-- infrangibleg chain --





――左腕に刻まれた鎖。 決して切れることがないそれは,自身を縛るものではなく
キミへと繋がる唯一の縁――






あぁ,これは夢だ。
一護はそう自覚してゆっくりと躯から力を抜いた。
古い,夢。
もう何年も前の。でも,決して忘れることのない,あの日の夢,だ――。

周囲を埋めるのは黒尽くめの男たち。
低く篭った声で何かを喚いている。
――糾弾。
そのときはまだ,そんな言葉も知らなかった。

「坊っちゃん!」

見つかった!
一護は背中からかかった声から逃げるように,黒尽くめのまるで棒のように乱立する脚を掻い潜って光の差す方へ逃げた。
頭上からは声。

「誰か!足元にいる坊っちゃんをこっちへ!見せるな!」

けれども,不穏当な興奮に駆られた男たちが注意を喚起するより,一護が駆け抜けるほうが早かった。
そして,突然視界が開けた。

畳敷きの床の上,後ろ手に手錠をかけられた男が一人。
シャツは釦が弾け飛び,その状態で私刑が加えられたのだろう。
口元も目元も無惨に腫れて血が滲んでいた。

「……一護,サンでしたっけ」

喋るな!
誰かが怒鳴った。
けれども男――浦原は,一護の目を覗き込むように見つめると,切れて血の滲む口の端を引き上げて微笑った。

何してるの。
もう寝る時間でしょ。随分と遅い。

肩が外れそうなほどきつく身体を戒められ,シャツの襟首を引っつかまれて辛うじて身体を支えられている状態だというのに,浦原は至って暢気に,まるでそう,庭に面したあの縁側で初めて会ったときと同じように言葉を継いだ。

一護は鼻の奥がツン,と痛くなるのを感じた。
泣きそうだ,と思った。
一護は,泣く代わりに視線を,座敷の上座に座る祖父に向けた。

「俺,欲しいもんがある」

前日は一護の誕生日だった。
十歳になったばかり。
祖父の一人娘であり,一護の母が死んで一年。
この屋敷にやってきて一年。
人目のないところでは一護にベタ甘な祖父は特別に取り寄せたというケーキを手ずから切り分けながら,欲しいものがあるなら何でも云え,そう云った。

「……約束は約束じゃ,聞こう」
「コイツ。浦原が欲しい」

血塗れの浦原を指差して,一護はまっすぐに祖父を見た。
ざわ…,と周囲の男たちがざわめく。

一護は引くつもりなんかなかった。
駄目だなんていわせるつもりもなかった。
まだ何の力も持たない子どものくせに,頑なにそう決めていた。

「…何の役にも立たんぞ。そやつは組織の一員としても失格。このまま打ち捨てるのが似合いの男じゃ」
「そんなことどうでもいい」
「……一護はやさしい子じゃの」

諦めたように息を吐くと,祖父はゆらりと立ち上がり,周囲を取り巻く男たちを視線だけで下がらせ,真っ直ぐに一護の元へやってきた。

「前に,犬が欲しいと云ったときのことを覚えておるか」

一護は頷いた。
一度生き物を飼うと決めたなら,その生き物の主人になると決めたなら,その生き物の生涯に責任を持たなければならない。
その覚悟がお前にあるのか。
祖父は一護にそう云った。

「浦原が,死ぬまで俺が責任持って面倒見る」

今になって思えばなんてことを云ったんだ,と思わなくもない。
思わなくもないじゃなくて本気でそう思う。
子どもだった。恐れ知らずだった。
言葉だけでならなんとでも云える。
けれどもアレはそんな生易しい契約じゃなかった。
人一人の命がかかっていた。
そして,一護は本気でそれができると思い込んでいた。

祖父は重々しく頷くと,傍らでまるで他人事のように動向を見守っていた浦原の前髪を鷲掴みにして無理矢理顔を上げさせた。

「…おぬし,一護に飼われるか」

一護は,ただ浦原を見た。
浦原は頭を振って祖父の手を逃れると喉の奥で低く笑って,それから横目に一護を見た。
呼ばれている,そう思った。
だから一護は肩を押さえていた誰かの手を振り切って,浦原の前に駆け寄った。

浦原の顔がゆるゆると上がり,一護を見た。
その瞳の色。
黒よりもまだ深いグリン。
吸い込まれたように目が離せなくなる。

「…飼って,くれるの?」

浦原の声。
一護は,ぎゅ,と唇を引き結び,ただ頷いた。
浦原の目が,ふ,と光を和らげる。
眉の下に刻まれた深い傷跡から滲み出た血が,眦を伝い,まるで涙のように頬を伝う。
何も考えずに手を伸ばし,その傷にそっと触れた。

「…痛いだろ」

眉間に皺を寄せ,一護がそう尋ねると掌の下,浦原が瞬きしたのがわかった。
そして自由な方の瞳で一護を見上げると,しばし考え込むように目を伏せ「あぁ,痛いっスねぇ」と目元だけで笑った。

「もう,怪我するなよ」
「それは命令?」
「命令だ。怪我,するな」

堪えていた涙が噴出しそうになる。
それを堪えて,歯を食いしばるようにして云うと,次の瞬間浦原が動いた。

一瞬にして腕を拘束していた手錠を外し,血塗れの手で一護を抱き上げる。
そして顔を自分の肩に伏せさせ「男の子は泣き顔見られるの嫌っスもんね」と耳元で囁く。

「山本サン,じゃ,そういうことで」
「……命拾いしたな」
「これからはせいぜい大事にしますよン。何せ,拾ってくれたのがこの子っスから」

祖父は行け,と云う様に顎をしゃくると他の誰からも見えないように,こっそりと一護に笑いかけた。
よくやった,そう云う様に。

一護は知っていた。
祖父が浦原のことを気に入っていることを。
しょっちゅう問題ばかり起こして騒ぎの火種ばかり持ち込む浦原を,まるで自分と同じ孫のように可愛がっていることを。

「……にしても今日,お風呂滲みそうだなァ」

自分を抱き上げて歩く浦原が至って暢気にそう云うのを一護は聞いた。

「傷が痛いのは,もう二度と怪我しないようにって身体に覚えこませる為なんだぞ」
「…へぇ,誰の受け売りっスか?」
「うけうり?」
「山本サンが云ったの?」
「違う。お父さん」
「へぇ…」

浦原は大して興味もなさそうにそういうと「今までは別に痛くなかったんスけどね」と意味の分からないことを云った。

そこからの記憶は曖昧だ。
気づけば浦原はいつも傍に居た。
犬だなんだと陰口を叩かれてもいっかな気にしていないようだった。
それどころか嬉しそうに笑っては,陰口を叩いた本人に気味悪がられたりしていた。











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(2008.05.03)





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