「どこにも行かないで。いつまでもここにいて」
縋るように云うくせに,その目は諦めきっていて。
返す言葉が見つからなくて伸ばされた指を握りしめて口づけた。
「なぁ」
「わかってますよ。そんなの無理だってことなんか」
「なぁ」
「云ってみただけ。ただの戯れ言。忘れてくださいな」
「つーか人の話聞けよ」
捨て鉢な声と揺れる瞳を止めてやりたくて,握りしめた指に歯を立てる。
「痛い」
「聞けってだから」
「聞きますよ。なんです?」
「不貞腐れてんの」
「何,喧嘩売ってるんスか?機嫌悪いから買いますよ?」
眇めた目。
さっきからコイツの感情めまぐるしく変化している。
嫉妬,執着,恋慕…てのは思い上がりか?
焦燥,不安,渇望。
浦原,オマエ。
「浦原喜助」
「だから何」
「オマエの名前」
「だから?」
「呼んでみただけ」
「は?」
「うらはら,浦原。ウラハラ。URAHARA?」
「最後の変」
「英語っぽくな」
「で,何がしたいの?」
くつりと笑った顔は普段のものだった。
小憎らしいほど余裕綽々。人の揚げ足取るのに長けて,感情逆撫でしてはほくそ笑む,性格の悪い顔。改めてあげつらえば腹が立つ。
でも,それがコイツだから。
「落ち着いた?」
「え?」
「らしくねーからさ」
「…………」
「で,話を戻す」
「…戻すってどこまで?」
「最初」
「最初…?」
それはどこ?
怪訝な顔をした浦原ににぃ,と笑って口を開いた。
握りしめた指を放して,でも逃げられないようにすぐに絡めて。
「『どこにも行かないで。いつまでもここにいて』」
浦原の顔が赤らんだ。たぶん。錯覚じゃない。
続いて舌打ち。忌々しげな。そして何かを考え込むような顔。これはきっと逆襲の手段を講じている。
「別に揚げ足取るつもりじゃねぇよ。ひとつ提案があるってだけで」
「……提案」
「どこにも行かないってのは無理。いつまでもここにいるってのも無理」
「……だからそんなのわかっ」
「でも,俺はここに帰ってくるよ」
吐き捨てるように言いかけた浦原の言葉を遮った。
俺の言葉はちゃんと届くか?
オマエのその,不安がる弱い心にさ。
「それは約束できる。俺はここに,オマエんとこに帰ってくる。それじゃあ不満か?」
届け。撃ち抜け。砕いて散れ。
一世一代の告白かもしれない。
でもこれが俺にできる唯一で。
受け取れ浦原。
祈るように絡めた指に額を当てて,上目遣いに浦原を見た。
「不満…は不満っスけど,でも,そこが妥協点,なんでしょーね」
ふ。
零れた笑みは苦笑い。
けれどもそこにさっきまでに苦しげだったり痛々しかったりする皮肉の棘は見当たらない。
「妥協,しましょ。でもね,一護サン」
「あ?」
「帰り,待ちきれなくなったら迎えに行きますから。それだけは覚えていて」
「じっと待ってはいねーってか」
「そんなのアタシじゃないでしょ」
「……確かにな」
絡めた指を持ち上げられ,そっと解かれる。
何するつもりだ? とされるがままにしておくと,右手の小指を立てられた。
そこに浦原の小指が絡んで。
「ゆびきりげんまん,嘘ついたら……殺してもいい?」
甘い声で恐いことを云う。
「上等。オマエも覚えておけよ?」
ゆびきった。
契約成立。
期限は無期限。履行は絶対。
戯れなんかじゃ終わらせない。
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いつかそれが反故にされる日が来たとしてもあの日の思いは本当だった。
(2005.12.09)