。
教壇に立つ教師から死角になる場所を選んで開くと,送り主は浦原だった。

――車のエンジントラブルで迎えに行くのが遅れそうです。適当に時間潰して待ってて?

なんだそれ。
思わずため息が出る。
甘えてる,という自覚はあるけれども,それが許される相手だとも知っている。

けれども神経質なくらい一護の安全に気を使う浦原のことを思うと文句も云いかねる。
腹の中に不満だけが溜まり,一護はそれを吐き出すようにため息を重ねた。

再び頬杖をついて視線を窓の外にやりながら,机の中で指を動かし「だったら先に行く」と返信するのが,一護にできる精一杯だった。
送信釦に指を乗せたところで躊躇。
再度編集画面を開いて「終わる頃あっちに迎えに来い」と付け足す。
八つ当たりは趣味じゃない。――そう,趣味じゃないから。

四限の授業終了後,一護は給食の支度が整うより先に親しい友人達に片目を瞑って合図を送り,クラス長に「黒崎,体調不良により早退」とだけ告げて教室を後にした。
一護がこうしてサボるのは珍しいことではなかったため,クラス長もこれ見よがしなため息をついただけで何もいわない。
後は教員達に見つからないように裏口から外に出れば大丈夫なはずだった。

駅まで徒歩で行くのは憂鬱だったが,それを選んだのは自分。
もしかしたら浦原が別の車で迎えに来ている可能性もなくはなかったが,何となく携帯は電源を切ったままにしてあった。

鞄を肩に背負い,手に提げていた靴をタイル敷きの床に放り出して足を突っ込む。
骨が16本あるせいで持ち重りのする傘をあみだに差して裏門から外に出ると,見知らぬ車がす,と傍らに寄せられた。

雨に濡れて灰色の街並みの中,目を射るようなイタリアン・レッドのスポーツカー。
誰だ,と眇めるように視線をやると一護の腰の辺りにある窓が音もなく開き,中から浦原と同年代ぐらいの柔和な面立ちの男が顔を覗かせ,にこりと笑った。

「黒崎,一護クンだね」
「…誰だアンタ」
「いろいろと話したいことがあるんだが」
「随分丁重な誘拐だな」

軽口を叩きながら意識して距離を取る。
次の曲がり角までは約五メートル。
鞄を叩きつけて傘を放り出して全力でダッシュすれば逃げ切れる。
一方通行の細い路地に入ってしまえば,この馬鹿みたいにデカイ車が追ってこられるとは思わなかった。

「そんなに警戒しないでもらいたいな。本当に危害を加える気はないんだ」

今のところはね。
黒のセルフレームの眼鏡の奥,ほんの一瞬だけ瞳が冷徹な色を帯びたのを一護は見た。
下手すりゃ背中から撃たれるか…轢き殺されるか。
よもやという想像が笑い飛ばせない空気が男の瞳にはあった。

結果から云うと,一護はその日五年目にして初めて母の墓参りをすっぽかした。
黒縁眼鏡の胡散臭い男に拉致られたわけではない。
自分からその助手席に乗り込んだ。

男が,一護に云ったから。

「浦原喜助のことで話があるんだ」

そう,云ったから。






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(2008.05.03)





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