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ギーク イン ザ ピンク


西條 葎






Member's Bar Las Noches.
虚夜宮に夜の帳が降りるとき、舞台の幕は開く。
極上の大人の隠れ家。
倦んだ日常を脱ぎ捨て手を伸ばせば、
新しい快感
新しい愛の形
そして新しい貴方自身が
至高のひと時へと貴方を誘うでしょう。





朝七時。
夜はとっくに明けているが、地下にある店には朝日は届かない。
長かった夜を終え、一護は最後の後始末にかかっていた。


「ふっざけんなよ!また!出しっぱなし!」


人目がないのをいいことに腹立ち紛れに怒鳴り散らす。
見渡す限りに散らかったバスタオルに、いわゆる「大人の玩具」の類。
その上、あろうことか拾い上げたバスタオルの下からはグラスまでが出てきた。


基本、入口で入場料を払った後はすべてサービスとなっているため、ドリンクは無料となっている。
客は喉の乾きを覚えると一護の詰めるバー・カウンタまでやってきて思い思いの酒をオーダする。
だが、割れたグラスなどで客が傷を負うことを避けるためプレイ・ルームへのグラスの持ち込みは禁止となっていた。


くん、と鼻を鳴らすと何人もの人間の体液の混じりあったすえた匂いの中にかすかにテキーラの匂いを感じ取った。
そういえばカウンタの中のボトルがいつの間にか姿を消していた、と思いだし、一護は不機嫌の顔のままフロアに散らばったバスタオルを片っ端から拾い上げていった。
誰かが自分の隙をついてボトルを掠めて持ち込んだに違いない。
しかし全てのバスタオルを拾い集めても見つかったのはグラスだけだった。
おかしい、と首を捻ると「まーたかっかしてる」と笑みを孕んだ声が背中でした。


振り返るとそこにはシャツの胸元をだらしなくはだけた同僚の姿があった。
そして、その手にはトパーズ色の酒がほんの一センチばかり残った酒の瓶。


「テメーか、浦原」


喉の奥から軋るような不機嫌な声で云うと、「あぁこれ?」と云いながら浦原がボトルを小さく揺らした。


「あっちの部屋で見つけたんスよ。もうほとんど残ってないけど、キミも飲む?」
「っざけんな」


――もうほとんど残っていない、てのは客が飲み散らかしたんじゃなくてここに来る間にお前が粗方飲みつくしたってことだろうが!
拾い上げたバスタオルを抱えてずかずかとクッション張りのフロアを横切ると、浦原の前にたちその手からボトルを毟り取った。
有名なメキシコ人画家パブロ・ルルフォニがデザインしたという香水瓶のようなかたちのボトルの中で、残り少ない酒がぴしゃん、と音を立てるのを掌で聴きながら代わりに抱えていたバスタオルを押しつける。


どいつも、こいつもまったく!
頭の天辺から湯気が吹き出るような心地のまま、間近に浦原の顔を睨みつける。
浦原は口の端にうすい笑みを張り付けたまま、押しつけられたバスタオルをその場に放り出した。


「ッ!」


テメェ、と云いかけた口は音を紡ぐ前に塞がれてしまった。
テキーラの滲みた生温い舌が歯列の隙をくぐって一護の舌を絡め取る。
息を詰まらせながら伸ばした手で浦原のシャツの背を掴み、引き剥がそうとしたのに、逆に手首を捕まれ壁に縫い止められてしまった。
ぴちゃ、と濡れた音が耳を震わせ、背筋を戦かせる。身体の深くから欲を引きずり心地がした。


一護がバーテンダとして働くこの店は、所謂ハプニング・バーというやつで、客は酒を飲みに来るのではなく、客同士の間に起こる「ハプニング」を楽しみに夜な夜な集う。
カップル、レズビアン、SMマニア、女装マニア、露出愛好者や窃視症など一風変わった、と世間では認識される嗜好を持つ常連たち。
彼らが鼻先で繰り広げる情事を一晩中眺め続けることにはもう慣れた。
いちいち顔を赤らめたり、勝手な身体の反応に困ることもない。
それなのに、この男が。
浦原の手や唇とか、そういうのが触れると一護は一瞬で駄目になる。
引き剥がそうとしていたはずの手には縋りつくように力が篭もり、気づくと口の中、勝手に振る舞う舌の動きに寄り添うように舌を絡めている。







presented by Fulcrum


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