Kiss off
-- no herb will cure love. --
「喧嘩?」
一護の顔を見た瞬間,浦原の視線がすっと鋭くなった。
いつもの「おかえりなさい」よりも先に出た言葉は冷えて尖った響き。
「あ…,まあそんなとこ」
曖昧に濁して云う一護に浦原が再度口を開きかけたところに扉の向こうからテッサイの声。
「失礼します。店長,お茶をお持ちしました」
テッサイの手にある盆には地厚の白磁のポットに猪口のような湯呑みがふたつ。
それから小振りの蒸篭が載っていた。
一護の目が期待に光るのを見た浦原は口を突いてでかけた言葉を已む無く飲み込んだ。
「すげえ!蒸篭だ!!」
「風が大分涼しくなってきましたので中華饅頭などこしらえてみました。お茶は鉄観音を。湯を注げば二煎,三煎飲めますのでもしよろしかったら」
「ごちそうになります」
小さな湯呑みに浅い色ながら芳しい茶が注がれるのを一護はじっと見つめていた。
ふ,と視線を上げたテッサイが,しまった,という顔をしたのはそのとき。
「申し訳ありません黒崎殿」
「え?」
「その口許…何か小振りなものをお作りすればよかったですね」
「ああこれ? 大したことないから平気。それよりこの蓋開けていい?」
なんでもないという顔で笑う一護を浦原は冷めた目で見ていた。
うわあ,と歓声を上げて饅頭を手に取り頬張る一護を見て安心したテッサイは「それでは私はこれで」と部屋を出て行く。
静かに引き戸が閉まると,一護はふ,と浦原を見た。
そして手にした饅頭を半分にちぎると「ほれ」と浦原へ突き出す。
「……なんスか」
「どうせオマエ一個食わねえだろ。だから半分。マジでうまいから」
ほれ,とさらに突き出す一護に渋々手を伸ばす。
その不機嫌っぷりに呆れながらも一護は手に残った饅頭に無言で食いついた。
浦原は手にした饅頭を引きちぎり,面倒くさそうに口に運ぶ。
微かに甘みのある皮と,風味豊かな肉汁にたけのこの歯ごたえ。
確かにそれは美味だった。
しかし胸のうちに広がるどす黒い不機嫌を払拭するには足りなくて。
それを窺うようにこちらを見つめる一護の視線にも苛立った。
「浦原」
「…………」
「俺が怪我するたびに不機嫌になるのやめろよ」
「どうして」
「俺がやだから」
あっさり言い切った一護に,浦原は虚を突かれた心地がした。
「肉まんがまずくなる」「鬱陶しい」「俺の保護者かオマエは」
想定していた台詞はそんなところで,どれもこれも一護が発したのとそう遠くはないけれどもどれもこれもなんとなく違う響きがあった。
響きというか,ニュアンスが。
「それって…?」
「は?」
「何が嫌なの」
「何がって…だからオマエが不機嫌なのが」
「どうして」
「………オマエだって俺がここ来てブスくれてたら嫌じゃねえの?」
わけわかんね。
頬の辺りにそうくっきり書かれたような顔で一護は云う。
そしてまた大きな口を開けて肉まんを頬張る。
切れた口の端が引き攣れて痛むのか,瞬間眉間を曇らせるが美味に負けてすぐに晴れる。
単純は美徳。
そんな言葉が浦原の脳裏にぷかりと浮かんだ。
でもね,そんな風だと足元掬われちゃいますよ。
日差しに目を細めるような心地でふつりと笑む。
「ふうん」
「なんだよ。ニヤニヤしやがって気色悪い」
「いやね,嬉しくて」
「あ?」
「せっかく顔見に来てるのに,不機嫌だとつまらない」
「………?」
「そういうことっスよね?」
きょとんとする一護にすっと顔を近づけて,切れた口の端に唇を押し当てる。
肉まんを手にしたままびくっと身体を強張らせた一護の後頭部に手を回し,逃げ道を塞ぐ。
押し当てた唇の間から舌を差し出し,血を舐め取る。
柔らかな刺激に一護の肩が揺れた。
焦らすようにゆっくりと力を注ぎ込み傷を塞ぐ。
痕すら残さず根治すると,血の名残を惜しむようにもう一度舌を這わせ,浦原は顔を離した。
「……っ!!!」
「ゴチソウサマ」
咄嗟に言葉が出なくて真っ赤な顔でひたすら睨みつけてくる一護ににぃ,と笑い,浦原は幾分冷めた茶を啜る。
手にした肉まんを三口で平らげ,「秋ですねぇ」と嘯くと「クソッタレ!」と返された。
不貞腐れ顔のまま遮二無二肉まんを頬張る一護をちらりと見ると,浦原はごろりと横になった。
もちろん頭は一護の膝の上。
「少し膝,貸してくださいね」
「ふざけんな。どけ!」
「一護サンの機嫌が治るまで。せっかく一緒にいるのに不機嫌だとつまらない」
揚げ足取りのように言い放ち,首筋から伝わる一護の体温を感じながら目を閉じる。
一護は浦原の見ていないところで痛みの消えた口の端に指先で触れて言葉にならない複雑な顔をした。
視線の先では膝に頭を載せ目を閉じた浦原の額を風が撫でていく。
剥き出しになった額に,誘われるように唇を落としかけて,ふっと身体を起こすと頭をぶんと一振りして,掌でばちん!と叩いた。
流されて堪るか!
「いったぁ…。何するんスか…」
片目を開けた浦原に「天誅!」と吐き捨てて,湯呑みを手に取り一気に煽った。
そして湯呑みを持ったままちらりと浦原に視線を向けると「これでチャラな」とぽつりと云った。
浦原は手を伸ばして一護の髪をかき混ぜる。
くしゃくしゃと指先を擽る感触に目を細めながら「一護サン,かーわいい!」とふわり,笑った。
Fin
(2005.10.12)
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Flying colors // Ritsu Saijo presents
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