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夜更けに一護の部屋の窓が開く。
その気配が示すのはただひとつの存在で。


「……何しにきやがった」
「いつまで待っててもいらして頂けないようなんで営業活動に」
「帰れ」
「嫌っス」
「帰れよ」
「どうしてアタシのところに来ないんです?」
「……帰れ」
「…キミをそんなにしたのがアタシだからって恨んでるの」
「ちげーよ」


即座に切り返された否定に浦原は言葉を詰まらせた。
だったら,どうして。


しかしそう言葉を継ぐ前に一護が身体を起こした。
毛布に包まったまま「寒いからそこ締めろ」そう云った一護の目は酷く静かな色をしていた。


浦原は下駄を脱ぐと静かにベッドに降り立ち,窓を締めた。
そして一護の正面からやや右,入ってきたばかりの窓を背にして腰を降ろした。
しばしの沈黙。そしてその後一護が口を開いた。


「責めるつもりなんか毛頭ねぇよ」
「…………」
「アンタがよくしてくれたのはわかってる。俺の中のあの化け物みたいなアイツ,アイツを呼び起こすことによってアンタが俺を強くしてくれたってこともわかってんだよ」
「……」
「だから,ここからは俺が自分でなんとかするしかねぇだろ。アンタ,最初のときに聞いたじゃねぇか。俺に覚悟はあるかって。中途半端なガキの覚悟,手取り足取り鍛え上げてくれたアンタになんで俺が恨み言云うんだっての」


ほとんど視線を合わせないまま一息に云った一護の声は硬かった。
差し延べられる手などいらない。自分のことは自分でケリをつけてやる。
拒絶に近しい頑なな一護の横顔を浦原はじっと見ていた。


ぞわり,まるで悪寒のような感覚が浦原の皮膚の上を走った。
壊したい。
不意に湧いた気持ちは深く澱んだ闇の色をしていた。
壊したい。
泣き叫ばせて縋り付かせてこの子の中にある光を全て塗り潰してやりたい。
希望なんて語らせない。
覚悟なんて決めさせない。
この,二本の腕の中以外に生きられる場所などないと思い知らせてやりたい。
周囲の音が遠退いた。
理性がふつりと切れる気配があった。
浦原の目は一護に向かって伸ばされる自分の手を見ていた。
慈しむためじゃない。愛しむためじゃない。壊すために伸ばされる禍々しい気を纏った手を。


「ごめんな」


しかしその手は一護の声によって止められた。
ぽつりと零された声は,今までのものと響きが違った。
掠れて揺れた,まるで…。


「アンタが心配してくれてんのもずっと知ってた。けど,顔見たら甘える。アンタに縋って俺,ぼろぼろになんのもわかってたから…」


一護は涙を流さずに泣いていた。
頼りたかった。縋りたかった。けど,それはできない。しないって自分で決めたから。


言葉ではなく,伝わってくる思いがあった。
ぎゅっと唇を引き結んで堪えるような顔をするその向こうに,細い肩を揺らして鳴咽する姿が二重写しになって見えた。
ひとに寄り掛かることを許さない高邁な精神。
否,それは弱さでしかないのか。
強がることだけでは弱さを拭い去ることはできない。
疲れたら休め。
機を窺うことは逃げとは違う。自分はそれを教えなかったか…?


「……鍛え過ぎましたかね」


浦原の口から漏れたのはため息だった。


「ねぇ,一護サン」


一護の名を呼びながら手を伸ばす。
毛布を肩から落とし,薄いパジャマ一枚に包まれた肩をそっと抱き寄せる。
首筋に鼻を埋めて,細い背中をぽんぽんと叩いた。


「頼ってください」
「……」
「罵ってもいいんスよ。『こンの下駄ボーシ!テメェ俺に何しやがった!?』って」
「俺…口そんなに悪くねぇよ」
「オヤ,アタシがいつも耳にしてるのはこんな感じっスよ?」


笑みを滲ませて優しく云えば腕の中の一護の身体から力が抜けていく。
それと同時に自分に馴染むその温もりと柔らかさが浦原の狂気を解いていく。
愛しさだけが胸に満ちて,昏い欲のまま破壊しつくさなくてよかった,と安堵が広がる。


勝手なものだ。
込み上げてくるのは自嘲の笑み。
自分の都合で振り回されてぼろぼろになっていくこの子供の不幸を自分は蜜でも舐めるように愛でている。
愛しいという思いは本物だ。しかし思いが本物だとしても抱く人間が歪んでいたら,どうなる。
どうなる。


それはやるせなさに近い感情だった。
自分を持て余して途方に暮れる。
愛しい。大事にしたい。優しくしたい。
愛しい。傷つけたい。粉々に壊したい。
端は同じところに発しているのに。


「お願いです」


浦原は静かな声で云った。
一護が腕の中で僅かに身体を浮かせる。
それを再び柔らかく抱きしめ直しながら言葉を継ぐ。


「アタシに寄り掛かってください。アタシにだけは強がってなんか見せないで。アタシにキミを受け止めさせて。じゃないと……」


アタシが駄目になる。
音にならずに消えた言葉は一護には届かなかった。
しかし一護の腕は浦原の背中に回されて,ぎゅ,と抱きしめられる。


強くなんかならないで。
そう願うのは自分のエゴだ。しかし自分はこの子を壊したくはない。
どうか,どうか,このまま。


祈りだけが満ちる月のない夜だった。









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一週間遅れで脳内補完てどうなのよ。(遅すぎです)
(2006.02.20)