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The day of Atonement, plus.


西條 葎





§・§・§



――退屈だな。


白皙の美貌の男はゆったりと肘掛に肘をついてこめかみのあたりを支え色のない瞳で一護を見つめた。


――友のために命を賭けると。美しい友情だ。しかし私は知っている。それが事実ではないことを。
――事実ではない,ってなんだよ。
――貴様と奴とは,場末の賭場で顔を合わせては口を利く。その程度の間柄だろう。
――ッ!
――人を支配し,街ひとつを手中に収めるというのは生半なことではない。その過程で一番重要になるのが情報だ。…とそんなことを貴様に語ったところで何の意味もないが。
――…確かに,俺とアイツはすげー親しかったわけじゃねぇ。でも,だからって見捨てることなんかできねんだよ。
――ふん。目障りなほどに派手な頭をして挙句に目つきが悪い。見るからにゴロツキのくせに,貴様,人道家か。


馬鹿にした,というよりも呆れたような口調で云う男に,腹の底から怒りが沸いた。
けれども背後のドアの外には武器を携えた護衛どもがうんざりするほど控えている。
それに,自分がここにいるのは決してこの男をぶちのめすためじゃない。
一護は深く息を吐いて心を鎮めた。


――ジンドーカ,上等じゃねぇか。アイツは俺を信じて頼んだんだ。一週間後,必ず戻るから,と。俺はそれを伝えに来た。一週間の猶予に担保が必要なら俺が人質にでもなんでもなる。
――貴様にどれほどの価値があるか,が問題だな。
――信じられねぇのか。
――貴様が信じると云うのが私には信じられん。……まぁいい。一週間後,奴が戻らなかったら改めて追っ手を差し向ければいいだけのこと。そうだな,その間貴様には暇つぶしに付き合ってもらおうか。


生憎テメェの暇つぶしに付き合うほど暇じゃねぇ,と言いかけて口を噤む。
脳裏をちらつくのは一護を頼ってきた男の姿。膝をついて一護にしがみつきながら泣いた,憐れな男。


――一週間だ。何にでもつきあうぜ?


そう云って笑うと,男が凭れていた頭を挙げ,一護を真っ直ぐに見た。


――Fox hunting.


一言告げて,笑みを浮かべる。
傲慢な笑みだ,と一護は思った。


――この街に暮らしていて,知らないわけはあるまいな?
――知ってるさ。悪趣味この上ないゲームだろ。
――ならば話は早い。期間は一週間。ウォーミングアップに今日は五人。明日は十人。三日後は二十人。三十人,四十人,五十人と増やして最終日は六十人のハンターを放つ。
――人件費の無駄遣いだな。
――気遣いは無用だ。無事ハンターどもから逃げ切れば貴様の勝ちとして無事あの男が戻ったなら褒美のひとつも出そう。
――……応戦は。


低く一護が返すと,男は一瞬怪訝な目を向け,そして鮮やかに笑った。


――自由だ。武器の使用も自由。これは貴様も,そしてハンターどもにも共通している。
――けったくそ悪ィ。
――それが承諾の返事の代わりか?
――覚えてろよ。一週間後だ。……テメェのそのツラ,おもっきし殴ってやるぜ,朽木白哉。


街の支配者たる男を真っ直ぐに見つめ,一護は言い放った。


――それが,三日前の話だった。




§・§・§





初日と二日目は楽に凌いだ。
この街の最下層とされる地域で伊達に暮らしてきたわけではない。
荒事にもそこそこ慣れているつもりだ。
五人や十人に襲撃されたところで捻じ伏せることは楽勝だった。


三日目の昨日は二十人。
多少は梃子摺ったものの,昼に五人,夕方までに十人,夜は向こうが油断していたところにばったり行き会うという僥倖に見舞われ三人を倒すことができた。
二十人には二人足りなかったが,遭遇しなかったのは幸運と云えた。


しかしこれが悪かった。
追っ手を片っ端から叩き潰したことにより,向こうに敵意を抱かせた。
嬲るつもりで遊び半分に手を出していた敵を本気にさせた。


今日の追っ手は三十人。
けれども敵の数はその倍以上と云えた。三十人がそれぞれのやり方情報を集めだし,街に一護の味方はいなくなった。
誰も彼もがある者は報酬に,またある者は恐れに目が眩み,一護を指差し「あそこだ!」と声を上げる。
途端,どこからともなく「赤い色」が現れる。


ハンターの目印は「赤」だった。
スーツ姿のものならばネクタイを,一護と同じようなラフな格好の者ならば赤いバンダナや赤いジャケットを身に着けている。
これは語源となっている本元の狐狩りに由来しているらしい。


狐狩りに参加するものは揃って赤いベストを身につけるという。
そしてその色は「赤」にも関わらず「ピンク」と呼び習わされると。
そんな話を賭場での雑談で耳にしたことがあった。


逆に云えばゲーム中はハンターとして正式に参加している者以外は赤いものをその身につけなくなる。
それを目印にすればハンターか否かを判断する基準になる。


さすがに三十人もの追っ手を真っ向から打ち破れるとは思っていない。
一護は逃げた。
路地を駆け抜けビルの階段を駆け上がり屋上から屋上へと飛び移る。
それで何とか追っ手を撒き,一息をつこうと細い路地で脚を止めて壁に寄りかかった。


左手から小走りに子どもが駆けてくるのが見えた。
進路を阻んでは悪い,と一護は身体を起こし交わそうと壁際に寄った。


綿の入った防寒着に身を包み,マフラと帽子で寒さを完全のシャットアウトした子どもを見つめ,一護は目を細めた。
そして,斜交いにすれ違った,その刹那――。


一護は左の脇腹に衝撃を覚えて目を見開いた。
脇腹に手をやると,硬い物が触れる。そしてじんわりと温んだ液体が滲みてくる。


――刺され,た?


ずるずると壁に凭れて座り込みながら,一護は子どもを見た。足を止めた子どもがじっと一護を見下ろしている。
その,首から顔にかけてを覆うのは,真っ赤なマフラーだった。


ずぶり,音がして細身のナイフが抜かれる。


ちくしょう。
一護は脇腹を押さえたまま低く呻いた。
ずくずくと心臓が悲鳴を上げている。
立ち上がらなければいけない。そして逃げないと。


自分ひとりで拘束は無理だ。
あの子どもが下した判断はそんなところだろう。
ぼけっとしてたら人が来る。
まだ四日目。三日残っている。こんなところで捕まるわけにはいかない。
そう思うのに息が上がって立ち上がることができない。


はぁ,はぁ,と乱れた自分の息が酷く耳障りに感じた。
鼓動が煩い。
そんなことはどうでもいいから,立て。立ち上がれ。


「――お困りみたいっスね。助けましょっか?」


焦る一護の耳に酷く暢気な声が響いた。
一護が顔を上げると,通りから入り込む明かりを背に,男がひとり立っていた。












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