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夏の終わりに

--the end of summer, sky bloomer-





「一護サン,今日,花火見てきません?」

畳みに横たわり,肘を枕にぷかりぷかりと煙管をふかしていた浦原は,文机に向かう一護の背中にそう声をかけた。
しかし返ってきたのはかりかりかりかり,とノートにペンを走らせる音だけ。

「一護サーン?」
「………………」

一護が今取り組んでいるのは夏休みの課題の再提出分だった。
完璧を期して出さなければならなかった数学の課題に誤りがあったらしい。
浦原の部屋に来るや否や,仏頂面で「1時間机貸してくれ」と言い放ち,そのまま腰を据えてかれこれ一時間半が経つ。

殺気すら感じられるほどの集中に,浦原は言葉をかけるのも自粛して,畳に転がりずっと煙管をふかしていた。
世界にはいろんなものがあるっスけど,一護サンのカラダくらい見ていて飽きないものってないっスよね…。
少し背が伸びた。筋肉がついた。
その分脂肪が絞れて,少しずつ少年の殻を脱ぎ捨てていく。

幼い恋人の成長を喜ばしく思う,というのには聊か欲に満ちた感想ではあったが,そんなことを考えながら見るともなしに背中を眺めていたのだった。
しかし約束の一時間を経過し,そろそろ退屈の虫が騒ぎ出してきた。

「いーちーごーサーン?」

ずりずりと畳を這っていって,制服のシャツの腰のところをつんつん,と引っ張る。
無反応。
ごろんと仰向けに横たわり,煙管の煙をふわっと吐いてみる。
あ,こっちを見た。

「浦原」
「はいな」
「後1時間」
「絶対?」
「ああ,終わらすから,頼む」
「じゃ,もひとつ約束くださいな」
「あ?」
「今日,花火うちで見てってください。アタシと一緒に」
「花火?祭なんかあったっけ?」
「約束,してくれます?」
「今何時だ?」
「五時半」
「晩メシ…」
「もちろんうちで。テッサイには話しておきますんで。おうちにはアタシが電話しときましょ」
「………わかった」

課題に頭が縛られたままなので,深く考えることもなく一護は頷いた。
浦原はにこりと笑うと「それじゃごゆっくり〜」と声をかけ,煙管を手にしたまま起き上がり部屋を出て行った。

「テッサイ,テッサーイ?」

廊下を遠ざかっていく浦原の声を聞きながら一護は「花火,ね」とひとりごち,ため息をひとつ吐くと再び課題に向き合った。




「よっしゃ終わった!」

手にしていたシャープペンシルを開いたノートの上に置く。
ぎゅっと握り締めていたため中指の第一関節がじんわりと痛んだ。

「これで文句は云わせねえぞあのクソ教師!」
「お疲れ様。さてさて,じゃあ次はアタシの番だ」

んーと伸びをする一護の手首をひょい,と掴み身体を仰け反らせると,浦原は素早く口付けを落とした。
柔らかい唇を二度三度味わうように食んでからそっと放す。
突然の出来事に反応し切れてない一護に「今のは延長分の利子ってことで」とへらりと笑った。

「な,なにが利子だ!!」
「ええーだって一時間で終わるって云ったのに,結局二時間半もかかったじゃないっスか」
「しょうがねえだろ。課題なんだから」
「しょうがない。確かにしょうがないっスけど,その間のアタシの寂しさはどうしてくれるんスか?」
「寂しいも何もオマエひとの後ろでごろごろしてただけじゃねえか!!」
「ま,ヒドイ!! アタシは一護サンが構ってくれないから仕方なくひとり寂しく煙草吸ってたってのに」
「仕事しろ!!」
「ぶっぶー。店長ってのは店の管理をするもんで,忙しなく立ち回るものじゃございません」
「いい大人がぶっぶーとか云ってんな!」

噛み付くように睨み付けてくる一護に,浦原はもう一度口付けを落とす。

「あんましごちゃごちゃ云ってると,キスだけじゃなくて……いいんスか?」
「わ!?」

浦原の声音と眼差しに,一護の顔色が変わる。
おまっ!卑怯だぞ!!
ざざっと身体を引いて引きつったその頬っぺたを浦原は,つんと突いてさあさあ,お勉強終わったんだったらごはん食べに行きましょ。テッサイが支度してるはずっス。その後はお風呂で,出たら庭で花火〜♪と上機嫌そのものの調子で一護の手を引いた。

「オマエの上機嫌ってなんか恐い」
「……一護サン,あんまし穿って物事見るのは可愛くないっスよ」




身体の底を突き上げるような轟音が響く。
そして夜空に咲くのは大輪の花。
一護は浦原と並んで縁側に腰を下ろすと,色とりどりの花火に言葉もなく見入っていた。
9月半ばの土曜日に祭があるとは思わなかった。
しかしテッサイに事情を尋ねると,隣の市の花火大会が雨で順延になったらしい。
当初は中止の予定だったそうなのだけれど,市民の強固な要望でもって今日に順延になったとのこととだった。

「残暑厳しい折とは云え秋は確かにすぐそこに来てるのに,花火見物とはオツなもんスね」

花火の轟音に消されないように,浦原が一護の耳元でそう囁く。
確かに花火の上がっていないときは,辺りに響くのは秋の虫の音。
風呂上りの身体を撫ぜる風も冷たいとまではいかなくとも夏特有のべたっと張り付くような感じはない。

「うわ,すげえ…」


浦原の言葉に無言で頷くと,また一つ空に大きな花が咲いた。
思わず感嘆の声が漏れる。

「菊星っスね」
「オマエ,花火の名前もわかんの?」
「細かいのまでは知りませんけど」
「へえ…」
「あ,今度のは牡丹」
「どこで見分けんの?」
「菊は線になって落ちる。牡丹は玉がぱっと散るように落ちる…て感じっスかねえ」
「ふうん…」

視線は空に据えたまま一護は相槌を打つ。
そしてその傍らで浦原は空ではなく一護の瞳の中に咲く花火を見ていた。

「なにじっとこっち見てんだよ」
「花火見物」
「は? こっち見てたら見えないだろうが」
「見えるっスよ」
「適当なことばっか云いやがって」

一際大きな音がした。
浦原の背後では「すげえ」「うわあ…」「お見事ですな」「絶景じゃ」夜一や店員たちの感に堪えた声が響いた。
一護の瞳も一際大きく見開かれて,それに吸い寄せられるように浦原は口付けをしかけた。

「なにすんだよ!花火見ろ馬鹿!」

視線を空から浦原に据えて,一護が低く怒鳴った。
すぐそこにはみんながいるのに,まったく…。
射るような眼差しで睨みつけると浦原はちっとも動じない。

「アタシは,空に咲く花よりもキミの眼の中に咲く花がいい」

飄然と,けれども甘い声音でそう囁くと,もう一度。
一護の瞳が僅かに揺れてすっと閉じられる。
触れる柔らかな感触に身を任せながら,一護は瞼の裏に花火を見た。







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