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一護はしつこく「一緒にお風呂入ろうよ」とせがむ妹をなんとか宥めすかして洗面所から追い出すと腹の前で両腕を交差させ,シャツの裾を掴んだ。
一気に引き上げて脱ごうとしたとき,鼻を擽る匂いに気づきぴたりと動きが止まる。
中途半端なところで引っ掛かってしまったシャツをのろのろと脱ぎ去ると深い深いため息が出た。


浦原の匂いがする。
帰宅して数時間経つというのに,いったいどこに染み付いているのか。
手に持ったままのシャツに鼻先を埋めてみた。
微かにではあったが喉の奥を引っかくような苦い,それでいて甘い匂いがした。
しかしこれは違う。浦原が気持ち良さげに燻らせる煙草の匂いだ。
さっき感じたのはもっと,なんていうか…浦原そのものの匂いだった。


手首を持ち上げて鼻を近づけみた。
そこから漂うのはシャツからした匂いよりも近いような気がするけれどもやはりこれも違う。


気のせいか?
そうではないとわかってはいたけれどそう思い切ってしまおうと思った。
もう一度ため息を吐いて手にしたままのシャツを乱れ籠に放った。


「あ」


伸ばした腕の内側に赤黒い鬱血の痕。
しかもひとつではない。
ふたつ,みっつ,腕を捻ると更にひとつ見つかった。


「あの馬鹿」


舌を鳴らして背後の鏡を振り返った。
洗面台に手をつき,あちこちに残された痕の位置を確認する。
右胸にふたつ。
左胸に五つ。
鎖骨に沿うように三つ。
肩先は左に二つ右に一つ。
顔を背けると耳の下にも一つ見つかった。


幾度止めてくれと頼んでも浦原は一護の肌に痕を残すことを止めようとしない。
散々喚いて人目につく箇所には遺さないようになったが,油断しているとすぐにぎょっとすりような場所に付けられる。


なんでなんだ、と問い詰めたことがある。
夜具の上に胡座をかいて気持ちよさげに煙管を燻らせた浦原は悪戯をしかける子供のような目で一護を見つめ,ぷかりと煙を吐き出した。


「そんなの決まってるじゃないスか」
「なんだよ決まってるって!」
「一つ痕を残す度に一護サンのあそこがアタシをきゅって締め付けるから」
「っ!」


怒鳴り飛ばそうとしたものの継ぐべき言葉が見つからず,真っ赤になって言葉に詰まった一護を愉快そうに見遣ると煙管をくわえたまま四つん這いで一護に近づいた。
傍らに腰を下ろすと「それに」と手にした煙管を身体を捻って枕元に置いた煙草盆にかたんと置いた。


「それに,こうしておけば一護サンこれ見る度にアタシのこと思い出すでしょ」


くつりと嗤うその口の端に滲んだのは執着と自嘲。
そこから漂う昏い艶に魅入られたように一護は動けなくなったのだった。


「こんなことしなくたって忘れねぇってのに…」


聞く者のない呟きは,泣き出す直前のように震えて掠れた。
一護は顔を上げると鏡に映る己の肌に残された浦原の痕跡を指で辿った。
右胸にふたつ。
左胸に五つ。
鎖骨に沿うように三つ。
唇を押し当てるときの浦原の息遣いが肌の上に蘇る。


一護は堪らなくなって目を閉じた。
名を呼ぶ声も肌の上を滑る指先もどうしてこんなに確かなんだ。ここにいないくせに。


眉間に皺を寄せきつくきつく目を閉じる。
しばらくそのまま動きを止めて,込み上げる聞き分けのない感情を押さえ込むように息を詰めた。


「…っ」


それでも堪えきれない衝動に突き動かされるように腕に残る鬱血の痕に一護は唇を押し当てた。
小さく吸い付くとちりりと焼けるような痛みが走った。


「…うら,はら」


唇を押し当てたまま名を呼んだ。
しゃがみ込んで鳴咽を堪える。


そのとき,ようやく思い至った。
どこから浦原の匂いがするのか。


それは一護自身に色濃く染み付いていたのだった。








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サルベェジ第二段。
ええと…自慰ネタじゃないよ?
……念のため。
(2006.06.01)