re;



夏の色を探して

-- girasole --





かちゃかちゃと音がする。

浦原は自分の肘を枕にごろりと横たわり,転寝でもするように閉じていた目を片方だけ薄く開いた。
瞳だけ僅かにあげた視線の先にあるのは筆を操る一護の顔。
不機嫌というよりは無心。
トレードマークの眉間の皺も常より浅く,時折唇の端をぺろりと舐めながら画板に置いた画用紙と庭に咲いた一輪の背の高いひまわりを交互に眺める。

夏休みの宿題,なんだそうだ。
小学生じゃあるまいし,と苦々しげに呟いた一護の表情を思い出す。
苦々しげなのにどこか楽しげで,二重底の表情なんてこの子にしちゃ珍しい,と浦原は片眉をひょいとあげながら思ったものだった。

「絵,描くの好き?」

俯せになって頬杖をついた格好で一護を見上げる。
一護は「んー?」と視線は手元に置いたまま,やはり上機嫌な声で答える。

「絵っていうかこれが好きなんだよな。水彩絵の具」

傍らに置いた少しひしゃげた紙の箱から銀色のチューブを取り出す。
小指の爪の先ほどの大きさの灰色の蓋を毟るように外し,つるりとした白いパレットの上に絞り出す。
濡らした筆先でわずかに取り,いくつか混ぜて満足のいく色を作り出す。

山吹色にほんの少し朱を混ぜて花弁を染めていく。
影の部分は黒を少し。
光の部分は白を刷いて。

鼻歌でも口ずさみそうなその様子を浦原はたいして面白くなさそうな顔で眺めている。
へえ,と気のない相づちにそれを感じ取った一護が瞬間手元から目を逸らし,浦原を見た。

「オマエらしくもねえ」

くふりと笑う。
綻ぶようなその笑みに瞬間見入った浦原は頬杖を崩しぱたりと倒すとそこに頬を付けてそっぽを向いた。
伸ばした指が縁側のガラス戸の桟をなぞる。

「あとちょっとで終わるから」
「ちょっとってどれくらい?」
「ガキみたいなこと云ってんなよ。邪魔するとデコに「肉」って書くぞ」

筆先に黒い絵の具を染ませた一護の手がひょい,と伸ばされる。
浦原は「肉ってなんスか。ありえない」と顔を伏せてそれを避けた。
ふっと一護が笑う気配。
かちゃりと筆が水入れに落とされた音がして,髪がくしゃりと掻き混ぜられた。

「……一護,サン?」
「なぁ,あのひまわり,どうしたんだ?」

無法地帯のようなこの庭が,実は精巧に丹精されたものだと知ったのは先日のこと。
薬草や毒草,実のなる木。無造作にあちこちに配置されたように見えるそれぞれが実は適材適所に配されている。
それをするのは傍らに寝そべるこの男ではなく,この家のすべての家事をとりしきるテッサイである,と茶菓子に出された水羊羹を竹楊枝で切り分けながら聞かされた。
それなのに,そこに咲く一輪の背の高い,庭と外を区切る板塀よりも花の頭をぐんと突き出したひまわりは,どう見たって不似合いだった。
そう思って発した問いだったが浦原からの答えはない。

髪を掻き混ぜる指の感触が気持ちよくて,浦原はされるがまま。
けれども視界の端にも映らないそのひまわりは,閉じた瞼の裏にくっきりと描くことができる。

商店のお得意さんの小学生が「学校で取ったの」と種を一粒お裾分けしてくれたのはもう何年も前のこと。
髪をおさげに編んだあの子は今はいくつになるんだろうか。
貰った縞模様の種を気まぐれに庭に放ってみた。
しばらくすると双葉が出た。熱心に水をやるわけでもなく,そのまま再び忘れていたのだけれど,時期がくると見事に花を咲かせた。
見事と云ってもその姿は小振りで,ちょうど子どもの背丈くらい。
しかしその姿は眩しい眩しい太陽にも似た鮮やかさで。
枯れるまで,最後の息が途切れるまで,夏中ずっと眺めていた。
枯れた後に残されたのは数粒の種。
その中から気まぐれに選んだ一粒を,次の年,また庭に蒔いた。
再び季節が巡り時期がくれば花が咲く。前年のものよりも背丈が伸び,大きい花が,そう,自分が見つめ続ける子どもの髪の色と同じ色の花が咲く。
庭に出るのが愉しみになり,縁側にいる時間が長くなる。
蝉時雨と風鈴の音を聞きながら,穏やかな気持ちで花を眺める。
天に向けてまっすぐ伸びる茎の健やかさ。
花で葉で,つよい夏の日差しを余すことなく享受する喜ばしさ。
影の一片も見えないその花が咲くのを,浦原はいつしか心待ちにするようになっていた。

「今は花に重ねる必要なんかないんスけどねえ」

口の端に小さく載せた呟きは,一護には届かない。
一護は小首を傾げてしばらく浦原の後頭部を見ていたが,答える気がないのだと断定するとすっと指を外して再び筆を持った。

筆が紙をすべる微かな音と,蝉の鳴くじりじりした声,そして時折ちりんと風鈴が鳴って。
そんな風にして緩やかな時間が過ぎて行く。






「よっしゃ力作!」

画板を外すと一護は凝った肩を解すようにぐるりと首を回し,満足そうに画用紙を眺めた。
その声に物思いを遮られ,浦原はゆらりと身体を起こす。
一護の細い肩にこつんと頭を凭れさすように画用紙を覗き込むと,淡い色彩で丁寧に描かれた大輪のひまわりがあった。
花の後ろには光放つようなうすい青の夏空。
板塀の焦げ茶色が画面の下をざっと走っている。
その端にみつけた,不似合いな色。
緑と白の縞模様は……。

「一護サン,これ?」
「オマエの帽子」

視線を向けると一護はにぃ,と笑った。
その笑顔に誘われるように唇を寄せる。
ほお骨の当たりにちゅっと音を立てて吸い付けば「やめろよ」と笑みを含んだ声がして。
愛しくなって抱き寄せた。

「浦原,暑い」
「でも放さないっスよ?」
「放せよ」
「だーめ」

こめかみに首筋に項に,額に鼻先に余すことなく唇を押し当てる。
身を捩って逃げようとする一護は,いつしかそこに点る小さな熱の灯にあてられて,息を乱れさせて行く。
盛りの花よりまだ鮮やかなその姿態に目を細め,浦原は散らさぬように潰さぬように身体を重ねた。

Fin
(2005.08.16)





Flying colors // Ritsu Saijo presents