雪に咲く硝子の花
「一護サン,雪祭りって見たことある?」
そんなことを聞かれたのは一月の終わりのことだった。
例によって浦原商店で休日の午後を過ごしていた一護は浦原の部屋の一番陽当たりのよい場所に寝転んで新聞を読んでいた。
浦原は一護が新聞を開いた当初は開け放った障子戸に寄りかかって退屈そうに煙管を燻らせていたが,それにも飽きたらしくぞんざいにと片付けると猫のように一護に擦り寄ってきた。
傍らから新聞を覗き込むと社会面の中程にあった「二月六日から札幌雪祭り開催」の記事をわざわざ肩を抱くようにして指差す。
「ない。北海道自体行ったことない。つーか肩から手をどけろ」
「ふぅん」
「ふうんじゃねえよ,肩!」
いつものように話題は縷々変化していく。
ありふれたとりとめのない会話だった。
一護自身,交わしたことすらすぐに忘れてしまうような。
それなのに,浦原は覚えていた。
二月最初の日曜日の夜,風呂上がりの一護がベッドに腰を下ろし膝を抱えるようにして足の爪を切っていると窓がこんこんと叩かれその音が切れる前にかちゃりと鍵が開けられた。
「お晩です♪」
軽い調子で声をかけ顔を見せたのは浦原以外の何物でもなく,一護は目を向けると同時に無言で足指に当てていた爪切りを投げる構えを取った。
「わわわ! そんなの当たったら痛い!」
「不法侵入は泥棒と一緒だろ。撃退しねーとな!」
「不法侵入って! ちゃんとノックしたじゃないスか」
「どこの世界にノックと同時に勝手に自分で鍵開けて入ってくる客がいる」
「いや,それ云うなら窓から入る時点で既に客じゃな…,わ,冗談ですって!」
真っ直ぐ飛んで来た爪切りと顔すれすれで受け止め,「ほんとに一護サン容赦ないんだから…」と浦原は項垂れた。
「つーか寒い。湯冷めしたらどうしてくれる」
「あ,ごめんなさい。今閉めます」
下駄を脱いで片手に持つと後ろ手に窓を閉め,爪切りを一護に返しながら「もう投げないでくださいね」と念押ししながら浦原はベッドに腰を下ろした。
「用件は」
「一護サンつめたい…」
「つめたいもへったくれもねぇよ。俺はもう寝るんだっつの。明日学校だぜ?」
「そんな邪見にしないでくださいな。せっかくいいもの持ってきたのに」
「いいもの?」
浦原の言葉に興味を惹かれ,現金にも眉間の皺を緩めた一護に浦原は恨めしげな目を向けた。
「ふぅん…一護サンはアタシがこうして訪ねてくることよりもいいものの方がいいんだ?」
じとーっとした視線で圧力をかけながらぶちぶちと愚痴を垂れる浦原に,最初のほうこそ「や,それはその…」と言葉を濁していた一護だったが,いい加減痺れを切らして「いいものって何だよ」と毛布を引き寄せながら急かした。
「……ま,いいっスけど。つれなくても愛してますけど」
「っ! 余計なことはいいから早く用件!」
「余計じゃないスよ。大事なこと」
「わかったから!」
「あはははは,顔が赤い。可愛いなあ」
「浦原ッ!」
毛布に包まりギッ,と睨みつけてくる一護に「はいはい。用件ね」と苦笑を浮かべると浦原は「アタシね,今週の水曜から急遽仕事で北海道行くことになったんスよ」と行った。
「北海道? へぇ。このクソ寒い時期にご苦労なこった」
「で,一護サンも来ません?」
「へ?」
「金曜日までに仕事はケリつけます。土曜の昼過ぎの飛行機乗ってくれれば週末一緒に雪祭りが見られる」
見たことないんですよね,と窺うように一護を見ると,懐を探り一枚のメモ用紙を取り出した。
「実はもう飛行機のチケットも抑えちゃってたりして」
語尾にハートマークでもつきそうな調子で云いながら浦原はメモ用紙をひらひらと振る。
しかし一護は話の展開にまったくついて行けていなかった。
「ちょっと待て」
「はいな?」
「北海道?」
「えぇ」
「飛行機?」
「えぇ」
「宿とかは?」
「もちろんアタシが手配します。土曜日は札幌,月曜日も一護サンが休めるなら日曜日もう一泊,小樽辺りにって考えてるんスけど」
「…………」
「もしかして都合悪い?」
「いや…」
週明けはテストの予定もない。レポートや課題の提出もない。
週番も外れているし,行って行けないことは,ない。
ていうか,行きたい,かも?
一護は浦原の言葉に緩く首を振るとシーツに寄った皺を見つめて外泊の口実他,めまぐるしく頭を巡らせた。
そのため硬直してしまった一護の頬を浦原は伸ばした指でつんつん,と突きながら楽しそうに云った。
「着替えなんて最小限で大丈夫っスよ。ただ,防寒だけはしっかりして?」
一護はこくんと頷く。
そしてその手には浦原が航空券の予約番号を記したメモ用紙が握らされていた。
※※※
十五時二十三分,飛行機は予定通り新千歳空港に着陸した。
浦原が一護のために用意していたのは窓際の席で,一護は羽田空港を離陸してからずっと窓の外の景色を眺めていた。
片翼をおもいきり下に傾け大きく旋回しながら高度を上げて行くのを緊張と興奮で眺め,馴染み深い東京の街を遥か眼下に見下ろした。
雲の上に出てからも白一色に緩やかな起伏がある様を見ては「これが雲海ってんだな」と感心し,いつまでも飽きることなく眺めていた。
新千歳空港が近づいて眼下に見える景色に雪の白さが混じるようになると一護は荷物を詰めた頭上のクロークを見つめた。
必要最低限の着替えだけで大丈夫,という浦原の言葉を信じ,ただ防寒だけはしっかりしなければ,と手荷物と一緒にダウンジャケットを押し込めてきた。
それにニット帽とマフラ,手袋も持ってきた。
これで凌げなかったらどうするか…。
前知識としてあるのが「冬の北海道はそりゃもう寒いっスよ。一時間屋外に放置したバナナで釘が打てるほどなんスから」という浦原の言葉が主だったので寒さについての懸念はかなりしつこく一護の中にあった。
ほんの少しの心配と,初めて降り立つ土地への期待で一護は気持ちが沸き立つのを噛み締めていた。ほどなくしてシートベルト着用のランプが点り,着陸準備が始まった。
新千歳空港からは電車で三十分ほどで札幌駅に着く。
浦原とは空港ではなく札幌駅で十七時に待ち合わせていた。
ちょうど来た電車に飛び乗り,十六時五十分札幌駅着。
公衆電話から浦原の携帯電話に連絡すると数回のコールの後に「一護サン?」と雑音混じりの浦原の声がした。
「俺。札幌駅今ついた」
「ああ…もうそんな時間なんだ…。スミマセン,ちょっとこっちで揉めててお迎えいくの遅くなりそうなんですよ」
「マジ?」
「えぇ。蹴っ飛ばして迎えに行ってもいいんスけど」
「よくねぇよ。仕事だろ? ホテルの名前教えてくれればひとりでチェックインしとくから」
「でも…」
「デモもハモもねぇよ。ホテルの名前は」
「メモ,取れます? 駅からちょっと歩くんで,とりあえず駅前でタクシー捕まえて下さいね。転んで怪我でもしたら大事だ」
「過保護なこと云ってんなよ」
苦笑いを声に含ませ云った一護に浦原はあくまで主張を覆さない。
「タクシー使ってくださいね」
「あー,わかったわかった」
そこまで云ってようやくホテルの名前を聞き出した一護は「じゃ,また後でな」と電話を切って駅を出た。
札幌の街はどこもかしこも雪だらけで浦原の言葉じゃないが気を抜くと転びそうになる。
足早に駅を出て行く住民と思しき人の流れを小さな驚きでもって眺めながら一護は慎重に歩いた。
駅前にちょうど停まっていた一台のタクシーに乗り込み,浦原から聞いたホテルの名前を告げる。
運転手は大胆はハンドルさばきで方向転換をするとルームミラー越しに一護を見つめ話しかけてきた。
「お客さん雪祭り?」
「はい」
「夜は冷えるよから,しっかり暖かい格好してった方がいいですよ」
一護は自分の着込んだダウンジャケットを見下ろしてこれででも足りないのか? と改めて不安になったが来てしまったものは仕方がない。
そう腹を括って窓の外を流れる景色を見た。
ホテルに到着し,ロビーでチェックインを済ませまっすぐにエレベータに向かう。
エレベータの中でフロントで渡されたカードキーと壁に貼られた案内板を照らし合わせると,一護たちの部屋は最上階だということがわかった。
四階で同乗していた客が降り,一護は深々と息を吐く。
現在の位置を示す頭上の電光表示を眺めながら最上階へつくのを待った。
チン,と軽い音がして扉が開くと正面の案内表示を確かめ一護は右手に折れた。
カードキーに記された番号は8107。通路の突き当たりの角部屋だった。
カードをドアの装置に差し込み,電子ロックが外れる音を聞いてから内側に開く。
壁のスイッチを押して照明を点すと一護は静かに息を飲んだ。
広い。ゆったりとした造りの部屋にはベッドが二つ並び,ブラインドカーテンが降りた大きな窓の前にはテレビとライティングデスクが据えられている。
それぞれがゆったりと余裕を持って配置されていて少しも圧迫感がない。
一護はすげぇな,と思いながらも,巨大なベッドがひとつじゃなくてよかった,と思わず安堵して,次の瞬間自分の発想に顔を赤らめた。
しかしよくよく考えれば浦原商店に泊まることはあっても,浦原とどこかへ旅行に来たのは初めてだった。
調子が狂わされたり多少の緊張は仕方のないことかもしれない。
一護は火照る頬を両手で擦ると気を取り直して荷物を壁際のベッドに放り,部屋の中をあちこち探検した。
この時期はいいところはみんな観光客に占有されちゃっててフツーのビジネスホテルしか予約が取れなかったんだ,と浦原は云っていたがそれにしては調度が贅沢だった。
如何せんベッドが広い。
バスルームも足を思い切り伸ばして入れるだけの広さがあり,泡風呂になるバスビーズまでが備え付けられていた。
一護はバスタブの縁に腰を下ろすととろりとした赤いバスビーズを灯りに透かし見ながら俄然楽しくなってきたのを感じた。
バスルームを出てクロゼットにダウンジャケットをかけて寝巻きの確認をしているとベッドサイドに置かれた電話が鳴った。
慌てて受話器をとるとフロントです,と声がして浦原からの外線だと告げられた。
「浦原?」
「一護サァン…」
情けないのない声。
一護は「なんだよその声」と返しながらベッドに腰を下ろした。
「もうだめ。あのスカタンちっとも話が通じなくて帰るのが更に遅くなりそうなんスよ…。夜ごはんまでにはなんとかって思ってたのに」
「おい,そこ客んとこだろ? スカタンとか云ってていいのかよ」
「いいんスよ。スカタンはスカタンなんだから」
「よくねぇよ。つーか俺は大丈夫だって。メシならひとりでラーメン食いに行ってもいいし」
「ええええ!せっかくの札幌の夜なのに!」
「ラーメンだって札幌の名物だろ」
「や,そういう問題じゃなくてですね」
「明日は休みなんだろ?」
「あ,えぇ。そのつもりです」
「だったら気にすんなって。今日は適当に過ごすから,オマエはきっちり仕事終わらせて来い」
よっぽどのトラブルなのか浦原の声には疲れが滲んでいた。
せっかく一護サンが来てるのに…とぶちぶち零す浦原を威勢良く叱咤して一護は電話を切った。
時計を見るとまだ十八時を少し回ったばかりだった。
「しょうがねぇよな。仕事だし」と呟きが漏れ,ため息が漏れた。
決してがっかりしなかったわけじゃない。
表に出さなかっただけ。
この調子だと浦原は早々帰ってくることはないだろう。
図らずしもひとりで過ごすことになった札幌の夜を窓の外に見て,一護は沈みがちになる心を「でもこれはこれで面白いかもしれない」と思い直して気分を高揚させた。
「そういえば確か…」
窓際に設えられたライティングデスクの上に観光マップが置かれていたのを思い出し,ベッドを回って取りに行く。
その地図はテレビ塔を中心に雪祭りの会場案内とその界隈の飲食店の書き込みがされているものだった。
「札幌っつったらやっぱ味噌ラーメンなんかな」
どの店が旨いかなどという知識はまるでなかったが地図の一角に「空座」というラーメン屋があるのを見つけてそこに行くことに決めた。
地図を折り畳んでダウンジャケットのポケットに仕舞うと財布をジーンズのポケットに突っ込み一護は部屋を出た。
エレベータで直截一階まで降りて車寄せに並んでいたタクシーの一台に乗った。
ゆっくりと走り出したタクシーの車窓から眺める二月の札幌は十八時半にしてすっかり夜の気配を帯びていて街並を彩るイルミネーションが雪に反射してきらきらと眩しい。
一護は窓の外を見たまま「テレビ塔までお願いします」と運転手に告げたが雪祭りの期間中はとてもじゃないがテレビ塔の前まで車を寄せることは出来ないと断られてしまった。
運転手の申し訳なさそうな口調に無理強いすることも出来ず,じゃあ適当にその近くまで,と妥協してシートに深く寄りかかった。
ホテルからテレビ塔は一護が思っていたよりもずっと近く,たったワンメータの距離だった。
これならば歩いた方が早かったかもしれない。
帰りは歩いてみよう…。
通ってきた道順の目印となるものを思い出しながら料金を払い外に出ると,風の冷たさに思わず「うっわ…」と声が漏れた。
よくよく考えれば空港から駅までは屋内ばかりを通ったし,札幌についてからもあっという間にタクシーに乗ってしまった。
一護が北海道の空気に触れるのはこれが初めてと云っても間違いではなかった。
「さっみー!」
帽子を目深にかぶるとポケットに両手を突っ込み方を竦める。
本当に寒かった。
しかしその身を切るような寒さすら心楽しく感じられた。
一護は足を止めテレビ塔を振り返った。
「なんだあれ」
高さこそ少し足りないような気がしたが,塔自体の色といい,形といい,照明といい,背後にそびえるテレビ塔は一護もよく知る東京タワーにそっくりだった。
そういやアレも電波塔だっけな。
気分のままに頬を緩め,テレビ塔に背を向けるように交差点を渡る。
ポケットから取り出した地図を頼りに看板のきらびやかな飲食店街に足を踏み入れる。
そこここから漂う食欲を刺激する匂いたちをくぐり抜けながら目印になる薬局を探した。
目当てのラーメン屋はその角を曲がり細い路地を入ったところにあるらしかった。
ラーメンを食べて満腹になったところで足を伸ばしてテレビ塔の前に戻った。
屋台でホットココアを買い,雪祭り会場をほんの少しだけ冷やかしてホテルに帰った。
さっさと切り上げたのは寒さのせいではなかった。
会場は十にも分かれていて全部巡るにはかなりの時間がかかりそうだったというのがひとつ。
後はやっぱりひとりで見てもつまらなかった。
浦原が隣に居たらな,とライトアップされた大規模な雪像を見る度に,愉快な形をした小さな雪像を見る度に思っているうちにどんどん寂しくなってしまったのだった。
それでもホテルに帰ると二十二時近かった。
ほんの少しの期待を込めドアを開けたが部屋の中はまっくらで浦原の姿はどこにもない。
伝言も残されていなかった。
ダウンジャケットを脱いでクロゼットにかけると靴を履いたままベッドにごろりと横たわる。
「うらはらの,ばーか」
沈みそうになる気持ちを吐き出すようにそう呟いて,でも「しっかり仕事終わらせて来い」と煽ったのは自分なんだよな,と諦めの息を吐く。
そうだ,風呂に入ろう。
何か気分の変わることを,と頭を巡らせ浮かんだひとつに一護は飛びついた。
勢い良く起き上がると浴室に向かいバスタブに栓をするとコックをめいっぱい捻った。
どうどうと音を立てて勢い良く湯が迸る。
一護は洗面台に手を伸ばしてキャンディのような真っ赤なバスビーズを取り上げた。
包装を破いてバスタブにぽん,と放り込む。
しばらくすると蛇口から迸る湯の勢いで泡が立ち始め,浴室に薔薇の匂いが広がった。
一護は頃合いを見て着替えを用意すると服を脱いで足先からゆっくりバスタブに遣った。
家でもたまに遊子が入浴剤を用意してラベンダだの檜だのの匂いがついた湯に浸かることがあったが,泡風呂は初めての経験だった。
雪の積もった道路をずっと歩いていたため足先がかじかんで湯との温度差でちりちりと痛む。
それを両手で揉み解しながら「もしここに浦原がいたら…」とふいに過った考えに一護は顔を赤らめると慌てて頭を振った。鼓動が速まるのを殊更無視するように泡を手で掬ってふっと吹いたりいい加減な歌を歌いながら肩まで泡に塗れてゆっくりと温まった。
湯に長く浸かり過ぎたのか,浴室を出ると一護は缶ビールを片手にどさりとベッドに倒れ込んだ。
ずく,ずく,ずく,と耳の奥に鼓動が響くのを聞きながらご顔を窓際のベッドに向けると缶ビールをこめかみに載せた。
浦原はまだ帰ってきていない。
無人のベッドを見つめながら肘をついて身体を起こすと缶ビールのプルトップを引き上げごくごくと喉を鳴らしてビールを飲み干す。
一缶を空ける頃にはほどよく酔いが回り,一護は缶をゴミ箱に落とすとごそごそと毛布に潜り込んで灯りも消さずにそのまま眠り込んでしまった。
※※※
「いーちごサン。起きて? もう朝っスよン」
頬からこめかみまで手を滑らせるように撫でられ,額にかかる前髪が梳き上げられる。
そして額と瞼に押し付けられたやわらなかな感触が一護を眠りから覚ました。
重たい瞼を無理矢理上げるとすぐ傍に浦原の顔。
一護が身につけているのと同じホテルの浴衣を着て,折った肘を枕に一護を包み込むような目で見つめている。
「あ…? オマエいつ帰ってきた?」
「んー,ホテルに着いたのが三時過ぎだったかな」
「ンだよ,帰ってきたなら起こせばいいだろ」
「でも一護サンぐっすりだったし」
云いながら浦原は改めて額にキスを落とす。
一護は目を瞑って首を竦めたが避けることはしなかった。
「さて,十時にはチェックアウトしなきゃなんないですし,そろそろ起きて支度しましょっか」
浦原の言葉に時計を見れば時刻は既に九時を回っていて一護も慌てて身体を起こした。
「俺,シャワー浴びてくる」
「あー,でも今日,ものすごく外寒いから湯冷めしちゃいますよン? 顔洗うだけにしておいた方が賢明かも」
「マジ?」
「えぇ。昨日の天気予報じゃ最高気温が二度だとか」
「二度?」
一護はありえない,と首を振ると大人しく浦原の云う通りにすべく「顔洗ってくる」と洗面所に向かった。
鏡を覗き込むと寝癖で髪がぴょんぴょん跳ねている。
顔を洗ったついでに濡らした手で抑えたり梳いたりしてみたがどうにも収まらない。
舌を鳴らすと洗面台に頭を突っ込みざぶざぶと湯を被った。
「一護サン支度できた?」
スーツに着替えた浦原がドアを開けて顔を覗かせる。
一護はバスタオルで髪を拭きながら「まだ。あともうちょっと」と振り返った。
「寝癖?」
「あぁ」
「じゃあ乾かしてあげる」
浦原はスーツの上着を脱いでベッドに放るとシャツの袖を捲って洗面所にやってきた。
そして一護を蓋を降ろした便器に座らせるとその背後に立ちドライヤーのスイッチを入れた。
温風と浦原の指が濡れた一護の髪を的確に乾かして行く。
一護は髪をいじられるといつもそうなるように再び眠気を覚えて欠伸を噛み殺した。
「まだ寝たりない?」
「いんや,へーき」
鏡越しに視線を合わせてきてひっそり笑う浦原に一護は口を尖らせた。
不貞腐れた顔をしながらも浦原がいる,ということがたまらなく嬉しい。
なんで帰ってきたときに,ベッドに入ってきたときに目を覚まさなかったのか。
眠る前に飲んだビールが原因か。
惜しいことをしたけれど,まだ今日は始まったばかりだ。
そんなことを考えながら目を瞑って浦原の指に全てを委ね,髪が乾くのを待つ。
「よし,完成」
浦原の声に目を開け,「サンキュ」と立ち上がると一護は慌しく部屋に戻り服を着替えた。
マフラを首にかけ,手袋はポケットに。
帽子は考えた末にせっかく髪をセットしてもらったのだから,と鞄の中に突っ込む。
そして浦原の後に続いて荷物を持って部屋を出た。
浦原がチェックアウトを済ませる間,一護はロビーの窓から外を見ていた。
薄曇りの空と同じ色の雪に閉ざされた庭は暖房の効いた室内から見ていても寒々しい。
でもこれが北海道なんだ,と思うとなんだか感慨深かった。
「お待たせしました」
背中からかけられた声に振り返る。
浦原は腕時計で時間を確認すると「丁度頃合いかな。行きましょ」と一護を促した。
何が頃合い? と一護が怪訝に思っていると,ホテルの前の車寄せで浦原はタクシーではなくその先に停まっている四輪駆動車に向かった。
「え,車?」
「そうそ。今日の宿は小樽なんですよ。そこまでタクシーで行ってもいいけど足があった方が便利かなって」
驚く一護に浦原はにこりと笑うと車を届けに来たレンタカー屋の店員と思しき男と二言三言言葉を交わし鍵を受け取った。
「さて,それじゃ行きましょっか」
浦原はイグニッションを回しゆっくりと車をスタートさせると一路小樽を目指した。
「ここがかの有名な小樽運河」
小樽に入る頃には薄曇りだった空の色が重みを増して小雪がちらつきだしていた。
一護は車のドアを開けたときに吹き付けた冷気に慌てて鞄から取り出した帽子を目深に被り,手袋をはめた。
もちろんマフラーも忘れない。
浦原はスーツにやわらかそうなキャメルのコートを纏い焦げ茶色のマフラを巻いている。
手袋はしていない。
手近な駐車場に車を止めると運河沿いに少し歩いたところにある寿司屋に連れて行かれた。
個室に通され開いた品書きに記されていた値段に驚いて目を見開いたまま顔を上げた一護に,浦原は黙って指を一本唇に当てると注文を取りに来た店員にあれこれと品書きから選んだものを云い付けた。
「おい」
「いいの。昨日ひとりにさせちゃいましたから,そのお詫び」
値は張りますけど,味はいいんスよ,ここ。
湯飲みを手に茶を啜りながら云う浦原に,一護は返す言葉が見つからなかった。
「昨日はどうしてたの?」
一護の複雑な表情を汲んだのか浦原が何でもないように話しかけてくる。
それにあれこれと答えているうちに卓には注文の品がずらずらと並んだ。
雲丹,蚫,牡丹海老,平目と北寄貝の刺身に天ぷらの盛り合わせ,蟹の内子の小鉢と揃って最後ににぎり寿司。
朝食を食べていないためかなりの空腹ではあったがすべての皿を空にする頃には一護は呼吸にも難儀するようになっていた。
「ふ…,食った食った」
「おいしかった?」
「ん。すっげー旨かった。ごちそうさま」
「それはよかった」
浦原はテーブルの墨に置かれていた灰皿を引き寄せると煙草に火をつけ,一休みしたら硝子でも見に行きましょと云った。
「一護サン,ほらみて」
運河沿いに駐車場へ戻る道すがら,浦原が足を止め一護を促した。
視線の先には倉庫の屋根から垂れ下がる巨大な氷柱があった。
「うわ,すげぇなあの氷柱!太いし…長い」
「気に入りました?お願いして一本頂きましょっか」
「や,貰ったって持って帰れるものじゃねぇし,溶けちまうだろ?」
「んー,夜くらいまでならもつんじゃないスか?」
「夜までもったって意味ねぇじゃん」
首を傾げる一護に浦原は意味深に笑う。
「意味…?ありますよ」
「何すんの?」
「聞きたい?」
「なんだよ,云えよ」
「じゃあちょっと耳貸して」
「ん…?何だよ勿体ぶって……」
云われるままに一護が耳を寄せると,浦原はそこにひそひそと何ごとかを囁いた。
途端に一護は耳を抑え飛び退る。
「おま!ふざけんなよ!何ばかなこと!」
「アタシは本気ですよン?キミの熱く蕩けきったアソコに氷柱突き立てて少しずつ溶けていく様を見る。いっそ突き出た部分にウィスキでも注いで舐めるのもオツですねぇ…」
「やめろ!声でかいって!」
「じゃあ,やらせてくれる?」
「嫌だ!」
「でもしたらきっと一護サンも気に入りますよ?」
「気に入るか!風邪引くっつの!」
「つめたいのが駄目なんスか。じゃあガラスは?」
「ガラス?」
「お店で一緒に見繕いましょ。夜が楽しみだなあ…」
煙草をくわえたままくすくすと笑う浦原に一護は思い切り顔を顰めた。
--- next
---------------------------------------
表に展示するのはここまでで失礼。
続きは奥の間に展示してあります。
エロいのが読みたいんじゃ!て方で18歳以上の素敵な大人の方々はどうぞ気合と根性で探してみてください。
今ちょっとリンク外してますが準備出来次第また開通させます。
(2007.08.16)
|
Flying colors // Ritsu Saijo presents
|