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やわらかい石

The four tale of autumn which walks slowly with you.



01

「コレがアタシの名前。浦原喜助。骨董屋『喜月』のすこしエッチなハンサム店長をしてます。歳はキミの約三倍?好きなものは音楽と読書と昼寝で、親友は猫です」


よろしくね?一護サン。
にこっと笑って頸を傾げると、眼を瞬かせた子供がらしくない哀愁にも似た陰りを浮かべて「…親友、猫なのか」と呟くように云った。


「え、そこに来ますか?ハンサムとかのほうにはツッコミ無し?ていうか駄目ですか?猫じゃ」
「や、アンタが幸せならいいんじゃね?」
「一護サンもお友達になってくれます?」
「俺は…べつに、いいけど。まだ餓鬼じゃん、いいの?」
「友人に大人も子供も無いですよ、対等な関係です」
「タイトウ?」
「どっちが偉いとか、そういうのナシってこと」


解る?カウンタの上に肘を突いて、一護の顔を覗き込む。
こくり、小さく頷いた頭が暫く考え込むように紙に書かれた二つの名前を見詰めていた。


「俺、アンタのことなんて呼べばいい?」
「お好きなように。キミの学校のお友達と同じように呼んで下さって結構ですよ」
「ホントに?」
「ホントっス」
「じゃあ、うらはら、な?」
「はいな、ヨロシクね一護サン」


差し出した手をおずおずと握り返す手のひらの小ささに、何処かしら擽られるような心地を味わいながら浦原は嘗て無い遣り取りを愉しむ自分がいることを自覚する。








02

「なに?」


問い返しながら一護の目が浦原を見る。その瞳をじ、と覗きこむようにして浦原は言葉を継いだ。


「アタシはオトナ?」


まるで子どもが駄々を捏ねるような問い掛けに一護は口を引き結び、それから眉間に皺を寄せたまま笑った。


「浦原、は大人だけど、駄目な大人。そんで俺の友達」


浦原は目を細めて一護を見、頷きかけてそのまま首を傾げた。


「…一部ちょっと気に入らないところもあるけど、でも、一護サンの友達でいられるなら駄目な大人でもいっかな」
「いいのかそれ」
「いいじゃないスか。――さて、一護サン。駄目な大人が作るココアはいかがっスか?」
「うーわ、開き直ってやがる。……って、俺、コーヒーがいいな」
「コーヒー?飲めるようになったの?」
「あのな、俺だっていつまでもガキじゃないんだぜ?」
「へぇ…じゃあオトナの仲間入りっスねぇ」
「嫌味ったらしいぞそれ」
「嫌味じゃないっスよー?一緒に駄目なオトナしましょうよ」
「それはやだ」
「え。拒否された」
「するだろ、拒否」


驚いた顔と真顔を見合わせ、どちらともなくくすくす笑う。
ひとしきり笑うと浦原は膝に手をあて「よっこらしょ」と声をかけながら立ち上がった。








03

昨日、浦原とキスをした。
どういう経緯でそうなったか、思い出せなくらい自然な流れで。
ただ解るのは、一護自身が驚くほどその行為をすんなり受け入れられたことと、浦原の唇は苦かったということ。


アレは夢じゃない。
夢じゃないけれど、恋じゃない?


水色に指摘されて咄嗟にそう思ったけれど、これは恋じゃないのだろうか?
恋というものはもっと相手を求めて焦がれる感情を云うのじゃなかろうか?
燃え上がるような…なんて激情じゃないこれは、水面に落ちたインクのような緩やかなもの。
奇異な友情でしかなかったそれが、ゆっくり、ゆっくりと形を変えていつの間にか恋情に酷似した感情を形成していたのだ。


始めは錯覚かと思っていた。ある種の憧れに似た感情だと思い込もうとした。
なのに。
あの店の琥珀色の空気と、柔らかな翠の眼差しが優しすぎて、心地良すぎて。


「アタシ、一護サンのこと好きですよ?」


世間話の延長のふとした会話の途中で、ふわりと微笑んだ浦原の愛しむ眼に「俺も浦原のこと嫌いじゃないぜ?」と何気なく、本当に何気なく返しただけだった。








04

ぽろん、と小さな音でピアノが鳴ったのはそのときだった。
顔を上げると向かいに居たはずの浦原の姿がなかった。
椅子の上で身体を捻って入り口の方に目をやると、壁際に置かれた古いピアノの前に浦原はいた。


入口に点されたランプの光が逆光となってその表情はよく見えない。
影にとなって浮き上がる浦原の長い指が鍵盤の上をゆっくりと動いた。


ほろほろと零れ落ちるような音符の連なり。
それが、このところよく店で掛かっているアルバムの中で一番の一護の気に入りの曲だ、と気づくと、一護は息を呑み、そのままカウンタに突っ伏した。


怒っていたくせに。
それなのに、平気でこんなことをする。
眉間に皺を寄せて、目を瞑り、切なげに紡がれる音を耳で追う。
こっそりと自分でも同じCDを買ってミュージックプレイヤに落とし込んで聴いているせいで、自然と歌詞がメロディに乗った。


I used to rule the world
Seas would rise when I gave the word
Now in the morning I sleep alone
Sweep the streets I used to own...


指で拍子を取ることも、メロディを口ずさむこともなく、一護はじっと耳を澄ませていた。


ぽぉん、と長く伸ばされた最後の一音が途切れて、水面に広がった波紋が消えていくように空気が鎮まっていく。
一護はカウンタについた肘に顔を隠すようにして「ずりィよ」と呟いた。
ピアノから手を離した浦原が身体の向きを変えて寄り掛かりながら「どうして?」と尋ねてくる。


「……謝るタイミング逃した」
「今のは、ゴメンナサイの代わりっスよ?」
「なんで浦原が謝んだよ」


云いながら身体を起こし、身体を浦原の方へ向ける。
ゆっくりと近づいてきた足音がすぐ傍で止まり、そのまま包み込まれるように抱きしめられた。


「…ゴメンね?」
「だから、なんで」
「目尻に、涙」


云いながらやわらかな唇が目の端に触れた。












presented by Fulcrum


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