ただ,ひとつ
午後も遅い時刻,浦原の自室で寛ぐ一護は茶請けに出されたフィンガ・ビスケットの銀紙の皺を丁寧に伸ばすとそれを耳元で小さく振った。
しゃらしゃら,とも,かさかさ,ともつかない音に耳を澄ませながら,茶を啜る浦原を見る。
「なぁ」
「なに?」
「オマエの夢って何」
「夢? どうしたの唐突に」
立てた膝に肘をつき,庭を眺めながら茶を啜っていた浦原の目がこちらを向いた。
帽子のない無造作に散った月色の髪のしたから穏やかな目が一護を見ている。
「いや,昨日見てたtvで『あなたの夢を叶えます』とかってのがやってたから」
それ,思い出して。
一護は浦原の視線から逃げるように俯いてごにょごにょと言葉を継ぎ,それでも浦原の答えを促した。
しかし浦原の口を突いて出たのは問いに対する答えではなく。
「…アタシの夢,一護サンが叶えてくれるの?」
「へ? ンな大それたもんじゃねーよ。ただ,興味が沸いたっつーか…」
更に口篭る一護に浦原は柔らかな微笑を向けた。
自分について何かを一護が尋ねてくるというのは稀だった。恐らく真っ当な答えが返らないと思っているのだろう。本音など決して明かすはずかない,と。
でもね,それはキミの為でもあるんスよ。
浦原は膝に載せていた手を伸ばすと一護の手からほうじ茶の注がれた湯飲みを取り,盆の上に戻した。
そしてそっと,しかし揺るがないだけの強さでもって手首を引く。
一護は「何すんだよ」と浦原を睨みつけてきたが笑みを深めて更に引くと大人しく浦原の膝の上に抱き上げられた。
浦原は背後から一護の腰に腕を回すと,その細い肩に額を凭れさせた。
ふぁさ,と月色の髪が一護の肩に散る。
「浦原?」
一護は僅かばかり首を捻って浦原を見た。声には浦原を気遣う響きがあって,それを感じた浦原は頬を緩めて目を瞑る。
「夢…ね」
額から伝わる熱に寄り掛かるようにして口を開く。
「例えばそう,死覇装の一護サンと並んで写真を撮ること」
「は?」
「アタシはそうっスねぇ…紋付袴でも履きましょっか」
「……は? 写真て何。紋付袴てどうして」
「だってまさか白無垢着ちゃくれないでしょ?」
腰に巻きつけられた腕にきゅっと力が篭もり,顎が肩に触れた。
頬に唇の感触。
しかし一護は耳が捉えた「白無垢」の言葉の意味することを解読するのに忙しくてしばし反応が遅れていた。
「おまッ! アホかッ!!」
ようやく我を取り戻して浦原の鳩尾目掛けて肘を突き出そうとしたが安易にそれを阻まれて「他には,そうっスねぇ…」と長閑な声がする。
「手を繋いで街を歩く。二人で観覧車に乗る。映画に行く。電車に乗ったりもしてみたいかな」
「………ッ!!」
触れんばかりの距離で一護の頬が朱に染まり熱を帯びたのを自らの頬で感じ取った浦原は,ひっそり笑って「それがアタシの夢」とその耳元に呟いた。
肩に載った浦原の顔を押し遣ろうと腕を上げかけた一護は,その声の響きに不意に抵抗を止めた。
そしてふい,と前を向いて,小さな掠れた声で云った。
「オマエ,馬鹿だろ」
「馬鹿じゃないっスよ。これでもソウル・ソサエティ一の識者と云われたもんで」
「識者って使い方違うだろ。オマエのはどうせ策謀とか悪巧みとかそういうのに決まってら」
「一護サン…アタシを誤解してる」
「してねぇよ。ばぁか」
甘い声でそう云うと諦めたような息を吐き,一護の身体からくたりと力が抜けていく。
はぐらかされたんだろうか,とも思う。
しかし声は確かに一護の深いところまで届いて,これはこれで信じてしまいそうになる。
信じたいから信じるのか。
信じられるから信じるのか。
そもそもその違いは一体なんだ。
背中から包み込まれる体温は心地よく,浦原の息が耳を擽る。
そもそも信じるというのが間違いなのかもしれない。
言葉は集積だ。
積み重なった言葉が相手の印象を形作り相手についての知識になる。
コイツが今そう云った。
そのことが全てなのかもしれない。
理屈っぽいのは自分らしくない。
最後はそう決め付けて,一護は改めて持ち上げた腕で浦原の髪をくしゃりと掻き混ぜた。
「そういや今日,酉の市なんだってな」
「今日は何日…9日?あら,ほんとだ」
「行くか?」
「え?」
「手は繋がないけどな」
「ええと…これはつまりアレ? デートのお誘い?」
くふりと笑い嬉しそうに云った浦原に,一護は声を尖らせる。
「ちげーよ。オマエは俺の財布。屋台たくさん出るだろ?」
「………ま,いいでしょ」
浦原は微かに不満げながらも諾とし,それを聞いた一護はにぃ,と口の端を引き上げた。
「新宿と浅草,どっちに行きます?」
「どっちでもいいぞ」
「んー…なら浅草かなあ。夜ごはんは鰻で」
「それも奢りか?」
一護は「鰻」の一言にぴくりと反応した。
浦原は「そうっスねぇ…」と考え込む振りをした後,俄に纏う気配の色を変える。
「奢り,いいでしょ。その代わり一護サンはカラダでアタシにお支払い。ね?」
云うや否や浦原は一護の耳朶をそっと食んだ。
熱い吐息が耳に注ぎ込まれ,一護の背筋が粟立った。
「ちょっ! 待て! 浦原ッ!」
「待ってたら夕方になっちゃう。待てませんね」
胸に回された指が制服の釦をぷつぷつと外していく。
一護の両手は浦原の片手ひとつで拘束され,腹に縫いとめられて解けない。
「ちっきしょー薮蛇だ!」
喚いた一護に浦原は「さ,夜までアタシにくださいな。キミの時間を」と囁いた。
ねぇ,一護サン。
アタシくらい長く生きてると,そんな先のことを見通すのはイヤになっちゃうものなんスよ。
せいぜい明日,キミがまた顔を見せてくれたらいいとか,そういうので十分なんです。
そういう意味では未来はない。未来というのはそれを得ようと望んだ者にのみ与えられるものだから。
そして未来のない者に夢など与えられるはずもない。
こんな風に云ったら屁理屈だ!とキミはまた怒るんでしょうけど。
でも今,腕の中にこうしてキミがいてくれるだけでアタシにとっちゃ十分なんです。
未来より今を。
未来を見つめるキミの今がアタシにとっての夢,なのかもしれない。
キミとこうしてる今がアタシにとっての全てだって云ったらキミはどんな顔をする?
怯むか…脅えるか。
ね,アタシの本音なんて聞くもんじゃない。
そう思うでしょ?
Fin
(2005.11.09)
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Flying colors // Ritsu Saijo presents
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