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反響するクラクションと路面をタイヤが滑る音。
店頭から垂れ流しにされる有線放送の流行音楽と雑踏から発せられる人々のさんざめく声。
それらが雑多に交じり合って夜の街を彩っている。


通りから一本外れればそこは街娼のしかも辺りで一番最下等の「chewie」たちのたむろする区画だった。
「chewie」はチューインガムの意味で,用が済めば「spit out(吐き捨て)」される安価な街娼たちの俗称だった。


街全体に染み付いたヒトの欲望の匂いにムカつきながら,それをやり過ごすように浦原は煙草を咥えた。
足を踏み入れたのは自分の意志ではない。
用事があったのだ。
この区画の最奥にあるもぐりの医者への届け物。
普段なら部下に放り投げるそんな瑣末な用事に自分で出向いた理由をすぐに挙げることはできなかった。
つまりは自分の意志ということか。


口の端に浮かぶ笑みは自嘲。
手に入れた玩具を壊して捨てたのは昨夜のこと。
執着するのはいつだって手に入れるまで。
それが身体に馴染めば馴染むほど…嫌になる。
悪い癖だとは思いつつも「もういらない」と告げたときのあの玩具の瞳。
あれだけは何度繰り返しても甘美な痛みを齎してくれる。
それに焦がれてまた同じことを繰り返す。
道具以下の扱いを受ける最下等の娼婦を買っては,手遊びに情を与えるフリをする。
最初の方こそ警戒心を剥き出しにし,施しなど受けるものかとこちらの手を振り払う女たち。
けれどもそんな抵抗に頓着せずに継続して美しい宝石や上等の酒,気が向けば外に連れ出し舞台などを見せてやる。
すると,いつしか振り払わんと伸ばしていたはずの手が,こちらに縋りつくものに変わっていく。
警戒心を剥き出しにしていた瞳は媚に潤み,拒絶の言葉ばかり吐いていた唇は追従で飾られるようになる。


クダラナイ。
口の端に浮かぶのは冷笑。
ひとの矜持を砕く遊戯は,いつだって浦原に冷めた愉しみを齎すのだった。
そして玩具を捨てた後は次のそれを見出すまでいつだって不安定になる。


短くなった煙草を捨て,スーツのパンツのポケットに手を差し込み,雑踏をすり抜けるように歩いていく。
やつれた顔にけばけばしいメイク。
すれた眼差しで男を誘う街娼たちに害のない笑顔を向けながらそれでも伸ばされた指が触れることは許さない。


深海魚になった心地で通りを歩いていたところ,視界の端に光が差した。
築年数が読めないくらいに朽ちかけた雑居ビルの入口のところだ。
座り込んで膝に肘をついた格好で通りを眺める少年が居た。
光,と思ったのはその髪の色。闇に沈み込むことを拒否するかのような眩い橙色だった。


誘われるようにその少年の前に立ち,煙草をくわえる。
一服目を深く吸い込んで,「いくら」と尋ねれば,最下等の更に下の値段が提示された。
懐からマネ・クリップで留めた紙幣をつかみ出す。
数枚余分に差し出すと,手馴れた仕草で数えた後に,余分に渡した七枚を突っ返された。


「とっておけばいいのに」
「余計なサービス,したくねんだよ」


ひっそり笑う。
光のような髪の色とは裏腹に,少年が浮かべた笑みはまるで夜にしか咲かない花のようだった。


「どこへ」
「この値段でホテルもねぇだろ。俺のシマはそこ」


顎をしゃくるように示されたのは今居る雑居ビルのすぐ脇の路地だった。
こんなところで?というように目顔で問えば,あっさり無視される。
薄い上着のポケットに手を突っ込むと,こちらがついてくるのと疑いもしない足取りで先を行く。


「ちょっと待って」


そう云うと少年は路地の隅においてあったカンテラを手に取った。
振り返って「ライタ,貸してくれる」と手を差し出す。
云われるままに差し出すと,そこに灯りを点し,路地の入口にそれを置いた。


「アレはなに?」
「使用中ってこと。覗きたいヤツがいれば蛾みたいによってくる。次の客になれば上々。いわば広告みたいなもんか」
「ひとに見られながらするのは趣味じゃない」
「あの値だぜ。それくらい妥協しろよ。顔見られるのがいやなら,背けてればいい」


こちらが何か云う前に,少年の手が上着の襟を掴み唇が押し付けられた。
ガムでも噛んでいたのか,甘ったるい味がする。
けれどもそのやわらかさは言葉にならないほどで。
浦原はざわりと背筋を駆け上がるその感覚に思わず目を瞑った。


「口,開けろよ」


低く囁かれ,云われるがままに口を開けば,生温い舌が差し込まれた。
歯列をなぞるように蠢くそれに頭の中心が痺れるような快感を覚える。


「安いからって遠慮すんなよ。多少の無理は効くつもりだぜ」


嗤うように云う声に胸が痛む。しかしそれと同時に激しい衝動が生まれた。
少年の背を軋むほど強く抱き締めると身体を入れ換え,その細い身体を壁に押し付ける。
顎を捉えてきつく仰向かせて,仰け反った喉に歯を立てると少年の手が浦原の上着を掻き分けシャツの裾を引き出しそこに掌を滑り込ませた。
冷えた指の感触に,喉が鳴る。その微かな音でまた興奮が煽られる。


溺れる。


それは確信だった。
この子がきっと欲しくなる。
なにをしても手に入れたくなる。
きっと,大人しくこの掌に収まってくれるような性質ではないだろう。
それでも。


華奢な足を抱え上げ,深くその奥に欲を打ちつけながら名を聞いた。


「街娼に…名前,聞いてどうすんだ」
「アタシが抱いてるのは街娼じゃない。キミを抱いてる。だからキミの名前を」
「…一護」


背を掻き抱き,その耳に聞いたばかりの名を注ぎ込む。
腕の中で細い身体が軋んだ。
首に腕が回され強く引き寄せられる。
口付けを強請られ,強請られるままに与えると,閉じた瞼がうっすら開いた。
掠れた喘ぎを漏らす唇が,何か言葉を結んだ。
聞き取ろうと耳を寄せれば,「アンタの名前…教えろよ」と云われた。


乱れた吐息と,粘膜を深く穿つ濡れた音。
雑踏が遠のき,慄くような快感が背筋を這い上がる。


「浦原。アタシの名前は浦原喜助」
「う,ら…はら?」


少年が微笑った。
あどけない,という言葉がぴったりな無垢な笑顔。
しかしそれは一瞬のこと。
すぐに眉間に皺が寄せられ,苦しげな中に微かな媚を含んだ毒のある眼差しが向けられる。


「浦原…,イカせろよ」
「キミ,アタシのものになりません?」
「俺は誰のものにもならない」
「アタシはキミが欲しくなった」
「だったらここに来ればいい。俺は大概毎晩ここにいる」


言葉を継ごうとした唇を塞がれた。
吐息をすべて飲み込まれ,喘ぐように口を開けば,少年の吐息を含まされる。
窒息ぎりぎりで,瞼の裏が赤く染まった。
そのまま臨界点まで引き上げられ,闇が黒から白く変わる吐精の瞬間,「アンタ,気に入ったよ」少年の笑い声を聞いた気がした。













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サルベージ。
某絵板にてシラタキさんが描いてらしたイラストに怒涛の勢いで書き殴ったヤツ。
時間かかってない割りにお気に入り。続き書きたいなあ。


(2006.12.11)