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朝寝のすゝめ

-- lie in bed late in the morning alone with you --





ずしり。
圧し掛かる重さ。
その重さの正体がわかるあたりで俺ってもう終わってる…。

苦々しく思いながら一護は重たい瞼を開いた。
かくしてそこには一護の胸の上に頬杖をついてじ,と見下ろしている浦原の顔があって。

「…重てぇ。どけ」
「オハヨウゴザイマス」
「…どけって」
「オハヨウゴザイマス。一護サン」

目深に被った帽子の鍔の下からへらりと笑う瞳に見下ろされ,一護は深々とため息を吐く。

「おはよ。起きたからどけってば」
「うふふ。もうちょっと一護サンの寝顔見ててもよかったんスけどね」

まったく理解できない(というかしたくない)台詞を吐きながら浦原が退くと,一護はようやく楽になった胸いっぱいに酸素を吸い込み,のそのそと身体を起こした。

「で,なんの用だよ」
「着替えて。出かけますよン」
「ハァ?」
「四の五の云うならアタシがやってあげますけど」
「いや,その前に理由とか,事情とか」
「時間がないの。どうする?アタシがやったら多分ただ脱がすだけじゃ終わらな」
「着替えりゃいいんだろ!」

手に触れた枕を掴むと渾身の力でもって浦原に投げつけて,一護はベッドから降りた。
クロゼットから取り出したジーンズとTシャツを着込み,一瞬迷って厚手のパーカを羽織る。
ゴールデンウィークも終盤を迎え,春は遠のき初夏の陽気が続いていた。
昨日の天気予報では最高気温は二十一度となっていたけれども,流石にこんなに早朝じゃ半袖姿だと風邪を引く。

早朝?
早朝にも程があるだろ。
枕もとの目覚まし時計は四時半を少し回ったところを指していた。

慌しく着替えを済ませて寝癖もそのままに抜き足差し足で家を抜け出すと,外は夜明けをようやく迎えたばかりなのだろう。東の空がうっすら明るくなっていた。
雀の声もしたりなんかして,一護は込み上げた欠伸を堪えることなく宙に放った。

ありえねぇくらい早起きだ…。
呆然としたまま空を見上げていると隣に並んだ浦原が当たり前みたいに指を絡めてきてそのまま手を引かれ家から少し離れたところに停められていた軽のワンボックス車に押し込まれた。

仕入れ用に使われているらしいその灰色の車は普段は店の横の車庫に停められていて,雨の日だとかたまぁに浦原が家まで送ってくれるときに一護も乗ったことがある。
助手席に座ってシートベルトを締めながら隣を窺うと,「一護サンところに置いておいて」と肌身離さず持ち歩いている愛用のステッキを差し出された。
そのステッキが死神の命とも云える斬魄刀であると知っているため足元に置く気がしなくて抱え込もうとすると「足元でいいっスよ」と苦笑いの声で云われた。

「え,だって」
「たとえ紅姫だって一護サンの腕に抱かれたらアタシが正気じゃいらんない」
「オマエ…朝から頭沸いてんの」

 嫌そうな顔をしながらも条件反射で赤くなる顔を隠しながらそう返して,一護は抱えたステッキをそっと足元に置いた。

「で,どこ行くって」
「ナイショ」
「あのなぁ…」
「嘘。土手まで,ね」

土手?
何しに?

首を傾げる一護を乗せて,車は走り出した。





***





車の揺れが心地よく,窓に頭を凭れさすようにしてうとうととしていると,肩をそっと揺すられた。

「着きましたよン」
「あぁ…」

ふあ,と欠伸を漏らして車を降りる。
降りたそこは浦原の宣言どおり町外れを流れる川の土手で一護はううん,と身体を伸ばしながら浦原の後を追った。

「ここで何すんの」

手にしたステッキをぶらぶらさせながら朝露を多分に含んだ草を踏みしめて先を行く浦原の背にそう問いかけると,浦原はす,と腰を屈めて足元に生えていた草の新芽を摘み取った。


「これ。よく覚えて」
「…よもぎ?」
「そ。一護サン,こないだテッサイにリクエストしたでしょ。草もち。その材料」
「え…マジで作ってくれるんだ?」
「あぁ見えてもテッサイは一護サンのこと大のお気に入り,スからね…」

 心中そのままの複雑な声音で云った浦原をあっさり無視して一護は「やった!」と嬉しそうな声を上げた。

「それ,もう一度見せろ。葉っぱ手当たり次第でいいのか?」
「茎の部分はえらい硬いそうなんで,新芽だけって云ってましたよン」
「新芽…。ん,わかった」

俄然やる気が湧いてきてパーカの袖を腕まくりする。
よっしゃ,と気合を入れる一護をよそに視界の端では浦原が口の端でうすく笑いながら懐から取り出した紙巻煙草に火を点けていた。
吐き出した煙が朝靄に解けるのを眺めるように視線を遠くにやりながらゆっくり一護の後についてくる。

草もち,自分じゃ食わねぇくせに,な。
一護は下駄の歯が草を噛む音を聞きながら緩みそうになる頬をぐいぐいと擦った。
そうしないとだらしなく笑み崩れてしまいそうだったから。

思ったままを口にしようものならナニをされるかわかったものじゃない。
だから絶対に云ったりはしないけど。
云ったりは,しないけど――。

「浦原」

つい魔が差した。

「ハイ?」
「さんきゅ,な」
「どう致しまして」

咥え煙草の浦原がふわりとやわらかな笑みを浮かべた。





***





「そろそろいいんじゃないスか?」

やわらかな早緑の新芽を目に映る端から摘み取り袋に入れていく。
膝に負担がかかるのも,腰がじんわり重くなるのも気にならなかった。
時折浦原が口ずさむ微かな鼻歌に意識を攫われたが,あとはひたすらよもぎを摘んでいた。

気づくと提げた袋はずしりと重たくなっていて,とんとん,と揺すっても嵩が減る様子は見られない。

「欲張り過ぎたかな」
「余したらアイスクリームにするって云ってましたよン」
「アイス?よもぎの?」
「えぇ」
「も少し摘むか」
「それだけあれば十分でしょ。ていうかアタシがもう限界…」

くああ,と欠伸を漏らして目尻に浮かんだ涙を手の甲で拭いながら浦原が云う。

「そら眠いだろ…。だって何時だよ今」

起こしに来るのが早すぎんだっつの。
苦笑いでそういうと浦原はくすりと笑って手を伸ばし,一護の髪をそっと梳いた。

「なにすんだよ」
「寝癖」
「オマエのせいだろ。寝癖直す暇もなしに引っ張り出しやがって」
「あはは。でも草もちには朝摘みのもち草使うのが一番なんですって」
「へぇ…」
「コレ届けたら少し眠る?」
「俺は別に,もう目ぇ覚めたし」
「でもまだ六時にもならないんスよ?」
「じゃあ家帰る」
「何,アタシに一旦コレを店に届けた後にまた一護サンちに戻って来いって?」
「…どうしてそんな話になるんだ」

ため息に苦笑いが滲む。
朝露に濡れてつめたくなった指先がふんわり温かくなる心地がした。

「寝るのはいいけど,オマエ,変なことすんなよ」
「変なことって?」
「き,聞き返すなよ」
「変なことってナニ?」
「その顔ムカツク」
「変なことって,たとえば?」
「たとえば…なんつーかアレだ。不用意な接触!」
「用意した接触ならいいの?」
「オマエもう口利くな…」

かぁ,と赤くなった顔を背けて歩きだせば,するりと伸びた手が手首を掴んでぐい,と引いた。
反転した身体を正面からぎゅ,と抱きしめられて,身を捩って押し退けるよりも早く真っ赤になってるだろう耳殻にちゅ,と口付けを落とされる。堪らなくなって背中をばしばしと叩くと「痛い痛い!……でも止めない」笑みを孕んだ低い声でそう囁かれた。





***





「おい,浦原」
「なんです」
「手,離せよ」
「大丈夫。この車オートマだもん」
「や,俺が云いたいのはそういう問題じゃなくて…」

一護は自分の右手を包み込むようにして握る浦原の左手を困惑気味に見下ろした。
浦原の運転が巧いのは知っている。
だからってコレはいくらなんでもどうかと思う。

そのくせ振り払おうとしないのは,普段はひんやりとつめたい浦原の掌が眠気のせいかほっこり温かくなっている,そのせいで。
身体中すっぽり抱き込まれて眠るあの心地よさを思い起こさせるから。

口をへの字に曲げたまま外を眺める一護との横で口の端をやわらかに笑みのかたちに引き上げた浦原は危なげない手つきでハンドルを操作する。
結局,浦原商店の車庫までその手は繋がれたままだった。





***





「もう駄目。限界…」

車から降りて施錠するなり浦原は一護の背に覆いかぶさるようにして脱力した。

「げ,ちょッ!重いって浦原ッ!」

時刻はようやく六時を回ったところで,大声を出していい時刻じゃない。
そうはわかっていてもずしりと重たい浦原の身体は一護が引き摺っていくには荷が勝ち過ぎた。
というか首筋に触れる髭がくすぐったくて。
勘弁してくれ,とばかりに一護は声を荒げた。

「おい,コラ!目閉じるな。起きろ!」

袋を提げたのと逆の手で身体をがしがし揺さぶると,揺さぶれるまま浦原の頭がぐらぐらと揺れる。
マジかよ…。
げんなりした一護が途方に暮れていると,からからから,とサッシ戸が開いてテッサイが顔を出した。

「おや,これはこれは黒崎殿。おはようございます」
「あ…おはようございます。テッサイさん」
「それはもち草,ですかな?」

草履をつっかけ降りてきたテッサイに一護は提げていた袋を「あ,そう。量とかわかんないから袋一杯取ってきたんだけど」と云いながら差し出す。
テッサイは袋の口を寛げて中から一摘み葉を取り出すと「やわらかそうでいいもち草ですな」と相好を崩した。

「では,これは私がお預かりしましょう。黒崎殿,お手数ですが店長を宜しくお願いします」

深々と一礼し去っていくテッサイを見送って,一護は再び途方に暮れた。
肩の上ではすぅすぅと寝息が聞こえ出している。
狸寝入りじゃねぇだろうな…。
そう思いつつも自分が食べたいといった草もちの為に朝早くから車を出してくれた浦原を疑うこともできかねて,一護は小さく息を吐いた。
そして自分より一回りはがっしりとした浦原の体躯を支えると,庭先から部屋に上がるべくゆっくりと歩き出した。





***





「…コイツ,寝ないでそのまま来たのか」

庭に面したサッシ戸の一番端を引き開けてその向こうの障子戸も潜ると,ピン,と張られたシーツもそのままに浦原の布団が敷かれているのが目に入った。
一護は抱えていた浦原の身体から羽織を脱がせると上掛けを剥がした布団にそっと寝かせた。

枕元に胡坐を掻いて浦原の寝顔を眺める。
枕の上で散る月色の髪。
一筋指に絡めてそっと梳けば,指どおりは滑らかで一瞬の後にはもうその感触は曖昧だ。

まるでコイツ自身みたいんだよな,と一護はひとりごちる。
指を絡めてかたちのよい額を露にすると,ほんの少しの躊躇の後,そこに唇を押し当てた。

浦原が目覚める気配はない。
珍しくも本当に寝入っているらしい。
すぅすぅと繰り返される穏やかな寝息に,一護の口からもふあ,と欠伸が漏れた。

パーカだけ脱いで浦原の傍らにそっと身体を滑り込ませ,上掛けを被る。
当たり前のように腕が伸びてきて背中からすっぽりと抱きこまれてしまうのを感じながら一護は限界まできていた瞼をそっと閉じた。

三千世界の烏を殺し
        主と添寝がしてみたい――

眠りに落ちる刹那,一護は先ほど浦原が口ずさんでいた鼻歌が都都逸であったことを思い出した。
結局,草もちを餌に釣られたのは自分の方だったのかもしれない。
頭を過ぎったそんな考えは,眠りの淵に溶けて消えた。






Fin
(2007.06.22)





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