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Strawberry fields

-- sweet sweet jealousy --





雲ひとつない青く澄んだ空が広がる冬晴れの日の午後を例によって一護は浦原商店の店主の自室で過ごしていた。
日当たりのよい縁側に座布団を持ち出し,うつ伏せに寝そべると背中一面に暖かな日差しが降り注ぐ。
気持ちいい。このまま眠っちまいてぇ…。
噛み殺すことなく欠伸を漏らし,失せた腕に頬を預けて目を瞑ると部屋の入口で襖戸の開く音がした。転寝する猫よろしく,片目だけ開けると来客で席を外していた浦原が湯呑みと菓子の載った盆を手に入ってくるところだった。

「お待たせしちゃってスミマセンね。その代わり…といっちゃなんですけど,今日のお菓子はちょっとイイのお持ちしましたよン」

云いながら浦原は一護の向かいの座布団に腰を下ろすと灰がかった白い小皿に載った和菓子を差し出した。そこには漉し餡を包んだうす桃色の道明寺餅の上に苺が緑の蔕も鮮やかにちょこんと載った可愛らしい菓子がにつもじが添えられていた。

「わ…すげーな」

ごそごそと身体を起こし解けた声で云う一護に,浦原がひっそりと笑う。

「テッサイさんが作ったのか」
「いいえ。頂き物。可愛いお嬢さんが是非にどうぞ,て持ってきてくれたんスよ」

浦原の視線の先,輝かんばかりだった一護の瞳からするりと色が抜けていく。

「一護サン?」
「へ,え…」

ワンテンポ遅れた相槌はどこか沈んで,菓子皿に伸びていた手は,途中で勢いを失って煎茶の満たされた湯呑みを掴んで下がっていった。
< 沈み込む一護をよそに,普段は滅多に菓子に手を伸ばさない浦原が,自分の分の皿を手に取りつもじで丁寧に一口分切り分け,口に運ぶ。見るともなしにそれを見つめる一護の視線の先,浦原は「いい味」とやわらかな声で呟き,あるかなしかの笑みを口の端に刻んだ。

「一護サンは食べないんスか?」
「…別に」
「別に?」
「あんまし,腹へってねぇし」
「ふぅん?」

云いながらも浦原は更に一口,菓子を切り分け口に運ぶ。
道明寺餅の淡い桃色。
その間から顔を見せる上等の墨のような品のある漉し餡の黒。
そして苺の鮮やかな赤。
一護は自分用にと目の前に置かれた皿の上の和菓子をじっと見つめ,小さくため息を吐いた。

「浦原,ウマい?」
「えぇ」
「じゃあ,コレもやるよ」

そう云うと一護は自分の皿を浦原の方へ押し遣った。
浦原はつもじをくわえたままじ,と押し遣られた皿を見つめ,続いて一護の顔を見た。
一護はと云うと浦原の方を見ることはせず,ふ,と息を吐くと「俺,なんか調子悪ぃみたいだ。今日は帰る」と呟くように云い,ふらりと立ち上がる。そのまま踵を返し,部屋を出て行こうとした。
しかし,一歩目を踏み出す前に,手首を掴まれ阻まれてしまう。

「なに,すんだよ」

一護の声に苛立ちが点る。
浦原は無言で掴んだ手首を強く引き,均衡を崩した一護の身体を,腰に腕を回して抱き寄せた。
倒れこむようにして浦原の胡坐をかいた膝の上に座ることになった一護は,一瞬の空白の後,顔を背けて再び立ち上がろうとする。

「放せ。帰るっつってんだろ!」
「イ・ヤ」

きっぱりと言い放つ浦原の腕は一護が身を捩ったくらいでははずれない。
それどころか背後から覆いかぶさるようにして身体を拘束されてしまい,一護は自分を包む浦原の体温に目眩を覚えた。

「ねぇ,一護サン」

浦原が一護の名を呼ぶ。
一護が応えずにいると,首を傾げるようにして一護の顔を覗き込み,背けられるとその頬に唇を押し当てて更に名を呼ぶ。
一護サン。こっち向いて?ね,一護サン。
低く,甘く,掠れていく声に,一護は身体中の血液が沸騰するような心地がした。
居心地が悪いなんてものじゃない。こんな声,ずっと聴かされ続けたらのぼせて卒倒してしまう。

「も…オマエ,黙れ」

搾り出すような声でそう告げたが,「じゃあ逃げないって約束する?」と即座に切り返された。

「逃げてなんかねぇよ」
「嘘」
「嘘じゃねぇ」
「じゃあ,なんで急に帰るなんて云ったの?」
「…調子悪ぃつったろ」
「嘘」
「嘘じゃねぇ」
「本当なの?」
「…………」
「本当に,それだけ?」

やわらかく,甘い,まるで睦言のような声音で詰問され,一護は嘘を貫き通すこともそれを認めてしまうこともできなくなった。
口をぎゅっと引き結んだまま身体を強張らせる一護を抱き締めたまま,浦原も口を噤む。
部屋に沈黙が満ち,抱き締められて重なった浦原の胸から伝わる鼓動を,一護は背中で聞いた。
規則正しいリズムは一護の中にあった短い棘でびっしり覆われた嫉妬の核を,不安を,焦燥も少しずつ少しずつ解して溶かしていった。

「いーちご,サン」

浦原は腕の中の一護の身体から強張りが解けるのを待って,再度名を呼んだ。

「オマエ,ムカツク」
「え,なんでいきなりそんな話?」
「…全部わかってやってんだろ」
「何がっスか?」

白々しくそらとぼけているが,その端からくすくすと笑みが漏れていて,一護の仏頂面に拍車をかけた。

「るせ。どーせつまんねぇ嫉妬だよ」

完全に不貞腐れきった声で一護は云った。

「認めてくれるんだ?」

どこか嬉しそうな浦原の声に,一護はふん,と鼻を鳴らす。
ここまで追い詰められてシラを切り通すなどできるわけねーじゃねぇか。ばかやろ。
低く罵る声は,浦原の耳には睦言としか聞こえない。

「じゃあ種明かし」

くふふ,と笑うと,浦原は一護を抱く腕からそっと力を抜いた。
すると鎖のように拘束していた腕が,抱き締めるそれに変わる。

「これ,持って来てくれたのって和菓子屋で働いている,ていうお嬢さんでね,変わったヒトなんスよ」
「変わったヒト?」
「えぇ。アタシの惚気を聞くのが大好きだって云って,顔見せては『最近カワイイ恋人さんのご機嫌はどうですかー?』なんてにこにこしながら云う」
「げ,なんだそれ」
「このお菓子も『新商品の試作なんですけど見た瞬間「あ!」て思って。ぜひぜひ店長さんのカワイイ子に食べさせてあげてくださいね』って昼休みにわざわざ仕事抜けて持ってきてくれたんスよ」
「や,ちょっと待て。あのさ,オマエさ…」
「ハイ?」
「そのお客に,俺のことべらべら喋ってんの?」

深刻な,そして否定の答えが返されるのを祈るような声音で云った一護に,浦原はあっけらかんと「えぇ」と言い放った。
一護はごふっと変な声を漏らした後,無言でふるふると肩を震わせた。

「一護サン?」

心配げな声音で名を呼びながらひょい,と顔を覗き込んできた浦原に,一護は渾身の力で頭突きをかます。
ごちん!と鈍い音の後,「いったぁぁぁ…」と浦原がこめかみの辺りを押さえてばたりと背後に倒れこんだ。

「い,一護サン酷い…」
「ひどいのはどっちだ!こンのばかたれ!」
「ばかたれって…。馬鹿より低くないスかそれ」
「低いも低い,最低だ!ぎゃあ!オマエ他にもべらべら喋ってんじゃねーだろうな!どうすんだよ俺,どんな顔してこれから街中歩きゃいいんだ…」

背中を丸めてくしゃくしゃと頭を掻き毟る一護に,浦原は鈍く痛むこめかみを掌で押さえたままよろよろと身体を起こし,ばふっと背中から覆いかぶさる。

「重い。どけ。テメェの顔なんざ見たくもない」

氷点下の声音で一護は云った。

「一護サァン…」
「知るか。クタバレ。放せ。変態下駄ボーシ」
「…仮にもソレ,恋人に云う台詞?」
「だ,誰がこ,こい…!」

『恋人』という単語すら照れてまともに発音できない一護に,浦原はああもうまったく,と苦笑いのため息を漏らすと「だーいじょーぶ」と云いながらこつん,と頭を一護にぶつけた。

「何が大丈夫だってんだ。ちっとも大丈夫じゃねぇよ」
「アタシはカワイイ恋人の話は彼女にしましたが,別に一護サンの名前は出してないですもん」
「へ?」
「一護サンと彼女はここに来る時間帯も全然違いますし,第一一護サンだって彼女の顔,知らないでしょ?」
「あ,あぁ…そうだな」
「てことは,彼女もアタシのカワイイ恋人が,一護サンであるってことは知らないってことになりません?」
「…なる,のか?」
「なるでしょ」
「そ,そっか…」

そっか。え,でもいいのか?それでいいのか俺?
まだぶつくさ呟き続けている一護に,浦原は手を伸ばしてその頬に触れた。
そのままひょい,と一護の顔を自分の方へ向かせ,焦点の合っていない瞳を覗き込むようにして見つめたまま口付ける。
錯乱→混乱→沈静,と少しずつ落ち着きを取り戻していた一護の頭は,その瞬間真っ白になり,大きく目を見開いたまま浦原の口付けを受けることになった。
見開いた瞳の先,伏せられた浦原の瞼の縁を縁取る睫を「長い」と感じ,その奥から覗き込む瞳を「きれい」だと感じる。
そうして不似合いに冷静に浦原を観察する頭をよそに,唇から伝わる甘いやわらかさに背骨から力が抜けていき,唇に軽く歯を立てられたまま引っ張られ,ぷるん,と放されると,完全にくたりと脱力した。

「…ばぁか」

浦原の肩口に額を押し付け,一護は呟く。

「機嫌,直りました?」

ぽんぽん,と宥めるように背中を叩かれ,知るか,と返す。
一護はくそ,と云いながら顔を挙げると,腰を抱く浦原の腕をそのままに,菓子皿に向かい手を伸ばして薄桃色の和菓子をつまむと,大きな口を開けて放り込んだ。





Fin
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