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Syrop

-- awareness of the heartbeat --





「あっちー!なんだよこの暑さ! 見ろこの汗。ありえねえ,秋はどうした!!」

浦原は縁側に足を下ろした格好で腰をかけ,柱を抱くような格好で煙管をくゆらせていたが,その声を耳にすると,手を後ろにつき「オヤ,いらっしゃい」と仰向くようにして一護に声をかけた。

そういえば,今日は暑いような気がする。
たった今までなにも感じていなかった皮膚が,急に日差しの熱を吸収し始めた気がした。
逆さまに像を結ぶ一護の姿を眺めながら我が身の現金さを嗤う。

「あちー。あっちー。俺暑いのだめなんだよ。あーもう! 浦原,アイス食う?」
「アイス…っスか?」
「おう。いつもテッサイさんにご馳走になってばっかで悪いんで,…コンビニのだけど買ってきたんだ」
「あらま,それはお気遣いを」
「オマエにじゃねえよ。テッサイさんにだ!」

甘いものに目がない一護は,餌付けよろしく浦原商店の厨房担当,テッサイによく懐いていた。
浦原はそれを内心は面白くなく思っていたが,それで一護サンがちょくちょく顔見せてくれるなら…と黙認する形をとっている。

「残念なんスけど,テッサイ今日留守なんですよ。ちょっとお使い頼んでまして」
「みたいだな」
「へ,知ってたんスか?」
「ああ。ここに来る前台所覗いたら張り紙してあった」
「…いつの間に」
「だからテッサイさんたちの分は冷凍庫にしまってきて,ほら,これオマエ用」

ひょい,と一護が取り出したのはカップのカキ氷のみぞれ味だった。

「また渋いのを」
「だってオマエあんまし甘いの好きじゃねえじゃん。クリームとか食わないだろ?」

自分用に買ってきたコーン型のアイスクリームの包装紙を剥がしながら,なんでもないというように一護は云った。
浦原はそれを見て,ちょっと目を細める。

確かに自分はクリームなどこってりした甘みは好まない。
こってりしたというよりも甘いもの自体がさほど好きではなかった。
長年浦原の身の回りの世話を手掛けているテッサイはそこのところを良く知っていて,食事や茶菓子にも気を配っていた。
それでも一護が尋ねてくるようになってからは料理人の血が騒ぐのかやれケーキだ,ババロアだ,と新しいものに取り組んでいた。
そういうときは大概一口二口食べた後,顔を上げれば物欲しげな一護の目とぶつかる。
「いります?」と目で問えば否はない。
別段好きではないと意思表示をしたつもりはなかったが,いつの間にそんなところまで見られていたのか。

「好きじゃないわけじゃないっスよ。いつも食べてると一護サンの熱い視線をひしひし感じるんで,ついつい根負けしてるだけで」
「嘘付け。顔が違うんだよ」
「へえ?」
「気づいてねえの? あんまし好きじゃないもん食うと,オマエすっと表情なくなるんだよ。強張るってほどでもないけど,ほんの少し,な」

今度は本当にびっくりした。確かに一護はひとの気持ちに聡いところがあるとは思っていたけれども,巧妙に感情を隠す術を身につけている自分の変化にまで気づいていたとは。
その驚きがまんま顔に出たのか,一護は得意げに浦原が苦手としている食べ物を羅列しだした。

「まずバターがあんまし好きじゃねれえだろ? それから酸味の強いコーヒーもな。ぼろぼろと食べにくいミルフィーユのときも変な顔してた」
「そりゃ食べにくいからでしょ。別に苦手なわけじゃないっスよ」
「いーや。オマエ手がかかる食い物みんな好きじゃない。っつーか,食うことなんかどうでもいいって思ってるだろ?」
「……それは」
「図星だな」
「なんかヤな感じっスね…」

口をへの字に結んでかき氷のカップを弄ぶ浦原に愉しげに一護は笑う。

「前にテッサイさんと喋ってたんだけど,俺が来るようになってから,俺がここでメシ食って帰るとオマエが食卓に必ずついてくれるから助かるって」
「…テッサイったら」
「あ,帰ってからテッサイさんに当たるなよ? んなことしやがったらしばらく口利かねえからな!」

云い終わるや否や,一護は食べ終えたアイスクリームの包み紙をくしゃくしゃと丸めて先ほどまでアイスクリームが入っていたビニル袋に捨てた。
それから浦原の手の中で溶けつつあるかき氷のカップを取り上げると自分でそれを開け,木の匙でしゃくしゃくとかき混ぜた。

「ほら」

ちんまりと匙の上に載った透明の氷が差し出される。
浦原はほんの僅か目を見開いた後,黙って口を開けた。
氷は口の中でしゅん,と溶け,うす甘い水になった。
一護はしゃくしゃく,とほら,と繰り返す。
浦原は黙って口を開ける。
三度に一度は一護の口にも氷が放り込まれた。

「意外とうまいのな」
「そ?」
「ああ。後で水が欲しくならないような感じ?」
「一護サンは水じゃ我慢できないでしょ」
「は?」
「サイダーとかラムネとか」
「ンなことねえよ!」
「そっスか?」

くつくつ笑う浦原に憮然とする一護。
確かにここで水を飲まされたことはほとんどなかった。
ラムネやサイダーやカルピスなどの甘い飲み物を始め,大振りの薬缶で芯まで沸かしたお湯で煮立てた麦茶とか,汲みたての井戸水で一晩かけて水出しにした色の綺麗な緑茶とか。
滅多にない事ではあったけれど浦原手ずからコーヒーを点てたこともあった。

「俺,もしかして甘やかされてる?」
「は?」
「や,よくよく考えたらそんな気がしてきた」
「何云ってんスか。一護サン,アタシのお客様じゃないですか」
「客ってこんな入り浸ったりしねえだろ」
「アタシが会いたいんスもん」
「もんとか云うなオッサンが」
「オッサン……」

がくりと項垂れて見せる浦原を一護は眉間の皺を解いて笑う。
浦原は一護の手からカップを奪うと,すっかり溶けて甘い水になってしまったかき氷の残骸を一口含んだ。

「うう,甘い」
「当たり前だろ,虫歯になるぞ」
「じゃあ,一護サンも共犯」

一護の言葉ににやりと笑うと余したそれを一気に口に含み,頬を両手で掴んで引き寄せ口づけた。
差し込まれた舌を伝って甘い汁が一護の喉に流れ落ちる。
一護はこくん,と喉を鳴らして飲み込むと「うえー」と顔を顰めた。

「なんスか,うえーって」
「甘い」
「だから云ったでしょ?」
「水…」
「持って来ましょ」

浦原が立ち上がり部屋を出て行った。
一護はごろりと仰向けに横たわり,縁側から庭に下ろした足をぶらぶらさせた。
目を閉じる。
浦原のやわらかな唇の感触が蘇る。
いつからだろう。慣れたのは。
慣れた,というのとは少し違うのかもしれない。
驚かなくなった。
驚いてもその振幅を堪えることができるようになった。
恐いことではないと教えられた。

教えられた?

「まー,アイツにしてみたら犬だの猫だのに芸を仕込むようなもんなのかもしんねえな」

声は自分が思っていたよりも沈んでいた。
馬鹿だ。
自分の言葉に自分で縛られて。
なんていうんだっけこういうの。ああ,自縄自縛。

『一護サン,好きですよ』

声を思い出す。

『一護サン,こっち来て?』

触れる指を思い出す。

『一護サン,抱かせて』

搦めとる視線を思い出す。
自分を欲しいと云う浦原がいる。それは確かで。

それ以外に何が要る。

「一護サン」

ほら,名を呼ぶ声が。

「一護サン」

何度でも聞こえる。

「一護サンてば」

あ,本物だ。
一護が目を開けたのと,浦原の唇が重ねられたのは同時だった。
睫毛の触れる距離で眼差しが交差する。
触れた唇からは冷たい水が染みている。
一護は浦原の意図を解して口を薄く開いた。
先ほどの甘い水とは違う,乾きを癒すための冷たい水が舌を伝う。

喉を鳴らしてこくん,と飲み干せば舌が違う熱を帯びた。

「浦原」

掠れた声で名を呼べばオパールの遊色効果のように揺れる瞳が「何?」と答えた。

「好きだ。オマエの事」

それは唐突な告白。
浦原は瞬間目を見開くと,そっと瞼を下ろし,口付けを深く濃密なものへと変化させた。

好きですよ。アタシも。

一護は耳ではなく触れた肌からその言葉を聞いた。
信じるに足りる告白を。

Fin
(2005.09.21)





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