Trick or Treat?
「trick or treat...」
鼻先の触れ合う距離で声。
何かの話をしていたと思う。
浦原は文机に向かい,自分はその傍らで立てた膝にこめかみで凭れて本のページを捲っていた。
互いに生返事。
会話の中身が大事というよりも声が途切れないことが大事,というような。
だから油断した。
腕を引かれて転がされるまで,浦原がすぐ傍に寄って来ていたことに気付かなかった。
ころりと転がされ,逆転する視界の中で失敗を知った。
しかし時は既に遅く両手は指を絡められ,肘を顔の脇に付かれて拘束。
怯んだ顔など見せてなるものか,と睨み付けたらそのまま顔を寄せられた。
唇が重なる,と思って息を詰めた。
しかしそれはぎりぎりのところで動きを止め,鼻先の触れ合うぎりぎりのところで言葉を紡いだ。
「とりっく・おあ・とりーと」
音が言葉が意味を成さない。
聞き違えか?
聞き返すにも,この距離じゃ下手な動きはできない。
背中にちりつくような熱が点る。
「とりっく・おあ・とりーと」
繰り返された。
破れかぶれ,と口を開いた。
無駄を承知で頭を畳に強く押し付けるようになるべく浦原との距離が空くように首に力を込めて。
ざり,と畳の擦れる音がする。
「な,んだよ…?」
「お店のお客さんがね,今日はそう云う日なんだって教えてくれたんで」
「そういう日…?」
声は無様に掠れていた。
目が逸らせない。
眩しいはずもないのに直視しがたくて眉間に皺が寄る。
目を閉じたら負ける,とぎりぎりのところで睨みつけて,唾を飲み込んで言葉を継いだ。
「だから,なんだよそれ」
「はろういん,って云うんでしょ?」
その一言でぱちりと回路が繋がった。
halloween
trick or treat
お菓子くれなきゃ悪戯するぞ。
下らない知識ばかり仕入れてきやがって。まったく。
「つーかオマエ,仏教徒じゃないの?」
「アタシは神様なんざ持っちゃいませんよ?」
「………あっそ」
云うだけ野暮か。
そうは思っても胸のうちに沸いた疑問を飲み込むのも嫌だ,と口にすれば予想と違わぬ答えが返された。
思わず笑いが漏れる。
すると,す,と更に浦原の顔が寄せられた。
鼻先が完全に触れ合う。
ひゅう。その感触に喉が鳴った。
「ど,け…」
「だから,云ったでしょ? とりっく・おあ・とりーと」
浦原の目が笑っている。
一護は舌を鳴らすと,絡められた指先を無理矢理解き,右手を制服のポケットに突っ込んだ。
浦原の目が,何するの?というように見開かれた。
ポケットの奥にあったそれを引っつかんで手を抜き出し,その手を浦原の口許に押し当て,ぐい,と押し退けた。
「いひゃい!」
「お望みの菓子だ!食え!」
ぐいぐいと押し付けた掌の下でがさがさと音を立てるそれは,休み時間に友達から貰った喉飴だった。
レモンの味の,あまり甘くない。
「んもー,乱暴なんだから」
浦原は口許に当てられた手から飴の包みを歯で受け取りと,空いた左手とで器用に封を切った。
飴に意識が集中しているうちに抜け出してやれ,と一護は身動ぎをしたが,拘束された左手と圧し掛かられた身体が邪魔で失敗に終わった。
「レモン飴?」
かちり。
口の中,飴玉が歯に当たる音を立て,浦原は首を傾げた。
「なんだよ,菓子には違いないだろ。どけよ!」
「んー?」
「んー?じゃねえ! 重てえ!」
真っ赤な顔で怒鳴る一護を浦原は見下ろす。
自由になった手でぐいぐいと胸を押し遣ろうするのを,手首を掴んで畳に貼り付けた。
そのまま顔を傾けて口付ける。
震える唇を覆うように幾度も食む。
きつく閉じあわされたそこに舌を差入れ,ゆっくりと焦らすように歯列をなぞる。
二度,三度,擽るように這わせれば,耐えかねて力が抜けていく。
細く空いた隙間に舌を差込み,飴玉を落とした。
一護の目が見開く。
何するんだ!?と非難とも悲鳴ともつかない顔。
その顔に満足げに目で笑うと,ほんの僅かに唇を放して
「飴はお返しします。だから,悪戯。ね?」
と囁いた。
Fin
(2005.10.31)
|
Flying colors // Ritsu Saijo presents
|