これは,一般的に「手篭めにされた」とかいう状況なんじゃないんだろうか。
ありえない箇所がじくじく痛む感触に盛大に眉間に皺を寄せたまま,一護はけふ,とひとつ空咳をした。
目を瞑れば数刻前の出来事がふわり,瞼をスクリーンに浮かび上がる。
油断していたつもりはない。
ただ,ちょっと魔が差しただけだ。
伸ばされる虚の触手。それが右肩を貫いたあの痛み。
身体中の細胞が悲鳴を上げるのを聞きながら馬鹿なことをした,と自分で思わなくもなかったけれども,だからといってこんなことをされる筋合いもない。
使い物にならなくなった右肩を捨てて左手で握った斬月。
掌から非難めいた感じが伝わってくる。
わかってる。ごめん,後でいくらでも謝るから。
宥めるように呟いて向き直る。
しかし,眼前では声にならない断末魔の声を上げ,虚が消え去るところだった。
けふ。
埃にやられたか,空咳が出た。
鉛が詰まったように重たい右腕を,地面に突き立てた斬月を抱くように回して身体を支える。
目を閉じた。
このまま世界が闇に閉ざされてしまえばいい。そう思いながら。
けれどもからん,ころん,と響く足音がそれを許してくれない。
片手に抜き身の刀を下げた猫背がゆっくりと近づいてくる。
闇に解けそうなその姿は,気配だけで皮膚が切り裂かれるよな剣呑なもので。
「よぉ」
なるべく平静を装ってかけた声に,返されたのは心臓が凍りつくような冷たい眼差しだった。
じくじくじくじく。
傷口はもう,痛まない。
いつの間にか手当てがされている。
痛むのは,たぶん,ココロ,と呼ばれるもの。
「腐って死ね」
掠れた声で罵れば「性根だけなら嫌ってほど,既に」,どこか面白がるような笑みを孕んだ声が返される。
「あーあー,まったくそうだ。この腐れ下駄ボーシ」
「でも,悪いのはキミでしょ」
「るせ」
「自分の非が認められないの?」
「……だからってオマエにこんなことされる筋合いねぇよ」
「アタシ以外に誰がするの」
――――。
返す言葉を見失った。
ぎし。
板張りの床が鳴く。そして足音がゆっくりと,ゆっくりと近づいてくる。
瞼を覆うように載せた手の甲の下,その音を聴いていた。
「一護サン」
「…………」
「こっち見て」
「いやだ」
「どうして」
顔の両脇に腕が突かれる気配がある。
腕をくすぐるのは,たぶん髪。
腕の皮膚で浦原の気配を感じる。
距離が近い。
そこにあるはずの眼差しを,見るのが怖かった。
「逃げたかったの」
「ちげーよ」
「即答するんだ」
「事実だからな」
「じゃあなんで」
「……第一あれくらいじゃ死なねぇだろ」
「そんなのわからない」
「じゃあ云い直す」
「?」
腕を,のろのろと下ろして瞼を開く。
外界を遮断するように零れ落ちる浦原の髪。
そして深い深い緑色の瞳に浮かぶ――悲痛な色。
「あれくらいじゃ,オマエが死なせてくんねーだろ」
まっすぐに,見つめてそう云うと,一瞬瞼が落ちて,ゆっくり開いた。
そこに浮かぶのは苦笑の色。
「狡いっスね」
「卑怯モンのオマエに云われたくねぇよ」
「オヤ,アタシのどこが卑怯なんです?」
「遠慮会釈なくヤリやがって。これ,ぜってー明日腰立たねぇぞ」
くすり,浦原が笑う。
笑いごとじゃねぇよ。
吐き捨てるようにひとりごちても,浦原は応えない。
戯れに交わすキス。
視線の攻防。
自分の想いを口にしたことはない。
浦原の想いを聞いたこともない。
だけども,想いはいつだってまっすぐに浦原に向かっていた。
だからって初っ端がコレってアリかよ。
ずくずくと疼くように響く痛みに眉間に皺が寄る。
その皺を浦原が指でそっと撫で,その心地よさに張り詰めていた糸が撓むように,肩から力が抜けていく。
腕を伸ばして浦原の首の後ろに回す。
鉛のように重たいっていっても実際の重量が増えたわけじゃない。
けれども浦原は促されるように顔を寄せる。
唇に唇を押し付ける。
数秒にも満たない接触に,万感の想いを込める。
好きだなんて云わない。
俺も。たぶんコイツも。
逃げているわけじゃない。
言葉にしたら失われるモノがある。
そう思うから――。
「浦原」
「なんでしょ」
「寝かせろ」
「……それはなんの催促?」
「寒い,っつってんの」
鼻先が触れ合う距離で浦原が笑う。
背中から抱きこまれて伝わるぬくもりが心地いい。
だけどあれだ。
一護は深く深く息を吐きながら言葉に出さすそう呟く。
明日ほんとに腰が立たなかったら,朝一番で殴りつけてやる。
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思いを言葉にすることなく,それでもつながっている二人,というのが書きたかったような気がするんだけどもどうか。
如何せんページが足りねぇよ。(←長文体質)
携帯からサルベェジ第一弾。
こんな書き掛けが四本も見つかりましたよ…。(遠い目)
(2007.05.10)