二月にしては珍しく気温の高い夜だった。
空気が綻べば虚も活性化するのか,へとへとになりながら四体目を退治した一護は斬月を地につき,それに寄りかかるようにして空を仰いだ。
月が明るい。
まるで花でも咲き出しそうな。
と,くすぐる甘い匂い。
花…いや,違う。
これは,多分…。
「浦原」
視線の先には棚引く紫煙。
そして路地の向こうから黒い羽織の裾が見えている。
「コンバンハ」
「何してんだよ」
「んー,散歩?」
ふわり,羽織の裾を翻してこちらを向いた浦原の手には,木の枝が一本握られていた。
腰を屈めて銜えていた紙巻き煙草を地面で消す。
一護は闇に解けた浦原の姿からす,と抜け出たような枝の先端に眼を凝らした。
白い花?
街灯の明かりから漏れた位置に浦原が居るため,一護の目ではよく見えない。
更にじっと目を凝らすと浦原は起き上がってその枝をゆっくり振って見せた。
「きれいでしょ」
「桜?」
「まさか。梅っスよ。いい枝ぶりだったんで,貰ってきちゃった」
くすり,上機嫌なその声音に,一護は渋面を作り,地を蹴った。
小石がひとつ,浦原の足元へ飛んでいく。
「いい気なもんだな。俺が駆けずり回ってるのに夜更けに泥棒かよ」
「花泥棒に罪はないっていいません?」
「盗られた方はそうは思わないだろ」
「盗られてみる?」
「は?」
キミの心を,花にたとえて。
唇だけで呟かれた言葉を一護の目が読み取るより早く,気がつくと一護は浦原の腕の中に居た。
「……酒くせえ」
「あ,バレました?」
すっぽり抱きしめられて,わかったこと。
浦原から立ち昇るのは酒精の匂い。
蟒蛇といえるほどいくら飲んでも酔わないはずなのに,この夜の態はなんだ。
「放せよ,酔っ払い」
「酔っ払いの戯れ事と諦めてくださいな」
くすくす,耳を擽るのは上機嫌な笑い声。
「夜一さんか?」
「それともうひとり昔馴染みが来ましてね」
「ふぅん」
「妬ける?」
「別に」
「妬いてくれたらいいのに」
抱きしめられたままの囁きは吐息ほどの声音で。
一護は耳朶がくすぐったくてならなかった。
ふわりふわり包まれる浦原の匂いに染まった酒精の香りは一護すらも絡めとりそうで,少し息苦しい。
「なぁ,放せよ」
「もう少しだけ」
一護は視線の先,浦原の手から伸びた枝にひとつついた花に食いついた。
口内に満ちる清冽な香り。
酔いがするりと逃げていく。
「……一護サン,花は愛でるもので食べるものじゃない」
腕を緩められたと思ったら視線を掬われ絡め取られて唇を奪われた。
口内で潰れた花を浚われて,酒精の染みた舌を含まされる。
吐息が乱れるまではほんの数秒。
不埒な夜。
一護の脳裏にそんな言葉が浮かび上がった。
------------------------
つ,辻さまに捧げます。。。
酔いどれたふりで不埒を気取る浦原さんに,ほだされる一護。
一番不埒は私の頭かもしれません。(2006.02.17)