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マーマレード・デイズ




PRESENTED BY RITSU SAIJO

最近笑ってないな,と鏡の中でしらけた顔をする自分から目を逸らしながら浦原はひとりごちた。
愛想笑いばかりが上手くなって,最後に声を上げて笑ったのがいつか思い出せない。
最後に食べ物を「美味い」と感じたのも,いつだったか。

――くだらない。
重たい胃をワイシャツの上からぐっと押さえ,浦原は身体を起こした。
今日は金曜日。少なくとも明日と明後日はのんびりできる。
明日は心行くまで朝寝をして,起きたら洗濯と掃除。それから仕事を少しして。
役職手当の三倍近い会計を支払って細い階段を昇る。
壁に手をつき深い息を吐き,路地風に装飾の施された通路を抜けて通りに出ると,「危なッ!」と声がした。
肩に鞄を引っ掛けたまま,浦原が足を止めると「どん」と微かな衝撃。
そして目に入ったのは子どもの頃給食のパンがぎっしりと並べられていたようなプラスチック製の籠の中の,袋詰めされたみかんだった。

金曜の夜の,ネオンきらびやかな繁華街。
そんなところで,みかん?
思わず目を奪われていると,「あんた,大丈夫か?ぶつかってねえ?」と声をかけられた。

「あ,スミマセン。ぼーっとしちゃって」

云いながら視線をみかんから逸らして声の主に向けると,眉間にぎゅ,と皺を寄せた笑顔とぶつかった。

「金曜の夜だし,仕方ないだろ。こんな遅くまでお疲れさん」

明らかに自分より年下の,大学生くらいだろうか。
しかも初対面の青年にそんなことを云われて浦原は面食らった。
面食らったものの,その一言が。「お疲れさん」という一言が。知らず知らず張り詰めていた浦原の糸をぷつん,と切った。

目の奥が鈍く痛んで涙が溢れてくる。
拙い,と思ったもののそれを止める術はなく,「こ,コンタクトがずれて」と下手な言い訳をしながらポケットのハンカチを取り出そうとするが見当たらない。
さっき店のトイレで顔を洗ったときに使って,そのまま忘れてきてしまったか,と慌てていると,白いタオルが差し出された。
目の前の青年が腰から提げていたタオルだった。











presented by Fulcrum


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