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"alis volat propriis"

-- he flies with his own wings --





「いつまでそこに蹲ってるんスか」

いつもの煙管でなしに紙巻を咥えた浦原が,つまらなそうに呟いた。
一護はそれでも顔をあげることが出来ずに,地に着いた指に力をこめるのが精一杯だった。
あっけなく負けたという事実。そして無様にも守られたという事実。
それが一護を打ちのめしていた。
自分の中にあるアレの存在なんてのは理由にならない。
俺は負けた。そしてコイツに庇われた。

ざり。
爪が砂を噛む嫌な感触。

「ねぇ,黒崎サン」

かつっ
下駄が鳴る。
遮られるのは太陽の光。

ふぁさり
羽織を翻して浦原がしゃがみこむ。
項垂れた頭の天辺に注がれる視線。

「く,ろ,さ,き,さん」

旋毛の辺りの髪を鷲づかみにして無理矢理顔をあげさせられた。

すべての音は耳に届くのに,声がでない。
言葉がでない。
そして,身体が動かない。

「キミ,アタシとした約束覚えてます?」
「……やくそく」
「そう,約束。キミはアタシに強くなるって約束した。決して諦めないと」
「……………」
「それなのに,なんなんスかそのザマは」
「……………立てない」
「立たせて欲しいの?」

首を振る。
立たせてもらったところでそれを維持することができないのは明白。
自分の中心にあった核のようなもの。
自信とか信念とかそういった確固としたもの。
それが根こそぎ粉砕されてしまったような心地がして。

「立たせて欲しいなら立たせてあげる。このまま眠りたいなら眠らせてあげる。キミを見込んで仕込んだのはアタシだ。賭けたのもアタシ。引いてはすべての負けはアタシの責だ。負けた駒にかける情けなんかほんとは持ち合わせちゃいないスけど,キミとアタシの誼だ。それくらいはしてあげる。さぁ,どうして欲しい?」

酷いことを云うのに,どうしてコイツはこんなに優しく笑うんだ。
惚けた頭の中心が痺れるような感情があった。
恐怖じゃない。怒り。

じりじりと血液が温度を上げていく。
それに突き動かされるように力の入らない手を持ち上げると髪を掴む浦原の手を無理矢理振り払った。

おや?と浦原が眼を丸くする。
一護は一度項垂れ,深い息を繰り返すこと数度。
湧き上がる怒りをエネルギに再び顔を上げた。

「勝手なこと云ってんじゃねーよこのクソ下駄」

掠れた声には確かな力。
いい眼だ。
浦原が笑う。そうでないと。キミはそういう顔をしていないと。
一護の霊圧が徐々に圧を増していく。白金のような眩い光を放つ。

「さぁて,気力が回復したところで一旦店に戻りましょ。歩けます? 歩けないならアタシが抱いていきますが」
「ふっざけんな! オマエさっきなんつった!!」
「………本気にしたんスか? アタシがキミの手を放すわけないじゃないスか。ていいつつも,そんなべっとーてナメクジみたいに地面に張り付かれてたんじゃさすがのアタシも抱き上げにくい。とっとと浮上してもらうために……」

ちょっと煽らせてもらっただけっスよん。
開いた扇の後ろでへらりと笑ってみせる。
しかしその眼は決して笑っていない。

さあ取れと差し出された手に,縋りつくのではだめなんだ。
それを叩き落として自分で立ち,横っ面張れるくらいじゃないとこいつの隣にはきっと立てない。
まだ,俺は弱い。
それは事実。
でも,でも,でも――。

「浦原」
「はいな?」
「俺はまだ強くなれるのか」
「ええ」
「本当だな」
「モチロン」

震える膝に力を入れた。
身体中に激痛走る。
これじゃあ痛くねえとこ探すほうが大変だ。

「帰る」

宣言して一歩踏み出した。
がくりと身体が揺れる。
なんとか持ち堪えたと思ったら,浦原の手が腕を支えていた。

「ひとりで歩ける」
「……うちまで何時間かけて歩くつもりっスか?」

支えた腕をそのまま引き寄せると,浦原は一護に口付けた。
一護が首を仰け反らせて避けようとすると,切れた下唇に容赦なく歯を立てられた。
差し込まれた舌には何かが載っていて。
かすかに甘い,錠剤か。
薄く眼を開いて睨みつけると,自分以上に滾った瞳にぶつかった。

なんでコイツが怒ってるんだよ。
わかんねえ。
わけわかんねえ。

鉄錆の味が甘い。
違う,甘いのは薬。そして多分浦原の舌。

甘やかすなと怒鳴ればいいのか。
でもこれって甘やかすのとは違うだろう。
突き飛ばすにも腕に力が入らねえ。
ああ,これを飲み下せばいいってか?

流し込まれた唾液の助けを借りて,その粒を飲み干した。
途端,一護の身体から意識が飛んだ。

「やれやれ」

浦原はくたりとした一護の身体を抱き上げると,そのこめかみに口付けた。

「起きたらまた,勉強部屋でレッスンですよン。アタシが盾になってキミを守るのは簡単だけど,そうさせてくれるキミじゃない。」

人気の絶えた街に一陣の風が吹く。
浦原は羽織の裾を翻し,下駄の足音も高く店への道を戻り始めた。

Fin
(2005.09.21)





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